「おい、あんま余計な事教えんなよ、お前ら」
食材を持って戻った俺がスワローの隣に腰掛けると、おっさん達はギョッとしたような顔をして俺とスワローを見比べる。
「アエトス! お前だけは同行者じゃないって思ってたのに!」
「まさかのダークホースだった……おい、アエトスに賭けた奴いるか?」
「居るわけねぇだろ。くそっ!」
「お前ら賭けしてたのかよ。ヒマな奴らだな」
呆れながら平たいグリルの上で魚と野菜を焼き始めると、まだ肉を回しているスワローがじっと俺の手元を見つめてくる。
「なんだよ」
「そっちもやりたい」
「そっちはどうすんだよ?」
「こっちもやる」
「お前の腕があと二本増えたらな。ほら、皿貸せ」
俺の言葉にスワローは短い腕を伸ばして皿を引き寄せると、俺はその中に焼けた魚と野菜をぶちこんだ。
「嗅いだことない匂い」
「魚と野菜だぞ? 食った事ないのか?」
「ない」
「……マジかよ。じゃあ何食ってたんだよ?」
「栄養チューブって言うドロドロした奴。それを一日に三本飲んでた」
「そんな時代絶対に嫌だな」
この時代で本当に良かった。心からそう思う。
やがて肉が焼き終わり、その肉を切り分けて皿に入れていくと、それを端から端からスワローが食べていく。
「おい、食った事ないんだろ?」
食べた事ないもんをよくそんな躊躇うことなく食べられるな。そう思いつつスワローを見ると、相変わらず無表情だが目だけがやけにギラギラしている。
「ない。でも歯が気持ち良い」
「どういう事だよ? よく分からんが、肉だけじゃなくてそっちも食え。俺のが無くなる」
「……分かった」
不本意だとでも言いたげにスワローは渋々野菜を食べて何とも言えない顔をしているが、魚を食べるとまた目をギラつかせる。どうやらこいつは究極にタンパク質が足りていないようだ。
「しかし参ったな。こいつのビオナどうしようか」
この世界で唯一の本人認証するデバイス、ビオナ。本来なら出生証明と共に与えられる物だが、スワローの場合はどうなのだろうか。後から申請して取れる物でもないし、そもそもCSPから出てきた人間に配給してくれるものなのだろうか。
「アエトス困ってる」
「ああ、困ってる。お前をどうするかなーってな」
俺の言葉にスワローはぴたりと食べるのを止めてじっとこちらを見上げてきた。
「どうした?」
「置いてく?」
「置いてかねぇよ。そこまで無慈悲じゃねぇよ。ただこの世界を生き抜くにはこいつがいるんだが、お前のはどうしようかと思ってな」
そう言ってビオナを見せると、スワローは淡々と言う。
「アエトスの使えば良い」
「……なるほど」
確かにその通りだ。当面の間は俺のを使わせておけば良い。
問題が一つ解決したので俺がまた食事を再開すると、スワローはとうとうグリルに残っていた骨の周りの肉に齧りつき始めた。
食事を終えてホテルで宿を取ると、スワローは既に眠いのかさっきからしきりに欠伸をしている。
「おい、寝る前に風呂入ってこい」
「風呂?」
「おう。なんだよ、まさか昔は風呂すら無かったのか? どうやって身体とか洗ってたんだ?」
「洗人機の事?」
「洗人機?」
「そう。四方八方からお湯と洗剤が出てくるやつ。そこに裸で入っていって歩く」
「多分それだわ。だけど今の風呂は違う。自分で泡を身体に付けて擦ってシャワーって奴使って洗い流す。出来るか?」
「出来る。出来なかったら呼ぶ」
「そうしてくれ」
それから数十分。スワローは無事に風呂から出てきた。頭に大量の泡をつけたまま。
「まるでカムネストの教育ロボットになったみたいだな」
「カムネスト?」
「ああ。子どもが生まれたらそこに預けるんだよ。で、一人前になったら俺みたいな奴らが迎えに行ってこうやって一緒に旅する。一人前のハンターに育てる為にな」
「生まれてすぐに預けるの?」
「そうだ。でないとさっきみたいな事を赤ん坊背負って出来ないだろ?」
子育てしながら生活をするハンターも居るには居るが、そういうのは大抵が番で行動している。そこらへんはそのまんま野生のモンスター達と同じだ。
「ほら、とっとと寝ろ。朝食は10時だ。その後は武器と服の進捗見に行って、それから――寝るの早いな」
黙って話を聞いているなと思ってふと横を見ると、スワローは既に穏やかな寝息を立てている。呆れながらもスワローに毛布をかけて俺も眠りにつくことにした。
翌朝いつも通りバイクの点検をしていると、ベッドからモソモソとスワローが這い出してきた。
「朝だ」
「おう、朝だ。顔洗って着替えて来い」
「うん」
言葉少なめに返事をしたスワローは大人しく風呂場に入っていったが、出てきた時には何故か全身ずぶ濡れだ。
「おい、教えてくれ。どうやったら顔洗うだけでそんな事になるんだ」
「分からない」
「着替えろ。今日は広場でタイダルバロス(鯨)の解体するらしい。あんなデカいもん狩ったチームがあるんだな」
「タイダルバロス?」
「ああ。海の中で一番デカいモンスターだ。こういう辺鄙な集落じゃそういう出し物みたいなのがしょっちゅう開催されるんだよ。そうでなきゃ誰も寄り付かなくなっちまうからな」
「大変」
「ああ、大変だ。だからそういうの見て買って、俺等ハンターが支えなきゃいけねぇんだよ。着替えたか? おい、裏表反対だ。やりなおし」
「……厳しい」
スワローがやってきた事であれほど穏やかだった朝が一気に忙しくなったが、まぁ拾った者の世話をするのは仕方のない事だと諦めて広場に向かった。
「アエトス! こっちこっち!」
「悪いな、アウル。突然場所取り頼んで」
広場に入ると最前列からアウルが声をかけてきた。
「別に構わないよ。はい、お嬢さんはこっちね」
「悪いな」
「はは! 少女版アエトスじゃん。かっわいい。そうだ! ついでにビオナ交換しとこうよ」
「ビオナ、無い」
アウルは青い目を細めて俺と自分の間の席をスワローに譲りながら自分のビオナを取り出したが、スワローの答えを聞いて「そっか」と呟いてその小さな頭を撫でている。そんなアウルにスワローも満更でもない様子だ。
「で、今日のはどこのがやったんだ?」
「リオンだよ。あそこはもう軍隊みたいだ」
「リオンか。まぁあれぐらいの規模でないとタイダルバロスは無理だな」
「まぁね。そんなリオン達の今のターゲットはCSPらしいけどね」
「CSP?」
「そ。ほら、ハイエナに先越されたのが許せないんでしょ」
「双子なんだから仲良くすりゃ良いのにな。ま、俺達には関係の無い話か」
そう言って俺はフンと鼻を鳴らした。
こいつに絶対にスワローの事を知られる訳にはいかない。幼馴染のアウルは信頼出来る人間ではあるが、誰がどこと通じているかなんて分からないのだから。
「アエトスは探さないの、CSP」
「俺はいい。見つけたら見つけたで面倒そうだ」
実際にリアルタイムで面倒事が起こっている。そんな俺の耳にアウルが顔を寄せてきた。
「あのさ、そんなアエトスを信頼して話すんだけど、ちょっとこの後協力してくれない?」
「何だよ」
「この間CSPが出たのウィンターホロウN504地区だったじゃん? で、俺はあの後そこに潜ったんだ。そしたら――後で部屋行く」