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第5話『氷の大陸グレイシア』

 アイスピックをひたすら南下していくと、見えてきたのは小さな集落だった。


 広大な世界の大陸は昔のように細々とした国には分かれておらず、全ての大陸はセントラリオンという場所が一つに統一している。


 中枢となる人間は数人だとか数百人だとか色々と噂があるが、いつまでも狩りをしているような底辺の生活をしている俺達にとっては縁の無い話だ。


 集落に入るとアイスピックのような大掛かりでは無いものの、ここもまた地下都市になっている。


 大体どこの大陸にも150キロ程の間隔でこんな風に大小さまざまな都市が作られていた。


 普段ならもっと進むのだが、今はスワローが居るのであまり無茶は出来ない。


「スー、今日はここで泊まるぞ」

「……」

「おい、聞いてんのか?」

「……」


 集落の入口でバイクを下りてスワローの顔を覗き込んでも、スワローはただ何か言いたげにじっとこちらを見つめるだけだ。


「……スワロー、今日はここで泊まるぞ」

「分かった」

「聞こえてんのに何で無視してんだよ」

「スワローって呼ばれなかったから」

「……そうかよ。それじゃあスーって呼んだ時も返事してくれ」

「分かった」


 馬鹿みたいに素直なだけなのか、それとも本気で馬鹿なのか、ただ情緒が育っていないのかは分からないが、何にしてもこのスワローという少女はとにかく面倒だ。早くどこかで手放そう。


 そんな事を考えながら俺はスワローを後部座席に乗せたまま集落の入口の坂を下った。


「ここなに? 温かい。これ脱いでいい?」


 スワローはそう言ってぶかぶかのコートを脱いで辺りを見回している。


「ああ。ここはグレイシア大陸の最大の特徴、地下都市だ。グレイシアは地上にある物は何でも凍っちまう。だからこうやって地下に生活の基盤になる都市をあちこちに作ってあるんだよ。ほら、降りろ。バイクはここで終わりだ」

「分かった」


 スワローは素直にバイクから下りると両肩に下げた麻袋をドサリと地面に置いた。


「重いか?」

「うん」

「それ、今から売り捌くから汚すなよ」


 俺の言葉にスワローはすぐさま地面に置いた麻袋をまた両肩に担ぎ上げてヨタヨタと歩き出す。どんだけ力が無いんだ。


 見兼ねた俺が麻袋を取り上げて代わりにモールリーパーの皮を持たせると、スワローはホッとしたようにそれを抱きかかえた。


「こっちだ。まずは皮を売るぞ」

「売れる?」

「売れるさ。何せモールリーパーの皮だからな」


 滅多に市場に出回らないモールリーパーはとにかく爪が高値で取引される。岩をも砕くその大きくて鋭い爪は盾や剣に加工されるのだ。


「こっちのは?」


 スワローは別に避けておいた素材を指さして俺を見上げてきた。


「それはお前の服と俺の武器の分だ。まさかこんな拾い物するなんて思ってもなかったからな。しばらくはこいつの毛皮で我慢してろ」


 こんな事ならアイスベアクルスの皮も少し置いておけば良かった。防寒にはあいつの皮の方がはるかに向いているというのに。


「これより暖かい?」


 そう言ってスワローは俺が貸したコートの下に着ているワンピースを指差すので、俺は迷わず頷いた。


「じゃ、良い」

「それよりはどんな服だって温いだろうよ。ほら行くぞ。はぐれんなよ」

「うん」


 俺達はそれぞれの荷物を持って素材屋へ行き毛皮と爪を売ると、その足で武器屋と装備屋へ向かう。


「ほら、採寸してこい」


 そう言ってスワローが採寸している間に俺は武器の加工を頼みに行く。装備屋へ戻るとそこにはすっかり採寸をし終えたスワローが店先の椅子にチョコンと座って何かを飲んでいる。


「何飲んでんだよ?」

「分かんない。あの人がくれた」


 スワローが指さした先には装備屋の店主が型紙とにらめっこしていた。


「悪いな、飲み物まで世話になって」


 店主に声をかけると、店主は胸から下げた眼鏡をかけてニヤリと笑う。


「構わんよ。それよりアエトス、お前いつの間に子どもなんてこさえたんだ? 髪の色しか似てねぇじゃねぇか。この色男め」

「俺の子どもじゃねぇよ。ちょっと事情があってな。それで、どれぐらいかかる?」

「小さいから3日だな。部屋取るか?」

「ああ。武器は送って貰えば良いが、あいつの防寒具だけはさっさと作らねぇと」


 いつまでも俺のコートを着せている訳にはいかない。俺だって寒いのだ。


「ほら、次は食材加工しに行くぞ」

「うん」


 そう言ってこちらに向かって来ようとするスワローの頭を俺は無理やり押さえつけた。


「おい、世話になったんだから礼ぐらい言えよ」

「礼?」

「ああ。ありがとう、とかそういうのだよ」

「悪いな」

「……いや、ありがとうって言っとけ」


 真顔で俺の真似をするスワローに困惑していると、スワローは店主に「ありがと」と言ってコップを返している。


「お前の困惑顔は新鮮だな。嬢ちゃん、服すぐに作ってやるからな」

「うん。悪いな」

「いや、だから……まぁいいか。それじゃあな、後は頼んだ」

「後は頼んだ」

「おう、任せとけ!」


 店主は腹を抱えて笑いながら型紙を広げて手で俺達を追い払う。


 それから食材を加工して残してあった肉を借りてきたグリルを使って食堂で焼き始めると、スワローはそれを物珍しそうにじっと見つめている。


 縦に伸びた鉄の棒に肉塊を刺して機械にセットすると、重さを感知して棒の周りに張ってある電熱線が温まり始めるのだが、それをただひたすら焼けるまでグルグルと回す作業が俺は死ぬほど嫌いだ。


「面白い?」

「クソつまんねぇ」

「やりたい」

「おう、頼むわ」


 むしろ毎回やってくれ。そんな事を考えながらスワローにハンドルを握らせると、スワローは機嫌よくハンドルを回している。


 その間に俺は食堂の端に山のように積んである野菜と肉以外の食材を取りに行くと、同業者で幼馴染のアウルが声をかけてきた。


「あれ? アエトスじゃん。ここら辺狩り場だっけ?」

「いや、南下中なんだよ」

「お! とうとう飽きた? グレイシア」

「飽きたというか、半年経ったからな。そろそろ移動の時期だ」


 これは俺のマイルールという奴だ。


 いつも大体半年ぐらいしたら違う大陸に移動するようにしている。理由は飽きるというのもあるが、それぐらいのスパンで新素材の加工方法が見つかるからだ。新しい物が大好きな俺はそういうのは出来るだけ網羅しておきたい。そう、モールリーパーの爪で作る武器のように。


「お前ほど趣味と実益を兼ねてるハンターもいないよ。で、あの美少女は何者? 隠し子?」

「違う。拾い物だ。どこかで良い里親でも探そうと思ってる。アテはないか?」

「俺にそんなもんある訳ないよね。ま、聞いといてあげるよ」

「ああ、頼む。それじゃあな」

「はいはい、気を付けて。美少女にもよろしく」


 席に戻るとスワローの周りに酔っ払ったおっさんどもが酒を片手にたむろしていた。


「おいお嬢、これかけるとうっめぇぞ」

「かけて」

「こっちのタレつけて食うんだぞ」

「わかった」

「誰と旅してんだ? そんなワンピースで寒いだろ。ほら、これやるよ」

「悪いな」


 この時代の子どもは貴重だ。特に幼い子は生まれてすぐにカムネストという施設に預けられる。だからだろうか。おっさん達はまるでスワローをどこぞの姫か何かのように扱っているが、肝心の姫はおっさん達に相当な塩対応である。

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