CSP。頭の中にその単語が浮かび上がった。それと同時に、いやまさか、という考えが脳裏をよぎる。
つい一昨日この辺りで見つかったばかりだ。こんな直近で、しかもこんな近くにCSPがあるはずがない。そう思うのに、俺は気がつけばピッケルで氷を削っていた。
眠気と寒さに耐えながらもどうにかそれを掘り出すことが出来たのは、朝日が昇り始めた頃だ。
「はぁ、はぁ……これでCSPじゃなかったらぶっ壊すぞ」
悪態をつきながらもどうにか氷の柱から銀色で楕円形の何かを取り出すと、それを足元まで滑らせてため息を落とした。
「思ってたよりも小さいんだな」
CSPの情報はどこにも流れないので分からないが、多分これがそうだろう。そうであってくれ。
「これ、どうやって開けるんだ?」
俺は不思議な物体を色んな角度から眺めてみたが、どこにも開ける為の装置が無い。かろうじて底の方に『No.∽』と書かれているだけだ。
「ナンバー∽?」
唐突な数学記号に思わず首を傾げると、突然何の前触れもなく銀色の物体の上半分がスライドし始めた。
「な、なんだ!?」
何か押したか? もしかして記号を言ったから? よく分からないが、とにかく銀色の物体は開き、中から半透明のすりガラスのようなケースが出てくる。
そしてその中には――。
「……女の……子?」
真っ白な肌に真っ白な髪をした、まだ少女と言っても過言ではない年頃の女の子がケースの中で固く目を閉じていた。見た所、14か15ぐらいだろうか。
「やっぱCSPだよな、これ」
俺は後ずさりながらもこのままこの場を去ろうとしたが、今度こそ何もしていないのにガラスまで開き出してしまう。
「開くのかよ……まぁやっちまったもんは仕方ないか」
元からあまり物事を深く考えない主義だ。ハンターなんて職業をやっていると、常に死と隣り合わせで危なそうな事にも耐性が出来てしまっている。
何よりもCSPの中に閉じ込められて何千年も眠り続けた人間に興味がある。
俺は息を呑んでガラスが開くのを待っていると、今度はケースの中に何やら煙というか湯気が立ち込め始めた。
その湯気が完全に無くなった頃、ようやくガラスが完全に開ききって中の少女が見えるようになる。
「すげぇ。真っ白だな」
これはアルビノ種か。モンスターの中にも居るし、もちろん人間の中にも結構居る。俺が少女を思わず凝視していると、突然少女がパチリと目を開いた。その目は燃えるように真っ赤だ。
「お、おはよう」
あまりにも突然目を開いたので思わず声をかけると、少女は俺を見てピクリとも笑わずその薄い唇を開く。
「おはよう、誰?」
寝起きだからか少しだけ掠れた少女の声が辺りに響き渡った。そんな少女からの質問に俺は苦笑いをして頷く。
「まぁ、そうだよな。俺はアエトス。あんたは?」
「∽」
「それが呼び名?」
「それ以外は知らない」
どうやらケースに書かれていたのはこの子の名前だったようだ。つまり、名前を呼んだからケースが開いたという事なのだろうか。
「お前の時代には呼び名が記号だったとかなのか?」
「ここは∽の時代じゃない?」
「お前がどの年代に眠りについたのかは知らないが、今は3211年だ」
俺の言葉に∽は一瞬だけ目を見開き、俺をまじまじと見つめてくる。
「眠ったのは2200年」
「そうか。だとしたらもう既にお前の時代からは千年以上も経ってるって事だな。で、どうする? ていうか、どうしたら良い?」
「どうしたら良いって?」
「眠らされたからには起きたら何かしろとか言われてないのか?」
千年前でも意味なく眠らされる事など無いだろう、流石に。そう思って問いかけたのだが、少女はしきりに首を捻っている。
「分からない。別に何かしろとか言われてない」
戸惑っているにしては淡々とした口調と驚くほどの無表情だが、その赤い瞳には微かな悲しみと不安が見て取れる。
俺はため息をついてその場に座ると、どうしたものかと考えた。
もしもどこかでCSPを見つけた場合は、すぐにセントラリオンに連絡をしなければならない。それはこの時代に生きる人間であれば誰でも知っている事だ。
けれど生憎誰もCSPの形状を教えてはくれなかったし、ましてやこんなにも簡単に開いてしまうとは思ってもいなかった。
「はぁ……どっかで里親でも探すか」
セントラリオンに連れて行くのが一番良いのだろうが、イマイチあそこの人間は信用出来ない。
俺は少女の前でかがんで背中を見せると、少女に言った。
「ほら、乗れ。上がるぞ」
「乗る? どこに?」
「背中だよ! おんぶされた事ないのか?」
「無い。必要無かったから」
「……そうかよ。それじゃあ身体を俺の背中に添わせて俺の首にしっかり捕まれ。途中で絶対に放すんじゃねぇぞ」
「分かった」
少女は俺の言う通りに背中によじ登ってくると、首に腕を回してくる。
「いや、流石にそんな強く抱きつかないでくれ。息が出来ない」
「……難しい」
少女は少しだけ力を緩めて背中にぶらんとぶら下がるので、両足をしっかりと腰に回させて腹の辺りでクロスさせる。
「足には力入れてろ。登るぞ」
「うん」
ピッケル二本とロープを使って来た時よりもずっと重いものを持って氷柱を登り始めると、少女が背中で震えだした。
「怖いのか? 寒いのか? どっちだ」
「どっちも」
「もうちょい我慢しろ。怖かったら目、瞑ってろ」
「うん」
俺だって怖いが、それは悟られないようにしたい。こんな年端もいかない少女に臆病者だと思われるのは流石に傷つく。
ようやく地表が見えてきたその時だ。突然またあの不穏な地鳴りが聞こえてきた。
「やべ! 急ぐぞ。落ちるなよ!」
「なに? 今の音何の音?」
「モールリーパーの大移動だ!」
そう言うなり俺は疲れも忘れて一心不乱に崖を登った。戦いの中でいつも感じる事だが、こういう時は自分でも驚くぐらいの力が出る。
「もうちょい! まだ来るなよ」
祈りながら地表に手をかけて少女を背中に貼り付けたままバイクの元まで全力疾走すると、そのままバイクに跨ってエンジンをかけた。
いきなりエンジンをふかしたのでバイクはその場で二度ほどスピンをしたが、どうにか無事に走り出したと思ったのも束の間、すぐ後ろからあの地鳴りが追いかけてくる。
「こっち来るよ」
「分かってる! くそ、逃げ切れるか?」
名一杯スピードを上げるが、それよりも早く音が近づいてきたかと思うと、やがて追い抜かれ、次の瞬間ボコボコと不穏な音を立てて地面がせり上がってきた。