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霧の終焉をもう一度
霧の終焉をもう一度
あげは凛子
SFポストアポカリプス
2024年12月10日
公開日
5.9万字
連載中
終末世界。モンスターと呼ばれる生物が支配する世界。
激減した人口を管理する為、人々は生まれた時からビオナという端末に生体の一生を記録されていた。
異常なほど進んだ技術とは裏腹に、人は狩りや狩猟、加工をして生活している。
『能無しの鷲』アエトスはそこそこ名のあるハンターだった。
いつもソロで狩りをしていたが、ある時探索中に旧時代の忘れ物『コールドスリープポッド(CSP)』を見つける。
中で眠っていたのはアルビノの少女スワロー。
少女はこの世界の事を何も知らず、預け先が見つかるまで仕方なく少女と共に生活を共にする事を決意するが、
そんな時、幼馴染のアウルに誘われてある探索地に入り旧時代の秘密の一部を知ってしまった、
それはこの世界の根底を揺るがす秘密で、アエトスは旧時代が犯したある大事件に巻き込まれていく。

※初見のモンスターにはイメージしやすいように、現代の動物の注釈が入っています。
※しばらく不定期更新になると思いますが、よろしくお願いします。
※ただいま休載中です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

第1話『終末の後』

 終末は何も突然やってきた訳ではない。かといって俺は今の世界に悲観もしていない。


 古い文献によると、はるか昔は子供の頃から教養と協調性を身につけるために学校という場所に通い、卒業したら会社という所に毎日行き金を貰ってある程度の年齢に達したら特定の人間と結婚という誓いを交わして子どもを設けたそうだ。その後はどうなるか? 俺が知るか、そんな事。


 さっきからどうでも良い事が脳裏をよぎる。多分これはただの現実逃避だ。


 ではどうしてそんな現実逃避をしているかというと、前方から4メートルはあろうかと思うほどの巨体を左右に揺らしながら氷の塊、もといアイスベアクルス(熊)が猛スピードでこっちに突っ込んできていたからである。


「ちっ、まだ追ってくんのか! 執念深いな」


 こちらはバイク、向こうは足。それでもアイスベアクルスはすぐそこまで迫ってきていた。


 ハンドルを片手で操作しつつ振り返って麻酔銃を撃つと、麻酔銃はアイスベアクルスの耳に当たる。そのおかげか、アイスベアクルスがふらりとよろけた。


 こいつも昔はこんなではなかったらしいが、今のこいつは氷のような被毛をまとい、歩く度にその場を凍らせてしまう厄介なモンスターだ。ここらへんにはこんなモンスターがうようよしている。


「これだから氷雪地帯は嫌いなんだ。くっそ、何でこんな時にフレイムグレネード切れてんだよ」


 アイスベアクルスを撃退するには炎で威嚇しつつ被毛の氷を溶かしてやるのが一番良い。


 けれど生憎それ系の弾はもう何も残ってはいない。仕方無く俺は一か八かで銃弾が切れた麻酔銃をホルダーに仕舞い、バイクを乗り捨てて巨大なモンスターの前に躍り出て背中に担いでいた大剣を振り上げたが、大剣はアイスベアクルスの被毛に刺さり傷をつけただけだ。このままでは到底倒すことなど出来ない。


 せっかく作った大剣すらアイスベアクルスの氷のせいで凍てつき始めるが、これでいい。


 俺は剣が刺さった事にアイスベアクルスが気を取られている間に、首に下げていたゴーグルをはめてかろうじてポーチに残っていた閃光弾を投げつけ、怯んだアイスベアクルスの眉間に体重を乗せてホルダーから引き抜いた短剣を思い切り突き刺した。


 大抵のモンスターは顔はノーガードだ。テラノクス(象)のように馬鹿でかいモンスターには通用しない手だが、アイスベアクルスには十分である。


 深々と眉間に刺さったシェルドレク(亀)の甲羅で作られた短剣は、いともたやすくアイスベアクルスの頭蓋骨をかち割った。


 無念だとでも言いたげな咆哮を上げてその場に倒れ込んだアイスベアクルスの身体からはほとんど血が出ていない。これが狩りのポイントだ。アイスベアクルスの一番重要な素材は氷を編んだような真っ白で繊細、かつ頑丈な被毛だからだ。


「手こずらせやがって。予定外だがこれで今月は凌げるか」


 俺は仰向けに倒れたアイスベアクルスに跨ると、その被毛を丁寧に剥がして各爪を折り、愛車のバイクに積み込む。


 そこからさらにアイスベアクルスをいくつかの大きな肉塊に変えてそれを麻袋に氷と一緒にぶち込み背負うと、バイクに跨がりその場を離れた。


 目指すは氷に覆われたグレイシア大陸で一番大きな地下都市、アイスピックだ。氷を割って作られた都市なのでその名がついたと言われているが、真実は定かではない。


 俺の呼び名はアエトス。いつも一人で狩りをしている事からついた名だ。


 ただ周りからは『能無しの鷲』とも呼ばれている。基本的には戦術を何も考えないバカだからだが、バカだろうが何だろうが今の時代では狩ったもの勝ちだ。


 ここから更に北に向かってバイクを走らせる事3時間。ようやくアイスピックという大きな地下都市の入口が見えてきた。


 何も無い雪原にぽっかりと口を開けるトンネルのような入口には、モンスター避けの電線が張り巡らされているが、あんなものは所詮気休めだ。その証拠にあちこち電線が切られている。


 バイクを下りて軋む鉄線で出来たドアを押し開けアイスピックの入口まで辿り着いた俺は、生体認証をして中に入った。


 アイスピックの中は表からは考えられないほど広い道幅の緩やかな下り坂が続いていて、奥の方に明かりが見える。俺はバイクで移動をしているが、大体の奴らは群れでバギーやトラックを使うのでこの道幅なのだろう。


 やがて最奥に辿り着くと、もう一度生体認証がかけられる。これをパスしてようやく都市に入ることが出来る。


 すっかり歩き慣れたアイスピックの地下都市はアントレオン(蟻)の巣のように入り組んでいて、各階層毎に施設が分かれている。


 俺は歩調を早めてまずは毛皮を売りに行くことにした。


「よぉ」

「アエトスか! 何だ、また雪原で転がりまわってきたか?」

「まぁな。ほら、これ。今日の戦利品だ」


 素材屋のカウンターについさっき狩ったばかりの新鮮な毛皮を放り出すと、店主は目の色を変えた。


「これはまた上等な! しかもデカいな。成獣狩ったのか?」

「チビ狩っても仕方ねぇだろ。あいつらから失敬するのはせいぜい爪ぐらいだ。で、いくらになる?」


 店主はメガネをかけて毛皮を持ち上げると、目を光らせながら端からじっくりと品定めをしている。


「良いな。傷はここだけか。大体10センチ四方……そうだな。15万ゼノでどうだ?」

「安くないか」

「何を言うか! アイスベアクルスの素材で10万超えるのは超高級だぞ!?」


 身を乗り出して唾を吐きかけながら怒鳴ってくる店主から距離を取って俺は両手を上げた。


「分かった分かった。それで良いよ。じゃ、交渉成立な。今すぐ振り込んどいてくれ」

「分かった。ったく、相変わらずせっかちな男だ」


 ブツブツ言いながらも店主が手元の端末を操作して俺の口座にゼノを振り込んだ証拠を確認してから、その場を離れた。そうでもしないといつまで経っても振り込まない馬鹿がいるからだ。 


 それから武器庫に行って同じように爪を売ってついでに凍ってしまった大剣を預け階層を下りて食品街に向かうと、顔なじみのハンターが声をかけてきた。


「よぉアエトス! でっかい麻袋持って何狩ったんだ?」

「アイスベアだよ」

「おお! 流石だな。能無しだが鷲は鷲か」

「うるせぇな。引っ込んでろ。シャドウチョーカー(ネズミ)すらまともに狩れねぇくせに」

「ふざけんな! フューリオウ(猿)ぐらいなら狩れるわ!」

「そうかよ」


 軽口を言い合って笑いながら顔なじみと別れると、自分の分は確保してそのまま食材も売り捌き、加工場へ行って肉塊をソーセージやハムに変えた。


 狩りをした後のいつもの作業を済ませたら次はパブだ。そこで褒美の酒と肉を注文する。


「はぁ、半月振りの酒は美味いな」


 狩りに成功した日だけ酒を飲む、いつからかすっかり染み付いた習慣だ。


 パブの薄暗い隅っこで一人静かに運ばれてきたロースト肉に齧りつきながら酒を飲んでいると、また顔なじみが現れた。


 彼女はこのパブで売れっ子の踊り子なのだが、たまに立ち寄るとこうやって絡んでくる。


「やだー、アエトスじゃない。今日はお祝いのお酒?」

「まぁな」

「おめでとう! 一杯奢ってよ」

「嫌だ。ほら、あっち行け。世紀の美女を待ってるおっさんが手振ってんぞ」


 俺の言葉に踊り子はちらりと視線をそちらに向けて、小さく舌を出してツンとそっぽを向く。


「いやぁよ。あいつ、毎回お尻触ってくるんだもん。タダで私に触ろうだなんて本当に良い度胸してるわよね。で、アエトスはいつになったら私を買ってくれるの?」

「いつになっても買わない。ほら、邪魔だ」

「ちぇ! あなただけよ、こんな風に私を邪険に扱うの」

「はいはい」


 手だけ振って踊り子を追い返して酒を飲んでいると、近くの席からこんな話が聞こえてきた。


「おい、知ってるか? 昨日あのウィンターホロウからもCSPが出たそうだ」

「ウィンターホロウから!? あそこはもうとっくに調査済みだろ?」

「そうなんだが、まだ見つかってない横穴があったとか何とか言ってたぞ」

「はぁ~……何とも夢のある話だな。一体見つけたら一千万ゼノだったか?」

「ああ。まぁアレから出てくる奴らは特殊だかならな。そんぐらいすんのかもな」

「……CSPねぇ」


 手元に残った酒を一気に飲み干すと、最後になってしまったロースト肉を口に放り込んで俺は店を出た。

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