首を傾げたエミリオを担ぎ上げてラルゴが言うと、エミリオはいつものように両手で口を押さえる。
「火事! 大変です! 行かなきゃ!」
慌ててラルゴから飛び降りて走り出そうとしたエミリオをすかさずリュカが掴んで止めた。
「一応聞きますが、行ってどうする気です?」
「決まってます! 中に人が居たら大変です! 助けるんです!」
はっきり断言したエミリオを見下ろしていたリュカはそれを聞いておでこを押さえて大きなため息を落とした。
「お前は本気でポンコツか! このポンコツ魔王が! 魔王らしく街丸ごと燃やして地獄を見せてやる! ぐらいの事言ってみろ」
「い、言えません! そんな事……火傷したら大変です! それにそんな事したら皆さんが路頭に迷ってしまうではないですか!」
「はぁ……意味なく人を殺していたぶって楽しむのが魔王ですよ? 火傷ぐらいなんです! そんな事では立派な魔王にはなれませんよ!」
とうとうリュカはエミリオの肩をガシッと掴んで叫ぶが、エミリオは顔面蒼白だ。
「な、何が楽しいんですか、そんな事して……怖い!」
「怖い! じゃないんです! とりあえず火災現場を見に行きましょう。ほら、私も手伝ってあげるので、どんどん延焼させますよ! 二人で死体の山を作ってやろうじゃありませんか!」
「嫌です! 絶対嫌です!! 何ですか!? 死体の山って!!!」
嫌がるエミリオを無視してリュカはエミリオを無理やり肩に担ぎ上げると、そのまま人混みの奥に消えて行ってしまった。
「あいつ、言ってる事が滅茶苦茶だな」
「やっぱり分からない……どうやって神官免許取ったんだろう……」
「心根だけで言えばあいつが魔王よねぇ、どう見ても」
「神官様、手伝っちゃったら駄目なんじゃ……」
魔王を討伐するはずが、そんな事をしたら間違いなく討伐されてしまうではないか!
残されたメンバーは顔を見合わせて青ざめると急いで二人の後を追った。
現場にはすっかり人だかりが出来ていて、その真ん中には死体の山……ではなく、助け出された人の列が出来ている。そして肝心の火災現場はと言えば。
「エミリオ! どうして私の炎を消してしまうのですか!?」
「当たり前です! どうして更に燃やそうとするんですか!!!」
リュカの炎がエミリオの結界の中で大暴れしていた。
どうやらエミリオはどんどん燃やそうとするリュカの炎に結界を張って建物ごと中に閉じ込めてしまっているらしい。その中にリュカは更に炎を送り続けているが、やがて見る見る間に炎は小さくなっていく。
「無酸素状態で鎮火しそうだ……エミリオ! そのまま結界は保っていて! リュカ! 火はもういいよ! アビーさん、何か水系の召喚獣を喚べますか!? メリナとラルゴは怪我した人をお願い! 僕のポーションも使って!」
「わかった!」
僕が投げたポーチを受け取ったメリナはラルゴと共に怪我人の救護に向かう。
「水ぅ? しょうがないわねぇ。じゃあ手っ取り早くウンディーネ喚んじゃいましょ!」
アビゲイルはそう言って近くにあった噴水に手を突っ込んで呪文を唱えた。すると、噴水から美しい乙女が姿を現す。
『なぁに? アビー』
「ウンディーネ、あの火を消してほしいの。アビーのお願い」
そう言ってアビゲイルがパチンとウィンクすると、ウンディーネはコクリと頷いてエミリオが張っている結界の中に水を満たした。その瞬間、それを見ていた人たちから歓声が上がる。
「すげぇ! 一瞬であの規模の火事が収まったぞ!」
「絶対にお隣に延焼すると思ってたのに……奇跡だわ……」
「これだけの規模の火事で死者が一人も出ないなんて……」
「奇跡だ……俺達は奇跡を見たんだ!」
「最初あの人が更に燃やそうとした時はどうしようかと思ったけど、こういう事だったのね!」
口々に感動と賛辞の言葉を漏らす人たちを横目に、まだリュカとエミリオは喧嘩している。
「消えちゃったじゃないですか!」
「消したんですっ!」
「二人共! 喧嘩はそこまでだよ! アビーさん、ウンディーネさん、ありがとうございました」
『いいよ、少年。アビー、もう帰ってもいい?』
「ええ、ありがとう。次に会いに行く時にお土産持っていくわ。何がいいか後で教えて」
『うん! バイバイ!』
こうして火事騒動は無事に収まったのだが、そこからが大変だった。そそくさと逃げようとした僕達はあっという間に街の人達に取り囲まれて、あれよあれよと言う間に何やら豪華な屋敷まで連れて行かれてしまう。