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第24話『アトラク=ナクアと物々交換』

 アトラク=ナクアは自身が作った糸を辿りながらじわじわとこちらに近寄ってきた。それを見て杖を構えたリュカと拳を構えるラルゴ。


 でも僕は剣を構えなかった。ちらりと見えたアトラク=ナクアのお腹に、一瞬白い物が見えた気がしたのだ。


 アトラク=ナクアと言えばメスの蜘蛛。田舎育ちの僕は蜘蛛の生態を突然思い出して、今にもアトラク=ナクアに襲いかかりそうなリュカとラルゴを止めた。


「殺しちゃ駄目っ! このアトラク=ナクア、卵持ってる!」

「卵! 大変! お母さんなんですか⁉」


 エミリオはそれを聞いて両手で顔を覆っているが、それどころではない。


「卵だと⁉ ならなおさら殺さなきゃなんねぇだろ! バカか!」

「違うよ! 僕が言いたいのは、この状態で殺しちゃったら卵が一気に孵って赤ちゃん蜘蛛がワラワラ……うっぷ」


 思わず想像した僕が口を抑えると、それを聞いてリュカも同じように想像したのか引きつって杖を下ろす。


「……だが、このままだと俺たちが捕食されるぞ」

「そ、そうなんだけど……」


 何か手はないか。そんな事を考えているうちにアトラク=ナクアはじりじりとこちらに近寄ってくる。仲間たちは後ずさりながら対処法が何か無いかと考えていたが、パニック状態で何も思いつかないでいた。


「じゃあもういっそ焼いちゃいましょ! サラマンダーを召喚するわ!」

「お前はほんっきでバカか! ふざけんな! あんなもんこんな所で召喚したら俺たちまで丸焼けだろうが! このすっとこどっこいが! 何でもいいから早くしてくれ! 蕁麻疹が出そうだ!」


 リュカはどうやら本気で蜘蛛が苦手なようで、いつもの冷静さが全く無くなってしまっている。そして生き物は得てして何故か苦手な人の所へ寄っていくものだ。アトラク=ナクアも例に漏れずリュカめがけて糸を吐いた。その糸をどうにか避けたリュカは、スッとラルゴの後ろに隠れる。


「借りは必ず返す。いつか! 絶対に!」

「あ、ああ。そんな嫌いか」

「嫌いだ! 何で足があんな一杯ついてんだ! どんなデザインだよ! ふざけんな!」


 ラルゴの後ろに隠れながらも毒づくリュカだったが、とうとうアトラク=ナクアが見境無しに糸を吐き出した。あの糸に捕まってしまえば、もう後は食べられるしか道はない。


 その時、ふと僕の頭に一冊の本が過る。


「エミリオ! あの本見てアトラク=ナクアの生態教えて!」

「あ、そっか! えっと、アトラク=ナクア!」


 エミリオは僕の言う通り本を取り出して名前を叫ぶ。すると本が光り、勝手にページがめくられた。


「出ました! アトラク=ナクア。蜘蛛達の女神。深淵で巣を作り続けていて、滅多に姿を現さない!」

「そこらへんはいいから! 何か弱点とかないのか⁉」

「弱点ですか? えっとー……その姿からはとても想像する事は出来ないが、実は温厚な性格で巣を壊すと怒ります。優しく親しみを込めて甲高い声で話しかけてみましょう……って、書いてあります……けど」

「はぁぁ⁉ その本デマ本なんじゃねぇの⁉」

「と、とりあえずやってみるか? 高い声ってどれぐらいだ? これぐらいか?」


 とりあえずそれを聞いて裏声まで使ってラルゴが実践してみたが、アトラク=ナクアは全く反応しない。それどころか歩みを速めてこちらに近寄ってくるではないか!


「仕方ないわねぇ、もう。んっんん! ナクアちゃ~ん、私達、あなたに何かしに来た訳じゃないのよ~。ちょっと金塊が欲しかっただけなの~。それくれたらここからすぐに立ち去るわ~」

「アビーさん、こんな状況でも金塊要求するの⁉」


 思わず突っ込んだ僕にアビゲイルはパチンとウィンクをしてくれるが、やっぱりアトラク=ナクアは止まらない。


「エミリオ! 何でも良い! 何かたっかい声で叫べ! お前魔王だろ!」

「えぇぇ~? そんな無茶苦茶です!」


 言いながらエミリオは喉を押さえて目を閉じた。そして頭の血管が切れるんじゃないかと思うほど顔を真っ赤にして体を折り曲げ、超音波かと思うほどの高音でこちらの事情を説明しだしたではないか。高音すぎて最早何を言っているのかさっぱり分からないが、とりあえずエミリオの顔は可哀想なほど真っ赤だ。


「み、見て! アトラク=ナクアが!」


 僕が指をさすと、エミリオの声を聞いてアトラク=ナクアがゆっくりと後退しているではないか! それを見て僕は思わずまだ何か言っているエミリオを抱きしめた。


「エミリオ凄い! アトラク=ナクアを追い払うなんて、君は本当に凄いよ!」

「へ、えへへ……ごほっ! 喉がイガイガです」


 照れたように笑いながらそんな事を言うエミリオにラルゴも寄ってきて頭を撫でる。


「偉かったぞ、エミリオ。後はあっちがどう出るか……だな」


 エミリオと僕を庇うようにラルゴが二人の前に立ってアトラク=ナクアを険しい顔で睨んでいると、一旦は退いたアトラク=ナクアがまた戻ってきた。


 けれど先程とは様子が違い、巾着袋を持っている。それを見てエミリオもポシェットから何故か携帯食料を取り出してラルゴの後ろからそっとそれをアトラク=ナクアに差し出したではないか。そしてその代わりに巾着袋を受け取っている。

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