一体何周ぐらいさせられたのか、フラフラの足取りでメリナが指差した先にはいまいちパッとしない食事処がある。
「ふむ、見た目はパッとしませんが隠れ家的で雰囲気は良さそうです。何よりもあからさまな観光客向けって訳でも無さそうなので、ぼったくられる心配も無さそうですね! 行きますよ皆の者!」
「皆の者って……メリナ、大丈夫?」
「う、うん……まだグルグルしてるけどらいじーぶらいじょーぶ……」
足元だけでなく口調も少々おかしいが、僕はメリナを支えて既に居ないリュカと、リュカに無理やり引っ張られて行ったラルゴとエミリオを追った。
店内に入るとリュカの言う通り雰囲気はとても良かった。煩すぎず静かすぎず暗すぎず明るすぎず、全てにおいて丁度いい。おまけに個室だ。これは珍しい。
「いいですね、周りの目を気にせず飲める訳ですか。連れ込み放題ですね」
「……さいってー……」
「連れ込むってなんですか? 誰を連れ込むんですか?」
「エミリオは聞かなくていい。メリナも耳塞いどけ」
「リュカ……どうやって神官試験パスしたの?」
まさか脅しでもしたのか? 思わずそんな事を考えてしまうほどリュカが何故神官なのか本気で分からない。半眼でリュカを見るが、そんな僕を無視してリュカは次から次へと料理と酒を頼みだした。
「さぁ、食べましょう! そしてじゃんじゃん飲みましょう!」
注文した料理を前にリュカが嬉しそうに言うと、エミリオも目の前の料理に歓喜している。旅の間はほとんどが野営でずっと携帯食だったから当然と言えば当然である。
「これが表の食べ物なんですね! これは何ですか? こっちのは?」
「これはパンって言って、小麦で出来てるんだよ。こっちのはロック鳥の手羽元だって。いい匂いだね」
「ロック鳥!」
次から次へと質問攻めにされた僕は端から答えていく。
「ていうか、魔物なんですからエミリオの方が詳しいのでは?」
「そんな事ありません。何せぼくは魔族の種類も全部はまだ知らないので」
「そうなのか?」
「はい……そういうのも勉強していかなければ……」
「魔王も勉強とかあるんだ。大変なんだね」
水を飲みながらメリナが言うと、エミリオはコクリと頷いてあの本を取りだした。
「多分、これが魔王の教科書のようなものなんだと思います。見ていてください」
そう言ってエミリオが本に手を当てて、ロック鳥、と言うと本が一瞬光り勝手にページがめくられて、あるページで止まった。
そこには挿絵付きでロック鳥の詳しい生態が書かれている。ご丁寧に弱点や好物まで書かれているではないか!
「へぇ! 凄いね。ただの本じゃなかったんだ」
「これは便利だな! なるほど。他にこの本は何が出来るんだ?」
「他には魔法の唱え方とか魔界で生き抜く術とかが書かれていますよ!」
「魔界で生き抜く術ですか? 魔王なのに?」
「はい。魔王とは言え代替わりしたら子供からやり直しですから、多分歴代の魔王はこの本を書きながら次世代に託していたんだと思います」
「なるほど。だからエミリオはこの本持って部屋で立ち尽くしてたんだね。この本に自分が何をすればいいか書いてあるかもって思ったの?」
「はい。でも書いてあったのはあれだけでした……だから途方に暮れていたんです」
そこへ運悪く僕達がやってきたという事か。何かに納得したように僕は頷きながらロック鳥の手羽元を齧る。久しぶりの肉は泣きそうなほど美味しかった。
「まぁ書いてあったのが『悪行の限りを尽くせ! それが魔王だ!』ですもんね。戸惑いますよ、そりゃ」
「お前は戸惑わないだろ? これ幸いと悪行の限りを尽くすだろう?」
「失礼な! 私は酒が飲めてハーレムがあればそれで満足なので、残虐な事はしませんよ!」
「それもどうかと思うんだよ、リュカ」
「あと、残虐な事も平気ですると思う……」
ポツリと言ったメリナにリュカはにっこりと笑った。
「メリナ? 丁度いい機会です。あなたとは一度しっかりと話し合わなければならないようですね?」
「い、いい! 話なんてないもん!」
「いいえ、ありますよ。私の方には沢山あります。まずあなたは私を随分誤解して――」
リュカがメリナの隣に移動してお説教が始まろうとしたその時、店の奥から歓声が聞こえてきた。続いて女の人のよく通る声が聞こえてくる。
「ほらほら皆、何を遠慮しているの? 私に賭けて頂戴。絶対に損はさせないわよ?」
どこか妖艶な声にまた声援が湧く。思わず個室から顔を出そうとした僕の肩を徐にリュカが掴んだ。思わず驚いて振り返ると、そこには見たこともないほど狼狽したリュカが居る。
「ど、どうかしたの? リュカ」
僕が声をかけると、今度はリュカが慌てて僕の口を塞いで小声で話しだした。
「しっ! 静かに。私の名前は絶対に呼ばないでください。そして今すぐこの街を出ましょう!」
「何言ってんだ。あれほど喜んでたのに突然どうしたんだ?」
「いいから! あいつに気づかれる前に早く!」
「あいつ?」
そう言って僕が個室から顔を出した途端、目が覚めるような美女と目が合った。美女は僕を見るなり印象的な大きな目を細めて蠱惑的な笑みを浮かべて近寄ってくる。