「メリナ? どうしたの? 大丈夫?」
「う、うん……何か……背筋が寒い……」
「え?」
メリナの言葉にふと僕が振り返ると、そこにはいつの間にやってきたのか数十体ものゴブリンが棍棒を握りしめてこちらを見てニヤニヤしている。
「い、いつの間に⁉」
「おやおや、これはまた大勢でいらっしゃいましたね。どうやらこれは罠だったようです。天井から落ちてきたスライムに気を取られている間に後ろから襲う、と。文字通り袋叩きにする訳ですか、面白い」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「メリナ、謝るな。恐らくこれがあいつらの手口だ。初心者がこれに引っかかってまだ誰にも踏破されてなかったんだ」
「で、でも……」
シーフだという役職を名乗っている手前どうしても責任を感じるようで、泣きそうな顔をしているメリナにリュカが言った。
「これぐらいで丁度いいんですよ、メリナ。優秀なシーフなどつまらないじゃないですか。せっかくのダンジョンです。どうせなら全ての敵をぶち殺してやりましょうよ、ねぇ? 合法的に狩りが出来るなんて、この世は何て素晴らしいのでしょう!」
とてもではないが真っ白な祭服を着た高位聖職者のセリフではない。何なら魔王のセリフである。
「エミリオ、よく見ておけ。あれがお前の手本だぞ。魔王ってのは、ああいうことを平気で言うんだ」
「こ、怖いです……」
「あれ、本当に神官様なの……?」
メリナが居たパーティーの神官はもっと穏やかな人だったと嘆き震えるメリナとエミリオの肩を僕はポンと叩く。
「残念だけどあの人は正真正銘神官様なんだよ……世界ってね、歪なんだ凄く……。あと、あの人キレるともっと酷い事平気で言うから今から覚悟しててね……」
残念神官リュカについて語った僕の耳にリュカの爽やかな怒鳴り声が聞こえてくる。
「ごちゃごちゃ後ろで煩いですよ? とっとと仕事してください、このポンコツども」
「はぁい……ラルゴ、行こ」
「ああ」
大きなため息を落としながら渋々剣を構えた僕は、エミリオとメリナを岩陰に隠して四方八方から襲ってくるゴブリン達を端から退治していく。
レベルが10と書いてあった割には強いゴブリン達だったが、リュカとラルゴにかかればまるでスライムである。
「逃げろ逃げろ! はははははは! お前らが行き着く先は地獄しかねぇけどな! ついでに何か役に立つもん置いてけよ!」
ノリノリのリュカを横目にラルゴは向かってくるゴブリンにゲンコツを落として片っ端から僕の方に追いやる。
「……ルーカス、手加減してやれよ。ゴブリンにだって家族はいるんだ」
「もちろん。ほら、皆早くここから出て! 本当に地獄に送られちゃうよ」
リュカの魔法からどうにかゴブリンを逃がす作業をしていた僕をリュカは睨んでくるが、別に討伐が目的ではないダンジョンで無益な殺生はしたくない僕とラルゴだ。
「……何か……変なパーティー……」
岩陰からこっそり見ていたメリナが言うとエミリオはリュカの放つ光属性のキラキラから逃げ惑うゴブリンと、それを必死になって逃しているラルゴと僕を見て手を叩きながら笑っている。
「でも楽しいパーティーです! 先代魔王もこんなパーティーに入れば良かったのに!」
その後もダンジョンを奥に進んだが、メリナの案内で進んだ僕たちは全ての罠にかかった。
押してはいけないスイッチを押し、踏んではいけない板を踏み抜き、挙句の果てには最下層の起こしてはいけない敵を起こしてしまう。
「メリナ。ここまでくれば天晴ですよ! あなたには壊滅的にシーフの才能がありませんね!」
「……っ」
ははは! と笑いながらそんな事を言うリュカの言葉にメリナはゴクリと息をのんだ。どうやら前の所でも散々言われてきたようだ。
「……ごめんなさい……」
俯くメリナの肩を僕が慰めるように叩き、ラルゴが頭を軽く撫でる。エミリオはただメリナを見上げ、手の甲をさすっていた。
そんな仲間たちに気付いているのかいないのか、リュカが杖を構え直して言う。
「さて、ではこのキメラを倒しましょう。エミリオ、あちらはこちらを襲う気まんまんですよ! ほら、構えて!」
「は、はい!」
スライムすら倒せないエミリオに果たしてキメラなど倒せるのかは疑問だが、僕とラルゴは手を出すのを止めて構えていた剣を仕舞い、まだ落ち込んでいるメリナを連れて壁の花に徹する事にした。