「よし、ここにしましょうか。それでは皆さん、どうもお騒がせ致しました。私はこれで失礼します」
しばらく掲示板を見上げていたリュカはパーティー希望リストに自分の名前を書き込んでクルリと振り返り、それはそれは美しい笑顔を浮かべてギルドを出て行った。
リュカが出て行くなり、リストに名前を乗せた者達は全員が急いでリストに駆け寄って自分の名前の隣を確認して胸を撫でおろしている。
この時点で僕はとてつもなく嫌な予感がしていた。リュカが書き込んだのはリストの下の方だった。そして何より幼い時から運に見放されているのかと思う程僕の運は悪い。
僕は恐々リストに近づいて薄目で自分の名前を確認すると、そのまま視線を横にずらして膝から崩れ落ちた。
「なんで……うち……」
僕の名前の隣には綺麗な字で『神官・リュカ』と書かれている。しっかりと、間違いなく書かれている。
「あー……何て言うか頑張れよ! ルーカス!」
ギルドの店主が立ち上がれないでいる僕の肩をポンと叩いて慰めてくれたが、僕は絶望していた。
何をどう頑張れと言うのだ! リュカからの希望など絶対に断れないではないか!
僕が昨日とはまた違った意味でトボトボと帰り道を歩いていると、一台の牢馬車とすれ違った。何となくその馬車に視線を向けると、鉄格子の中から二つの金色に光る目がじっとこちらを見ているのに気付いて僕はすぐさま視線を逸らして足早に帰路についた。
その夜の事である。僕が夕食を食べてのんびり本を読んでいると、玄関の扉が開く音がした。
「ん? 鍵かけ忘れたかな」
本を閉じて玄関に向かった僕は、玄関で仁王立ちしている何かに気付いて悲鳴を飲み込んだ。
身長二メートルは優に超える虎、もとい獣人がそこにずぶ濡れで立っていたのだ。獣人は低い声で唸るように言った。
「匿ってくれ」
「だ、誰? な、何でうちに……」
「名はラルゴ。俺は何もしていない。だが、追われている。匿ってくれ。この礼は必ずする」
「い、嫌だって言ったら……?」
一応聞いた僕にラルゴは真顔で言い切る。
「食い殺す」
「……ど、どうぞ……狭い家ですけど……」
家に上げる一択しか無かった僕は、ラルゴを渋々家に招き入れた。ついでに今夜の余りもののシチューも温めなおして出した。少しでも恩を売って食い殺されるのは回避したい。
「に、肉とか入ってなくてごめんなさい。お金、あんまりなくて」
ビクビクしている僕を見てラルゴが少しだけ表情を緩めて首を振った。
「構わない。……ありがとう」
そう言ってラルゴは肉の入っていないシチューを食べだしたのだが、よほどお腹が減っていたのか、あっという間にシチューを食べ終えてしまう。
「えっと、僕はルーカス。ランクは低いけど一応剣士なんだ」
「そうか。俺は戦士だ。ランクは……あまり言いたくない」
そう言って視線を伏せたラルゴを見て僕は頷いた。
めちゃくちゃ強そうな見た目だが実は弱いのかな? 勝手にそんな事を思った僕の中に少しだけ余裕が生まれる。
「ラルゴはどうしてうちに? 何となく辿り着いただけ?」
「いや。牢馬車から目が合っただろ。あの時に匂いを覚えたんだ。それを辿った」
「へ、へぇ……あれ、ラルゴだったんだぁ……」
ヤバイと思って目を逸らしたが、あの時に匂いを覚えられているとは思ってもいなかった。
引きつった僕を見てラルゴが申し訳なさそうに眉の部分を下げた。その時に机の上にあった紙に気付いてふと首を傾げる。
「これは?」
「ん? ああ、魔王討伐依頼だよ。申し込みたいんだけどまだパーティーが決まってないから登録できないんだ。最低人数は三人なんだけど……」
そこまで言って僕は小さなため息を落としてラルゴに魔王討伐依頼申込書を渡すと、ラルゴはそれを隅々まで読んで腕を組んで何やら考え込んでいる。
「ラルゴ?」
「ん? ああ、いや。ルーカス、俺をお前のパーティーに入れてくれないか?」
「えっ⁉」
突然のラルゴの申し出に僕は思わずラルゴを二度見してしまった。正気か? というか、僕のランクの低さは気にならないのか?
「駄目か? あ、獣人はアウトか」
一定数この世界には獣人を嫌う人間やエルフが居る。もちろんその逆も然りだ。理由は様々だが、そのせいで未だにそれぞれの種族の居住区は分かれている。王都など大きな所では最近大分偏見が無くなってきたようだが、それでも未だに互いへの差別意識は根強い。
少しだけ悲しそうな顔をしたラルゴを見て僕は慌てて首を振った。
「そんな事ない! それは全然構わないよ! そうじゃなくて……その、僕のランク、ちゃんと見た?」
「ああ、見た」
「それでも……うちに入りたいの?」
「ああ。問題ない」
「……そっか。じゃあよろしく! ていうか、すっかり聞きそびれてたんだけどラルゴ誰に追われてるの?」
僕の言葉にラルゴは一瞬耳を後ろに倒して焦ったように視線を泳がせてポツリと言う。
「……お、王の騎士に」
「……何やったの?」
「……それは……言えない。ただ、やったのは俺じゃない。これは誓える」
そう言って視線を伏せたラルゴを見て僕は深く頷いた。きっと何か事情があるのだろう。