足の痛みが増していくのが分かり、私は正直に彼へ今の状態を打ち明けると決めた。
「申し訳ありません。右の足首をひねってしまったようで……」
「なんだって!?」
目を見開いた稔二さんの体が近づいてきたと思った瞬間。
私の体は宙に浮いていた。えっ、と思ったのもつかの間。ソファに向かって歩く稔二さんの体に、強制的にしがみつく羽目になる。
お姫様抱っこ、という単語が頭をよぎった。
「み、稔二さん!」
「どこでひねったんだい? 作業中か?」
自分の不注意です。と、言う暇もない。
靴が脱がされ、ストッキング越しに足を取られてしまう。彼の手のぬくもりが伝わってきて、勝手に昨夜のことを思い出してしまう。
私の考えなど知らない稔二さんは、心配そうにこちらを見つめてきた。
「すぐ医務室から先生を呼ぼう。俺が連絡するから」
「っ、大丈夫です! 医務室に自分で行きますから!!」
「君の頑張りのおかげで仕事が一つうまくいきそうなんだ。そのお礼として受け取ってもらえないか?」
どうしてだろう。なだめすかす言葉より、彼の誉め言葉の方がつい頷く理由になってしまう。
「わかり、ました……。このままではご迷惑になりますし」
「違う。迷惑なんかじゃない。これは俺のわがままだ」
思いがけない言葉に稔二さんの顔を見つめる。
彼はハッとした様子で私の足をそっと床に置くと、ほんのりと耳元を赤らめながら俯いた。
「ああ、だから。君が心配なんだ……頼む」
そんな顔をされて、嫌だなんて言えそうにない。
でも不服であることが顔が出てしまったようで、稔二さんは少しだけ天井を眺めてから言う。
「よし。じゃあ、二人の間の意見をとることにしよう」
きょとんとして稔二さんを見つめると、彼が説明をはじめた。
要するに。私を連れて稔二さんが医務室に向かう、という。稔二さんは私が心配で、私は自分で医務室に行ける、一石二鳥だ、と。
そんなのかえって恥ずかしくてたまらない。私は逆に頼み込んで、この部屋にお医者様に来てもらうことにした。
十数分後。手が空いたというお医者様が、大きめのカートを押した人物とともにやってきた。
『ユウ! 久しぶり』
『シャーリーさん!?』
いつもお世話になっていた、同僚のシャーリーさんだ。彼女に会うのは数日ぶりなのに、妙に懐かしくてたまらない。
先生が私の足を診てくれて、今日一日は安静にするようにと言いつけられる。しっかりテーピングをしたら大丈夫じゃないかと思ったけど、自分が考えていたより筋を痛めてしまったみたいだった。
『ユウの代役として、私が清掃を担当いたします。本当に必要な時、お呼びください』
シャーリーさんが稔二さんへそう挨拶する。稔二さんは少し意外そうな表情をしながら尋ねた。
『ユウさんをこのまま、この部屋で生活させても構わない、ということかい?』
びっくりして私はソファの上で硬直する。
『はい。……その方がよろしいという、アーノルド船長の判断です』
まるで稔二さんを探るような目つきでシャーリーさんが言う。
船長の判断なら信じるけれど、それでは私は大きな休養をもらうようなもの。
反論しようとして、シャーリーさんがこちらに小さくウインクを飛ばしてきた。
(何か事情がある? ……)
思わず稔二さんの方を見るも、彼は私から視線を逸らす。代わりに笑みを浮かべて、先生にお礼を言いに行くのが見えた。
するとシャーリーさんが、素早くソファに座ったままの私に話しかけてきた。
『それじゃあ、引継ぎをお願い』
そこだけ大声で言うと、声を一気に潜める。
『どうしたの? 医務室に用があるようなケガなんて。まさか……』
怖い顔をしたシャーリーさんに、慌てて事情を説明する。自分が張り切りすぎたのがいけない、稔二さんは何も悪くないのだ、と。
『けがの程度が分からなかったから、最初は反対したんです……その。私が医務室にいくといったら、付き添うと言われてしまって』
シャーリーさんがため息をつく。
『……文月さまは黙っておきたいみたいだけど。知らないままだと、あなたは無茶をしそうね。あのね、よく聞いて』
ため息をついた彼女が、私の目をじっと見つめて念を押した。
『あなたを襲ったお客様。
足に貼られたシップの冷たさのおかげで、私はかろうじて気を失わずに済んだ。
誰かがそそのかした?
つまり。誰かが私を襲わせようと考えたというの?
一体どういうこと?
詳しく聞きたいけれど、稔二さんがいつ戻ってくるか分からない。しかし、ぎりぎりまでシャーリーさんは話すつもりなのか、一瞬だけ周囲を気にしてから続きを口にした。
『あなたを襲った白川って男のこと、日本のネットニュースが書き立ていたのよ。誰かが彼をそそのかした、と』
ネットニュースにまでなっているなんて。思わず口元に両手を当てると、シャーリーさんが小さく首を横に振る。
『知らなくて当然だと思う。あなたが文月さまの担当になった後から噂が出回りだしたの』
『噂って……じゃあ、乗組員はみんな知り始めている?』
彼女が頷いたのを見て、意識が遠のきそうになった。
『文月さまがどう考えているかは私にはわからない。でもあなたを助けたいと思っているのは事実だと思う。そうじゃなかったら、あなたを部屋においていいかなんて聞かないわ』
『船長がOKをだしたのは』
『乗組員同士の問題になりそうだから、ね』
私を襲ったあの男性……
にもかかわらず。私を襲ったあの日に、女性スタッフに来てほしいと言い出したそうだ。
仕事のためヘリで乗船した稔二さんは、偶然彼と出会い、数分だけ会話を交わす。
休暇を兼ねた仕事中とはいえ、かつて教えた部下という情もある。もう少し話したいと考え、彼の乗船するエリアへ足を踏み入れたときに稔二さんが見つけたのが、襲われる私だった。
ここまでが私が聞いている、稔二さんが知る白川の行動。
考えてみたら、どうして彼は急に女性スタッフに掃除に来てほしいと申し出たのだろう?
今は、答えは出そうにない。