寸勁•突。貫通力に特化した打撃は、私の防御を幾度と剥がし続ける。
私の持てる中で最も最上位の防御魔術、障壁魔術「空前障壁」。例えどれだけそれが絶対的な硬度を保とうと、この男の前では無意味。何重に障壁を張り巡らせても、的確に全ての魔術核が一撃で破壊される。
「チッ、なら────氷慧、零鳴!!」
「は、ぁッ! 寸勁•空!!」
加えて、防御技である寸勁•空。私の魔術に触れることなく″宙を打撃で乱れさせる″ことによって核の破壊、進行の抑制を同時に行なっている。魔術だけに限らず、己に近づく物を全て打ち落とす絶対的な防御だ。
「どうしたァ! 最強の魔女!! この程度なのか、お前は!!」
「喋り、かけるな!! 影撃魔術、シャドウ•プリズン!!」
「────無駄だと、言っている!」
私の手のひらから、闇が展開される。私の身体よりも、奴の身体よりも広がっていくそれはやがて波のようにヴェルドを包み込んだ。
「こんな、ものッッ!!」
しかし、それは僅か一秒の足止めにもならない。私なりに″細工″をした一撃だったのだが、効果はないようだ。
「魔術核を移動させながら。器用なことだが、私の前では無力! 空がある限り、私にはいかなる魔術も届きはしない!!」
怒号と衝突音、この空間を包む封印すら破ってしまいそうなほどの魔術と武力がぶつかり合う。
ヴェルドが仕掛けた攻撃は全てあと数ミリが届かず、障壁によって阻まれる。私の放った魔術はどれだけ速度、硬度を上げようとも″魔術核″の存在によって打ち砕かれ、無に帰していく。
いたちごっこだ。その上コイツはまだ、魔術を隠している。必ず、どこかのタイミングで私に打ち込まれるであろう魔石を媒介とした、一時的な合成魔術を。
私もまだ手の内の一割ほどしか晒してはいないが、この男に確実に有効なものがあるのか定めあぐねている。
お互いにまだ、手探りの状況。この均衡は、いつ崩れてもおかしくはない。
そう。おかしくはなかったのだ。″爆弾″を抱えている、私が崩されてしまうことは。
「寸勁•絶」
瞬間、空気が揺れ動く。操風魔術によってではない。この男の、気迫と拳によって。
「アンジェさ────」
危機を知らせる、全身の悪寒と背後からのユウナの声。刹那私の身体は遥か後方へと飛び、地下空間の端、封印の境目にめり込んだ。
「っ、っお……お゛ぇ……」
視界が回った。口から吐血し、足腰から力が抜ける。
こうして飛ばされ、全身に痛みが巡るまで私は気づかなかったのだ。
奴の拳が、私の肋を砕いたことに。
「はは、来た。ようやく一撃、入ったなぁ!!」
体内の臓物が口から逆流するかのような、激しい嘔吐感と恐怖。肋を砕かれただけでは無い。恐らく全身に衝撃が走った。常人が受ければ、確実に肉片なるであろうほどの威力。
これまでの奴の攻撃には、無かったものだ。
「な、にを……した……」
「寸勁•絶。私の持つ寸勁術最強の技だ。本来寸勁というものは小手先に激しく負担のかかる技でな。普段は威力を制御している。だが────」
赤く、血に染まった右手を上げながら。ヴェルドは言葉を続ける。
「これにおいては、制御を外した一撃だ。故に一度お前の身体を飛ばしただけで指が二本、折れてしまったようだがな。これくらいの痛みであれば、慣れている」
回復魔術で全身の修復をし、ゆらりと立ち上がる私の姿を見て、奴は静かに笑みを浮かべる。
「矛盾勝負、と言ったところだったがな。どうやら私の矛の方が強かったようだ」
そう。今の一撃は、魔術核を砕いたものでは無い。私の障壁魔術の発動タイミングは完璧だった。つまり魔術そのものが、耐久することができずに崩れ去ったのだ。ただの男の、拳の一撃によって。
「化……物が……」
計算が狂った。障壁そのものを完全に砕いてしまう威力を持つ打撃がある相手に、もはや絶対的な防御を貼る術はない。制約と限度のある技のようだが、一撃放ってもせいぜい指が二本折れて皮膚が裂ける程度。私の受けるダメージの方が遥かに深刻だ。
「お、中々にいいのが入ったはずだがな。もう治してくるのか」
「魔術を、ナメるな。私にかかればこの程度の傷わけないさ。お前のような魔術も使えん欠陥品とは、違うのだよ……」
「ふふっ、その割には随分と息切れが目立つじゃないか。どうやらその治癒には体力を使うらしいなぁ?」
血に汚れた口元を拭い、私はフラつく足元に力を入れて全身に治癒を巡らせる。
残念ながら、この男の言う通りだ。傷を反転させ治すこの魔術は魔素もそうだが何より体力が奪われる。何度も乱発していいような代物ではない。
(さて、どうしたものかな……)
人生で初めての強敵の出現に、私は静かに震えていた。この震えの正体が何なのかは、あまり知りたくはないな。少なくとも武者震いではないのは確かだ。
「さあ、まだまだこれからだぞ。魔女!!」
戦いには、流れというものがある。今は、あの男の流れ。障壁魔術で防ぐことが叶わない技がいつ来るか分からない私は、防御のモーションに回避を加えなければならなくなった。そのうえ一度まともに食らえばあのダメージ。次、食らえばどうなるかは分からない。
だがこの流れは、やがて崩れ去ることとなる。
私が予想だにしなかった、第三者の乱入によって。