(戦闘スタイルは、拳での肉弾戦。私の知らない技法だな)
ヴェルドと名乗るこの男の戦い方は、記憶を除いたから全て把握している。ただ……その技がどういったものなのか、私は知らなかった。私がここに封印されてから完成されたものなのか、もしくは異国のものか。
知らないという事ほど厄介なものは無い。加えてこの男は恐らく″見えている″。面倒な事この上ないな。
私は本来戦うことは好きじゃない。今だって勝てる勝てない以前に、面倒くさいから逃げたいと言うのが本音だ。
しかし、私には守るべき存在ができてしまった。愛する弟子が後ろで見ているのだ。みっともなく逃げおおせることなど私のプライドが許さないのだ。
「光翠魔術────天雷(アマノイカヅチ)!!」
天雷。上級光翠魔術にして、雷を操りし技。手元から生み出された八本の雷撃は、ヴェルドの四肢を補足し一直線に伸びていく。
私の持つ攻撃魔術の中でもかなり高位の、破壊力に長けた一撃。音速で迫るそれが奴の身体を貫くまでの時間は、寸秒にも満たない。
が、ヴェルドは静かに構えた拳を前に突き出すと、やがて私の雷撃に触れる。その動作にもまた一切の無駄はなく、振りかぶる動作すら無い。
「寸勁•空」
「なっ!?」
バチッ。まるで、静電気かのように弱々しい微弱な音。私の放った雷撃はたったそれだけを響かせて、その全てが空中で霧散した。
間違いない。やはり、コイツには────
「お前、魔術核が見えているのか」
全ての魔術には″核″が存在する。炎にも、水にも、風にも、雷にも。私の使う創造魔術はその核を中心として魔術を構成し、打ち出しているのだ。
しかしその大きさは練度が高ければ高いほど小さく、視覚できないサイズへと逆成長していく。どれほど強い魔術でも、核を見抜かれてしまうと意味がないからだ。実際に未熟な魔術師の打ち出した物などであれば、鍛えられた剣士であれば簡単に核を砕いて切断してしまうだろう。
「ふふ、その通りだ。私の目は少々特殊でね。どれだけ微細な核でも逃すことはない。そしてこの技、鍛え練り上げられた″寸勁″をもってすれば、どのような魔術でも簡単に崩すことができる」
奴の使用した奇妙な技。腕のモーションはほぼ無く、手先のみに集中した打撃で魔術核を的確に撃ち抜いている。
寸勁、と口にしていたそれに、魔素は一切含まれていない。つまり体術と動体視力のみで私の魔術を砕いてみせたのだ、この男は。私の魔術障壁を破ったのもその技の効力か。
「ふふ、嬉しいよ。歴代最強とされた魔女に対しても、私の技は有効なようだ。さて、次は私から攻めようか。その美しい身体に穴を開けるのが楽しみだ」
「異常者め……。女性は丁重に扱えと習わなかったのか?」
「ああ! だから丁重に、綺麗な穴を開けてやろう!!」
刹那、爆発的な加速と共にヴェルドの周りの地形が抉れる。
身体能力にのみ頼ったただの男の……いや、人間の速度ではない。この男は確かに、そのような序列はとっくに超越している。
「ッ────!」
「寸勁•突!!」
眼前に、一つの拳が迫る。ただ一直線に、私の命を奪うためだけに放たれた一撃が。
しかしそれは私を仕留める直前。僅か一ミリにも満たない寸前で、静止する。
「障壁魔術……空前障壁」
あとコンマ数秒、術の展開が遅れていれば死んでいた。だが逆に、あとほんの少し展開が早くても、私の顔面は消し飛んでいただろう。
「……ふむ。対応してきたか」
魔術核を砕き全てを壊す御技。魔術士を殺すために習得したのであろうそれは、私にとっても天敵だ。
しかし対処法が無いわけではない。実験的に行ってみたがやはり、この手は有効なようだ。
「お前が私に触れるその瞬間に魔術を発動する。核への打撃へと修正を効かせる時間を与えなければ、魔術を砕く術はない」
「はは、ははははは!! 私のことを異常者とはよく言ったものだな!! それが失敗していればお前の顔面は胴体と泣き別れになっていたというのに!!」
確かに、コイツの言う通りだ。私の脳内ではこれが成功する確率は九割を超えていたが、絶対ではない。幾らか私が死ぬ可能性があったことも事実。
だが、それがなんだと言うのだ。
「全ての物事に百パーセントなど無いさ。でもそれ故に、挑戦を恐れたらそこで負けだ。そうやって強くなっていくものだろう? 人間は」
少なくとも安全策をとり続けて勝てる相手ではないのだ。ならば確率の振り幅を調整しつつ、ある程度のリスクを負う方が圧倒的に合理的。そしてその調整に決して失敗をしないからこそ、私は最強なのだ。
「お前に、最強を見せてやる。さっさとかかってこい」
「ああ、言われずとも! ちょうど身体が温まってきたところだ!!」
先ほどよりも速く、先ほどよりも深く。ヴェルドの拳は私に向けられ、加速していく。