「ふ、封印って。なんでそんなことに……」
「簡単なことだ。同級生達は絶対に超えることができない私の才能への嫉妬を。ウルヴォグ学園上層部の人間達はこの世界の序列を変えかねない私への恐怖を。それらを解消するために、私を消したんだ」
消した、って。平たく言えばそれはつまり、何もしていないアンジェさんをその人達が殺したも同然だ。封印という言葉だけではその罪の重さは測れないかもしれないが、あのアンジェさんですら八百年間、その封印から出ることは叶っていない。
つまり、本当に殺す気だった。アンジェさんは十五歳という僕と同じ歳にして、その才能を妬まれて殺された。
「まあそういうことだな。しかも封印された当初は、ここはもう酷い空間だったよ。広さで言えば……そうだな。そこに置いてある掃除用具入れくらいか」
そう言ってアンジェさんが指差した先にあったのは、人一人が立っている状態ならギリギリ隠れられようかというほどの、教室の隅に置いてあるような用具入れ。そこに人を封印なんて……生き埋めと、なんら変わらない。そんな状況から、この人は生き延びてきたのか。
「私も私で、ある意味壮絶な人生を送ってきた。まあお前ほど心に深い傷を作られるような、酷い出来事は流石に無かったがな」
「酷い出来事は無かった……? そんなわけ……だって、アンジェさんをここに封印した人の中には、クラスメイトも……」
「いたが、それがどうかしたのか? 私はそいつらのことを封印された時に裏切られたと思うほど仲がいいとは感じていなかったからな。封印された時も『ああそうか』と変に納得したくらいだぞ」
「で、でも……」
どうしてこの人は、軽々とそんな話をできるのだろうか。しかもその声質からは、恨みや憎悪といった感情が一切感じ取れない。本当にただ淡白で、教科書の文章を読んでいるだけの先生のような。まるで他人の話をしているみたいに、そこには何も感情が乗っていない。
「恨んだりとか、復讐を考えたりとか。してないんですか? アンジェさんを地下に閉じ込めた、その人達のこと」
恨んでないという方がおかしな話だ。人一人分しかない地下に閉じ込められ、封印される。アンジェさんほどの人でなければ確実に殺されていた。恨み、復讐を考えても……
「恨み? 復讐? ユウナ。それはな、人生において一番無駄な感情だよ」
「っ!?」
「だってそうだろう? 人を恨み、復讐のために人生を費やすなんて。命は有限なんだ。私はそんなことをするくらいなら、置かれた状況で自分が一番楽しめる環境を作る。事実、そうして造られたのがこの家だからな」
復讐は何も生まない。小説の中でもよく聞くフレーズだった。親を殺人鬼に殺された、裏切られて金を失った。そんな境遇に置かれた主人公に、刑事や友人はその言葉を使って説得をする。
でもそれは、復讐に取り憑かれた主人公を客観的に見れる第三者だからこそできる発言だ。他人から見れば無駄なことに時間を使っていると思っても、当の本人はそれに全力を注いでいる。全てをかけている。いや、″そうしていなければ生きていけない″から、恨みを加速させていくのだ。
僕だって昔、同じことを考えた。みんなを殺した化け物を殺してやりたい、と。
でも、そんな勇気はなかった。僕は復讐すらもできないまま、逃げて無気力になってしまった。だからそういう生き方をする人のことを、凄いとも思ってしまう。もしかしたら僕にだって、そういう道があったのかもしれない。
「私がユウナをすぐに殺さずもてなしてしまったのは、多分私の人生の分岐点において間違ったルートを選んでしまった時の結果の末路の一つが、お前だったかもしれないと思ったからだ。傲慢極まりない話だが……話を聞いて、助けたいとも思ってしまった」
「アンジェ、さん……」
「っと、すまない。話が随分と脱線してしまったな。空間魔術の話に戻ろうか」
傲慢なんかじゃない。その想いは……優しさだ。その優しさに、僕は今こうして救われている。
(感謝しても、しきれないよ……)
「お、おいユウナ! 私が心を読めるということを忘れているのか? その、小っ恥ずかしい事を考えるんじゃない。いいか!? 助けたいと言ってもあくまで興味本位としてだからな! っておい! 何を笑ってる!!」
「いえ! 一生ついていきます! 師匠!!」
少しだけ頰を赤くして焦った様子を見せるアンジェさんを見て、心を読めるというのも良いことばかりではないんだなと。そう、思った。