「すっごいじゃない! なんかもうめちゃくちゃ凄かったわよ! クルクルーって回って足もほわーって動かしてバババッてポーズ決めて瞬きできなかったわっ」
言いたいことはあらかた理解できる。伊流院らしさが存分に発揮されたコメントだ。
「来宮、お前はどうだ?」
視線を移してみると、来宮はビクッと肩を揺らし、続けざまに喉を鳴らした。
「……いや、そうだね、キミの意外な一面を見ることができて欲情しそうになったよ」
「それはお前なりの褒め言葉だと受け取らせてもらうから」
とにかく、二人を満足させることには成功したらしい。一芸一能で沢城高校に入ったわけだし、見掛け倒しにならなくてホッとしている。
踊ってくれと言われたとき、内心焦りまくっていたのは誰にも言わないでおこう。その方がかっこ悪くないからな。
「凄いねー」
と、そこに第三者の声が響いた。
俺たちは三人揃って声が聞こえた方を振り返り、部室棟の二階の窓から顔を覗かせる一人の女の子を見つけた。その女の子は窓から顔を引っ込めて、部室棟から下りてくる。そして俺たちの許に歩み寄り、ニカッと笑ってみせた。
「君たち、何組?」
ジャージ姿の女の子は、俺たちが沢城高校の生徒だと思い込んでいるようだ。まあ、五日後には沢城高校に通っているわけだから、勘違いってほどでもないけどさ。
「え? あ、いやその……まだ決まってません」
「まだ? どういうことかな、それって」
「あたしたちは、今年の春に入学する予定なんです」
伊流院が横から助け舟を出してくれる。俺に対する口調はともかく、人並みの対人スキルは持ち合わせているようだな。できればそれを俺にも実行してもらいたいけど、無理か。
「へえー、そっか。そうなんだ? そりゃー楽しみだよ。んで、名前はなんていうの?」
「私の意見としてはまずあなたが名乗ったらどうでしょうかね」
なに上級生に喧嘩吹っかけてんだこいつは、とツッコミを入れたいところだったが、ここはなんとか堪えた。
その仕草を見た来宮は残念そうに笑ってみせる。確信犯か。
「ああー、そうだよね。言われてみれば確かにそのとおりだよね? ごめんごめんっ、わたしは一年三組――ていうか春になったら学年が上がってクラスも変わっちゃうからそれは飛ばすことにして、わたしの名前は秋十重阿栖葉って言いますっ。名前を呼ぶときは阿栖葉でいいからね。ジャズダンス部の一年生だよ!」
「ジャズダンス部!?」
突如現れた彼女――秋十重阿栖葉は、なんとジャズダンス部の部員だった。
昨日から偶然が重なり続けているような気がするが、あとで何か悪いことが起きなければいいけどな。
「そう、ジャズダンス部だよ。今さっき君が踊ってたダンスと同じだねー。それでさ、わたしの自己紹介は終わったんだけど、君の名前はなんていうのかな?」
「蜷川です」
「蜷川君だね? ふんふん、なるほどねー。チェックしておくよ。因みに隣にいる彼女たちもダンスを踊れたりする?」
二人揃って首を横に振る。
少しふてくされた顔をしている伊流院は、自分たちの名前を聞かれなかったことに腹を立てているんだろうか。来宮に関しては無表情に戻っている。
「そっかー、そりゃ残念。でも君を見つけたから十分な収穫はあったねっ」
「収穫――って、どういう意味ですか?」
話が読めないでいると、阿栖葉さんは嬉しそうに笑って俺の手を握る。
いきなりの行動に戸惑いを隠せない俺は、一歩後ろに引いた。
「わたしから、蜷川君にお願いがあります!」