竜宮城で少し早めの昼食を三人で取ったあと、伊流院に案内されて沢城高校へと向かうことになった。余談になるが、昼食代の支払いは俺が済ませた。しかも三人分。実家で飯を食っているだけなのに、何故に来宮の分まで支払わなくちゃいけないのかと文句を言いたくなったが、さすがにあの笑顔を見せられてしまってはそれも不可能というものだ。……はっ、まさか確信犯か。相手が来宮ならありえそうで恐ろしい。次回からは気をつけなければならないな。
一旦、竜宮城からみごや館へと戻り、そこから更に反対側へと住宅街を歩いていく。傾斜が緩やかな坂道へと次第に変化し、周囲の景色は住宅街から自然豊かな森へと姿を変える。
驚いたことに、脇に植えられた全ての木が桜を咲かせている。三月下旬から四月上旬は桜並木を満喫しながら通学できるみたいだ。また、途中から一本道になるので迷うことはなさそうなのがありがたい。
「もうすぐ着くわ。ほらっ、あれがそうよ」
「ほー、けっこう近いところにあるんだな。こりゃ登下校が楽そうだ」
坂道を三人並んで歩いていくと、やがて校舎が視界に見えてきた。
「これが沢城高校か……想像以上にでっかいな」
「沢城高校は一学年につき五百名以上の生徒がいるんだから当然よ」
俺が通っていた中学校の三倍ほどの面積と大きさをほこっているようだが、これは校内の設備や教室の場所を覚えるだけでも一苦労しそうな予感がする。オマケにグラウンドの広さも規格外だ。無駄に土地を使いやがって。
正門は開いている。伊流院が我先にと校内へ足を踏み入れてしまっった。
「ねえ、中に入れそうだけどどうする?」
すでに不法侵入しておきながらよく言うよな。伊流院は俺の返事を待たずに振り向き直し、堂々と奥に進んでいく。無視するわけにもいかないので、俺と来宮もそれに続くことにした。
「あれはあれで私とは違って少々強引なところがあるがね、でもそれが淫乱な子の良いところでもあるのさ。それだけは忘れないでおいてくれよな、キミ」
「それはまあ、あいつの表情を見てりゃ分かってくるけどな」
好奇心旺盛か、それとも猪突猛進なのか、伊流院の行動パターンは見ていて飽きがこないのも特徴の一つだ。なんだかんだ言っても伊流院と一緒にいると楽しいのは事実だからな。
「体育館でバスケの試合っぽいことしてるわよ!」
言われて覗いてみれば、確かにバスケの試合をしていた。
しかし驚いたのはギャラリーの数だ。俺たちと同じように私服の奴らが館内に熱気を振りまいているじゃないか。
「他の高校と練習試合でもやってんのか?」
「そうみたいね。沢城じゃない制服を着てる人がたくさんいるわ」
それを聞いて安堵した。バスケの練習試合を見に来たギャラリーであると偽っていれば、不法侵入としてつまみ出されるような事態には発展することもないだろう。
「なあ、そういえば伊流院と来宮は部活には入るのか?」
「部活に? あたしはどこにも入るつもりはないわよ。……いえ、でも文学部か漫研があれば覗いてみるのも悪くないかもしれないわね」
出かける前、伊流院がライトノベルを読んでいたのを思い出した。漫画や小説を読むのが好きなんだろうな。だが伊流院が入部すると部内を掻き回されそうな印象しか浮かばない。
「なるほど。案外、伊流院に合ってるかもしれないな。それで来宮は?」
「私は無理さ。時期によって差はあるが、思いのほか仕事が忙しくて時間が取れない」
こちらは予想したとおりと言うべきか、現役アニメ声優の来宮は部活に打ち込む時間がないようだ。しかし、それなら別の方法で高校生活を満喫すればいいだけの話だ。
「だけど来宮はそれが好きでやってんだろ? ならそっちを全力で頑張ればいいさ。他の奴らには到底まねすることのできない仕事なんだからな」
「む、……うぬ、そうだねえ。それにしても意外な口撃手段を用いてくるね、キミは」
「ん? なにがだ」
「なんでもないよ、照れるから気にしないでくれ」
そっぽを向いて恥ずかしそうに眉を掻く。
来宮らしからぬ態度だが、これもまた俺をからかって遊んでいるんだろうか。