「なあ、蜷川? 昨日キミが食べたあれは私が考えたメニューなのだよ。誰かさんが今よりももっとまるまると肥えたメス豚になるようにと、心から願いを込めて高カロリーの料理になるように研究しつくした究極のね」
「ふっ、ふぅん……、それは初耳ね? とりあえず琉衣、あんたホテルに戻ったあと管理人室に来なさい。今のあたしはあんたと二人きりでじっくりと話し合いたい気分なのよね」
「あ、それは断るさ。レズは趣味じゃないのでね」
「ぶっ飛ばすっ」
伊流院が席を立ちテーブルを挟んで取っ組み合おうと試みた寸でのところで、エプロン姿のおばさんが店の奥から姿を見せた。動きが止まった伊流院は、コホンッ、と恥ずかしそうに咳をして座り直す。羞恥心があるのならもう少し場をわきまえて騒いだらどうだろうか。来宮の実家とはいえ、一応は居酒屋なんだからさ。
昼時は店を開けていないからお客さんがいなくて一安心だ。これを機に騒いだり喚いたりするのはみごや館にいるとき限定にするのはどうだろうか。……まあなんだ、その、今よりマシになるかもしれないが、その代わりに俺への被害も拡大しそうなのが怖いけど。
「因みに今言ったのは全て嘘だから安心するといいさ」
さすがにこれ以上は見てみぬ振りはできないと考え、仲裁に入ろうと腰を浮かしかけた俺に、来宮が飄々としたまま補足を入れてくる。
「いや、それは言われなくても気づいてたから」
昨日、俺が竜宮城で食べたお任せメニューは、とてもバランスが取れていたように思える。
あれが高カロリーの料理だとしたら、来宮のおばさんはとんだ食わせ者だよ。
「というわけだからさ、ママ。いつもどおりのお任せメニューを三人前頼むさ」
「……なんか来宮がママって呼ぶと、ものすごく違和感があるな。ていうか似合わないぞ?」
「ふふ、そうかい? 私はこう見えて甘えん坊さんなのだよ。ママのことは大好きだからね」
意外な一面を見せる来宮は、厨房で料理をするおばさんに向けて柔らかな笑みを浮かべた。
「普段からそうしていれば、お前に対するイメージが変わったんだろうけどな」
「うん? だとするとキミは今、私のことをどのように思っていると言うのかな? いや、言わなくていいさ、これは私に対する挑戦状のようなものだからね、キミの心を見透かしてずばり当ててみせようじゃないか。……ふむ、そうだな、たとえば可愛いだとかキュートだとか愛くるしいだとか豚のように罵られたいだとか私の穿いた靴下をくんかくんかしたいだとかおみ足を舐め舐めしたいだとか今すぐに犯りたいだとかむしろ犯られたいだとかぶっちゃけレイプしたいだとか思っていると思うのだが違うかな?」
「全体的に間違ってるんだが、特に後半部分は明らかな間違いだからな。それと女の子がそんな単語を口にするんじゃねえ」
親の前でよくもまあ言えるものだな。来宮の性格や言動には度々感心させられるぞ。
「蜷川くんっ、キミになら、わたし、なにされても我慢するよ……?」
「アニメ声で話しかけるのも止めてくれ」
そうしてくれないと本気で頭がおかしくなりそうだ。
ただでさえ容姿端麗でスタイルも抜群だというのに、加えてアニメ声まで備わっているのだから恐ろしい。三拍子揃っているぞ。
「ちょっ、ちょっとあんたたち、あたしも会話に混ぜなさいよっ」
「あれ、キミはひょっとして淫乱な子かな? いったいいつからそこにいたんだい?」
「最初っからずっとに決まってんでしょーが!」
またもや決戦の火蓋が切って落とされそうになるが、来宮のおばさんがタイミングよく料理を盛ったお皿を運んでくる。怒りと言う名のストレスを発散できずに消化不良になること実に二回、これはみごや館に帰ったあとが大変そうだ。
三人揃って「いただきます」と言って手を合わせ、料理を食べ始める。
お任せメニューということもあってか、昨日とは異なる料理が並んでいた。どれもみんな美味しそうに見える。
「……美味しいかい、蜷川?」
声をかけられたので後ろを振り向いてみる。
来宮がじいっと俺の背中を見つめていたようだ。
「ああ、美味いぞ」
頷いて返事をしてみせると、来宮はそれ以上何も言わなかった。
但し、先ほど見せた柔らかな笑みを俺にも向けてくれた。