来宮の呪縛から逃れようとみごや館の外に出てみれば、こちらのことなどお構いなしといった様子で、伊流院は一人でズカズカと歩いているじゃないか。俺たちとの距離が離れるにつれて、その背中が徐々に小さくなっていく。昨日のうちに竜宮城までの道のりは記憶しているし、竜宮城を実家に持つ来宮がいるとはいえ、できれば置いていかないでほしい。
来宮と二人でいると精神的な疲労がとてつもない速度で溜まっていく。それを承知で置いてきぼりにされているとだけは思いたくない。みごや館に引っ越してきてからまだ一日しか経っていないが、俺の中で一番まともだと思っているのは伊流院なんだから、ここぞという場面ではきっと助けてくれるものだと信じているぞ。なんてな。
伊流院の背中に追いつこうと駆け足になる。しかしながら俺の首根っこを掴んで阻まんとする来宮の魔手から逃れられるはずもなく、結局は竜宮城に着くまでの短い距離を二人並んで歩くことになってしまった。その間、もちろん俺はいじられ続けた。
竜宮城の中に入ってみると、すでに伊流院がテーブル席に着いていた。
俺は伊流院と向かい合うように座ろうとする。だが、それをも来宮に阻まれた。
「さあ、私の横に座りたまえ。遠慮はいらないよ、それとも膝の上がいいかな? いや、むしろ私がキミの膝の上に座った方が嬉しいだろうね?」
来宮は伊流院の隣に座るのではなく、向かい合うようにして座りやがった。このやろうめ。
二つの選択肢を前に迷うことは何もない。俺は視線を横にずらした。
「伊流院、お前の隣に座ってもいいか?」
「えっ、いいいいやちょっとあんたいきなりあんたなに言ってんのよあんた!?」
なんかものすごく嫌がられているんだけど、泣いてもいいかな。
「……んじゃ、俺はカウンター席でいいや」
伊流院の横の席に座るという選択肢を破棄しなければならなくなった俺は、自動的に第三の選択を取る羽目になった。
ぎこちない仕草で、俺はカウンター席に着く。それを見た伊流院は「あっ、う……」と何か言いたそうに口をもごもご動かしており、来宮に至っては苦々しい笑みを浮かべたまま軽い溜息をついていた。なんなんだよ、その態度は。
「蜷川、昨日は何を食べたんだい?」
「え? えっと確か……」
「いつもどおり、お任せメニューよ」
「ああ、メス豚専用のまかない料理か」
ピシッ、と空気に亀裂が入ったのは気のせいじゃないけどそうであってほしい。
幸いにも俺はカウンター席に座っているので、このまま沈黙を守ろうじゃないか。と言っても無理なのは重々承知なんだけどな。