「お昼食べたら沢城まで案内してあげるわ。どうせずっと暇なんでしょ? 財布を取ってくるからそこで待ってなさい」
その財布の中身を昼食の支払いに当てることはないだろうに、持っていく必要があるのかどうか教えてほしいところだね。しかしまあライトノベルを一冊貰ったからな、昼食代ぐらいは出そうじゃないか。
「私は財布を持っていかないから支払いの方はよろしく頼むよ、キミ」
「どこの接待客の言い草だよ。むしろお前の実家なんだから奢ってくれてもいいだろ」
「くくっ、それは無理な相談だね。淫乱な奴が朝昼晩いつでも友達価格で食べていくから赤字なのさ。だから私がアニメの声優として泣きながら夜のお仕事をこなしているのだよ」
ツッコミ待ちなのが手に取るように分かるが、あえて後半部分については聞き流すことにした。墓穴を掘るのだけは回避しておきたいからな。
「伊流院一人で竜宮城の経営を圧迫させるほど食べているとも思えないんだがな」
「そりゃそうさ、だって嘘だからね」
「だーれーがー、嘘吐きだってのよっ」
管理人室から、財布を持った伊流院が出てきた。
「伊流院、少し落ち着け。だれもお前のことを嘘吐きなんて言ってないから」
「そうだとも。毎晩一人であんなことをしてる淫乱な奴としか言ってないさ」
「ぶっ殺す!」
ぶっ飛ばすじゃなくなったのが伊流院の怒りの度合いが上昇していることを表しているかのようだ。もちろんその餌食となったのは、
「いやなんで俺を叩くんだよ! 相手が違うだろ相手がっ」
来宮じゃなくて俺だったのは言うまでもない。しかし何故に急所ばかり狙ってくるんだろうな。伊流院は俺が悶絶する姿を見たいとでもいうのか。
「はあっ、はあ……っ」
息を切らしたのか、伊流院の攻撃の手が休まる。
昨晩同様に股間を押さえてロビーにうずくまる俺は、ある程度手加減してくれていたことを悟った。理不尽な暴力を振るうほど、悪い意味で規格外な性格というわけではないようだ。暴力的な行動を起こすとはいえ、中身は立派な女の子なのだから叩かれてもそれほど痛くないのは正直助かる。
そんな俺のすぐ横に影が差した。恐る恐る顔を上げてみると、来宮が意地悪そうに口角を上げているではないか。伊流院に聞こえないように、その場に屈んで俺の耳元で何事かをそっと呟こうとする。だが如何せん声のトーンが大きかった。いや、伊流院をいじるときはこれがお約束だと言わんばかりの態度だ。
「淫乱はドSだから温かい目で見てやってくれたまえ」
「むしろあんたがドSでしょうがっ」
まさにその通りだ。こればっかしは伊流院に同意見だった。
「もうっ、ほらさっさと行くわよ」
新たに怒りの矛先を向ける相手を探しに行くかの如く、伊流院はみごや館の外に出て行った。
「さあ、私たちも行こうじゃないか」
「いやだからそうやって何気なく手を差し出されても対応に困るんだよ」
「その反応を楽しむのが私のライフスタイルになりつつあるからもっとゾクゾクさせてくれ」
ようやく理解した。昨日からずっと振り回されっぱなしなんだが、来宮と対等に言葉を交わそうと考えていること自体おかしかったんだな。別次元の住人だと認識した方がよさそうだ。