翌朝、俺は太陽の光によって目を覚ました。
彼方に変態と罵られて以降、夜中の一時ぐらいまで部屋の掃除をしていたのだが、正直あまり捗らなかった。昨日は色んなことがあったからな、いつの間にか疲れてベッドに横になり、カーテンを全開にしたまま眠っていたらしい。
「体が痛え……」
変な姿勢で寝たのが原因か、身体の節々が痛い。
日を跨ぐ前にコンビニで夜食を買って食べたけど、さすがにおにぎり一個で満腹にはならないよな。これでも育ち盛りの十五歳ですから。
「腹減ったな」
携帯のディスプレイを確認する。時刻は十一時を回っていた。これは朝というより昼に近いかな。とりあえず腹ごしらえしたいから伊流院を連れて竜宮城まで食べに行くか。その後は、のんびりとご近所を散策してみようじゃないか。入学式まであと五日、今のうちにみごや館周辺の地理を憶えるのも悪くないからな。
顔を洗って寝癖を直し、着替えを済ませて部屋の外に出る。一階に下りてみると、伊流院がカウンターに肩肘をついたまま本を読んでいた。
「よお、おはよう」
「おそよう。ところであんた今起きたの? 来週には学校が始まるんだから寝ぼすけな体質は直しておいた方が身のためなんじゃないかしら」
ごもっともな意見だが、学校が始まるまではぐうたらな過ごし方を満喫させてもらおうじゃないか。
「そういうお前はこんな朝早くから読書か?」
伊流院の性格からして読書家のようには見えないのだが、ひょっとして漫画でも読んでいるのだろうか。本の表紙に目を向けると、漫画っぽいイラストが描かれている。
俺の視線に気づいた伊流院は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ライトノベルっていう小説よ。あんた知ってる?」
「知ってる。中高生向けの小説だろ」
なるほどな、伊流院が読んでいたのはライトノベルだったのか。
書店のライトノベルコーナーには男性しかいない印象が強かったけど、女性でも読むんだな。
「こ、この本ね、実はアニメ化してるのよ。作中に玖々っていう名前の女の子がいるんだけど、アニメの声を当ててるのが琉衣なのよね」
「は? マジで?」
「あんたに嘘ついてあたしに何の得があるってのよ」
本を差し出されたので、俺は表紙をまじまじと見つめる。
このライトノベルは『きみの声とぼくの記憶』というタイトルの作品らしい。
あらすじ部分を読んでみる。寡黙な女の子と知り合った主人公の男の子が、その女の子の声を聞きたくてあの手この手で喋らそうとする話のようだ。……なんていうか、その、末期だな。
「へえ、このキャラが玖々って子か。けっこう可愛いじゃないか」
昨日、来宮のアニメ声を聞いてしまった俺の耳には、このキャラクターが会話する度にあの声を思い出してしまいそうになる。……ある意味、俺も末期だ。
「あんたも読みたい? いい今なら見本誌が――じゃなくてっ、ええっと……、布教用にっ、買っておいたのが一冊あるから、それを特別にあげても構わないわよ?」
「伊流院がタダで? いったいどんな風の吹き回しだよ」
「ううううるっさい! 欲しいの? それとも欲しくないの?」
「それじゃあ貰うよ。やっぱり気になるからな」
「そ、そう? ……か、感想もちゃんと聞かせなさいよね」
「感想も? まあ、いいけど」
伊流院はいそいそと管理人室の中に入り、布教用の一冊を持って出てきた。何故か嬉しそうな表情をしているが、ぶっ飛ばされるのは嫌なので何も聞かないことにした。