「あんたってさ、地元は長崎なのよね? なんでわざわざ上京してきたの?」
「それは遠まわしに地元に帰れと言ってるのか?」
「バカ、そんなわけないでしょ。今日からみごや館の住人になるんだから、あんたの話を少し聞いてあげるって言ってんの。ありがたく思いなさい」
その言い方がもう少し柔和であればありがたいと思ったけどな。口が悪い伊流院にそれは無理な相談か。
とはいえ二人には名前しか教えていなかったから、ここで話しておくのも悪くないだろう。
「あー、えっと、沢城に一芸一能入試があるのは知ってるよな? 実を言うと、小学校の頃からジャズダンスを習ってたんだけどよ、一芸一能入試で受験できる高校を探してたら沢城を見つけたんだよ」
「あんたがジャズダンス?」
「そうだ」
「ここ、笑うとこ?」
「ぶっ飛ばすぞ」
冗談で言い返してみたが、伊流院は至って真面目な顔をしている。俺がジャズダンスを習っていたことを知り、どうやら驚いてしまったらしい。隣に座る彼方は、瞬きするのを忘れてしまったのか、コップを手に水を飲もうとする状態のまま、動きが止まっていた。逆にこっちが驚かされるぞ。
「あんたが踊ってる姿なんてまったく想像できないわね」
「言ったな? あとで踊ってやるから覚悟しと――」
「目が腐るからいいわ」
「ぶっ飛ばすぞこら!」
ゼンマイ仕掛けのおもちゃのように、ゼンマイが止まって身体が固まっていた彼方は、ようやっと動くのを再開したようだ。
水はまだ飲んでいないみたいだが、コップをテーブルの上に置いてどうするのか。いくらなんでも驚愕しすぎだぞ。
「冗談よ冗談、本気にしないでよね。……でもさ、一芸一能入試で沢城に入ったってことは、あんた実は凄い人だったりするわけ?」
「おう、何を隠そう、嘘をつくのが得意な人だ」
「なにそれ」
「面接のとき、嘘を八割ほど織り交ぜておいた」
「詐欺師じゃないのよ!」
「あーごめん、記憶にございません」
「ぶっ飛ばすわよ!」
やはり伊流院がその台詞を口にすると凄みが出るな。
主に伊流院との会話が弾み、テーブルの上に置かれている料理が減っていく。彼方も何度か相槌を打っているが、瞳の先に映っているのが料理なので話を聞いているのか不明だ。しかしまあ、先ほどの対応を見ても俺の話に多少の興味を抱いてくれているはずだから、このまま会話を続けても構わないだろう。
「ねぇ、沢城ってダンス部あるの? それともダンススクールに通ったりするつもり?」
「ダンススクールにはあまりいい思い出がないんだよな。だからダンス部があればそこに入る予定だけど、でもそれもジャンルが違ったら面倒だし……」
ヒップホップやブレイクダンスとは基本となるスタイルや踊り方がまったく異なるので、同じ舞台に立つのは非常に難しいところだ。だからといってダンス部がジャズダンスだけで活動しているとは思えないし、直面しうる問題は山積みだ。
ストリートでやった方が無難なような気がするわけだが、それにも限界があるだろうからな、やはり今はとにかく仲間が欲しい。一緒にジャズダンスを踊ってくれる仲間がいれば、それだけで視野が広くなるし、ダンスの大会にもエントリーすることができるようになる。決められた振り付けを憶えるのは下手でも、自分で振り付けを考えればそれも楽しくなるはずだ。
「二人のことも教えてくれよ」
「あたしたちのこと?」
そうだ、と俺が頷くと、伊流院は彼方の方へ視線を向けた。
彼方は相変わらず料理に目を向けており、自分から喋り出しそうな雰囲気ではない。となれば自動的に伊流院が話すことになるわけだ。ある程度、彼方がどのような態度を見せるのか予測していたのだろう。いつものことだと言いたげな様子で伊流院は肩を竦めた。