「こんにちはー」
伊流院は竜宮城の中に入り、エプロン姿のおばさんに声をかける。
「あら、いらっしゃい」
「おばさん、琉衣は?」
「琉衣なら今さっき駅前の本屋さんに行っちゃったのよねえ」
琉衣、というのが竜宮城に住む伊流院の友達の名前のようだ。
「そっか。だったら仕方ないわね。三人で食べるわよ」
伊流院が意地悪そうな笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。
何か悪巧みでも練っているのか、テーブル席に着いた伊流院の表情を察するに、機嫌がすこぶる良くなっていくのが手に取るように分かってしまう。
「おい、何を考えてんだ」
「べっつにー」
いいから早く座れ、と椅子を引いて促してくる。
積極的なのは嬉しい限りだが、いきなり隣に座るというのはハードルが高すぎやしないか。
「なに突っ立ってんのよ? あんたも早く座りなさいよ」
伊流院が引いた椅子に、戸松が横から座り込んでしまった。
一人で勝手に勘違いしたのが少し恥ずかしく思えたが、どうやら二人にはバレていないようなので一安心といったところか。伊流院と戸松の向かいの椅子を引き、腰を下ろした。
「お昼はいつもここで食べるのよね。おばさんのお任せメニューが美味しいのよ」
「ほう、値段が安けりゃ毎日でも来れそうだな」
「安いに決まってるじゃない。あたしと琉衣は幼なじみだからね、通常の半額で食べることができるのよ。お腹が減って死にそうになったときはあたしに相談しなさい。あたしと一緒に竜宮城に来れば節約できるから」
これはデートのお誘い的なものだと受け取ってもいいのだろうか、と無粋な考えをする暇があるのであれば、伊流院の隣に座ったっきり沈黙を続ける戸松との会話を試みた方が有意義に時間を使えるに違いない。
「挨拶したときに言ったけど、戸松も同じ学校なんだよな?」
視線を横に移し、手ごろな話題を持ってくる。すると戸松は小さく頷いた。
「あ、う……」
「うん? なんだ」
「……彼方で、いい」
どうやら下の名前で呼んでもいいとのことらしい。
第一印象の出来からすれば、これは大きな進歩だ。あまり認めたくはないが、結果的にみれば伊流院のおかげかもしれない。
「そうか、それじゃあ俺のことは明良って呼んでくれればいいから」
「あたしはあんたって呼ぶけどね」
「ああそうかい」
性格と態度はからっきしに可愛げのない奴だ。
エプロン姿のおばさんが料理を運んできて、俺はようやく昼食にありつけた。朝は起きるのに寝坊しておにぎり一個しか食べてなかったからな。晩飯の予定がない俺としては、ここで満腹になっておく必要がある。