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【1-6】竜宮城

「よし、揃ったわね。それじゃあ行くわよ」

「えっ」

「なに驚いてんのよ?」

「いや、だってパジャマだぞ。あのままで外に出ていいのか?」

「パジャマで外に出たらダメなんて法律はないわ。だから問題なし」


 伊流院はツッコミを入れずに、正面玄関へと歩き始める。その後ろを寝巻き姿の戸松がくっついていく。一瞬、俺の方を見て目が合ったが、すぐに逸らされた。もしかして怖がられているのか。誤解されるのは正直困るんだが、こういうときの対処法を知らないからどうすることもできないのがもどかしい。いやそれとも寝巻き姿を指摘したことを怒っているのか、或いは両方か。どうにも相性が悪そうだな。


 仕方なく、俺は二人の後についていく。みごや館の正面玄関には桜の木が植えられていて、今の時期が一番の見ごろなので、周辺は桜色に彩られている。


 公園を突き通って道路沿いに出た。二人のすぐ後ろを歩いていると、戸松が伊流院の服の裾を遠慮がちに引っ張り、それに気づいた伊流院が首を傾げる。


「んー、なに?」

「こわく……ない?」


 ぼそりと呟いて、戸松は俺に視線を向ける。


「大丈夫でしょ、大したことなさそうな顔だし、カナに変なことしたらあたしがぶっ飛ばしてやるから心配しなくてもいいわよ」

「物騒な話をしてる最中に申し訳ないが、俺の人権について語っても構わないかな?」

「却下。どうせつまんないから話しても無駄だと思うのよね」


 伊流院の台詞に安心したのか、戸松は歩きながら後ろを振り向き、上目遣いに俺の顔を観察する。ひたすらに、これでもかと観察を続けているのだが、異性に近距離から見つめられてしまえば、目が泳いで顔が引きつってくるのも不可抗力というものだ。


「カナ、憶えられそう?」

「たぶん。……声は、もう憶えた」

「憶えるって何をだ?」

「あんたは知らなくてもいいことよ」

「不公平だな、おい」


 仮にも同じ学校の同級生になるわけだし、しかも三人とも同じホテルに住んでいるのだから、少しぐらい教えてくれてもいいじゃないか。


 いや、しかしまだ二人とは今日出逢ったばかりだし、深入りするのも面倒な奴だと思われそうだ。とりあえず、今はまだ大人しくしておくことにするか。……なんか犯罪者予備軍みたいな言い草になってきたな。


「ここがスーパーで、あっちに見えるのがコンビニね」

「へえ、けっこう広そうじゃないか。品揃えはいいのか?」

「それなりってところかしらね。……で、あのお店が今からお昼を食べるところ」

「……居酒屋っぽいんだが」

「居酒屋っぽいじゃなくて、居酒屋よ」

「飲酒は二十歳になってからという言葉を知らないのか?」

「バカな勘違いしてるわね。お酒を飲まなきゃいいだけじゃない」


 そう言われてみれば、確かにその通りだ。居酒屋で飯を食べると言われたせいで、先入観が強くなりすぎていたようだ。


「因みにあたしが飲んで酔いつぶれたときはちゃんと介抱しないとぶっ飛ばすから」

「置いて帰るから安心しろ」


 お店の看板には竜宮城と書かれている。これがこの居酒屋の名前のようだが、もう少し雰囲気に合った名前をつけられなかったのだろうか。竜宮城と名乗るには百年早いと言いたくなるほど年季が入った居酒屋なんだけどさ。


「そういや居酒屋って昼間から営業してるもんなのか?」

「ここは特別よ。あたしの友達の実家だからね」

「友達ねえ、そうですか、ふぅん……」

「あんた今、あたしに友達いたんだって思ったでしょ?」

「滅相もない」


 図星だが、もちろん口が裂けても本当のことは言わない。


「い、言っとくけど、あたしには友達百人いるんだからね!」


 どこかの遠足の謳い文句のようになっているが、あえて返事はしないでおこう。そうすればきっと伊流院も少しは自分の発言に責任を持ってくれるようになるはずだ。そう何度もぶっ飛ばすなんて言われちゃたまらないからな。


「わたしも、友達」


 そこに助っ人が現れた。


「ほ、ほらっ、カナもあたしの友達なのよ! これで分かったでしょ、あたしがどれだけ人間として凄いのかってことが!」

「……うん、まあいいよ、それで」

「なんで残念そうな顔するのよっ、このバカッ」


 友達がいるかいないかについて話しているのに、戸松の助力も空しく伊流院は自分が如何に凄い人間であるかを語ってくれた。確かに口は悪いかもしれないが、逆にそれが話しやすさへと変化しているのだろう。ほんの少し前まで顔も知らない同士だったのに、これほど気兼ねなしに会話できるのは伊流院のおかげだ。


 その一方で、もう一人の同級生と打ち解けるのにはまだ時間がかかりそうだ。そもそも何を喋ればいいのかすら分からないからな。


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