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【1-4】二〇一号室の住人

「――……だ、れ?」

「あっ、えっと……今日から二〇二号室に入ることになった蜷川明良って言います。沢城高校の生徒だって聞いたんだけど……」


 ドアが一センチほど開いて、その隙間から俺の姿を認識する。

 部屋の電気を点けていないらしく、どんな表情をしているのかよく見えない。


「……ま、して」

「はい?」


 声が小さくて聞き取れなかったので聞き返す。印象が悪くなるのは極力避けておきたいところだが、この程度なら大丈夫だろう。


「はじ……め、まし……て」


 途切れつつも、今度はしっかりとその言葉を口にした。それを合図に、一センチしか開かれていなかったドアをゆっくりと押して、一人の女の子が姿を現す。そして気づいた。


「か、かな……た。とまつ、かなた……です」


 たどたどしい口調で自己紹介する彼女――戸松彼方は、追憶の中の少女と瓜二つだった。

 だが、すぐに認識を改める。

 一つ、彼女にはおかしな点があった。


「日本人……だよね?」

「あう、……うぅ」


 彼女は頷いてみせる。その瞳は真紅に染まっていた。


「ち、ちが……、が……まって……」

「ちがまて?」


 何を言いたいのか分からない。

 慌てないで喋ってほしいが、瞳の色を指摘されて平静さを失っているようだ。瞬きを何度も繰り返し、唇を動かそうとしている。だがそれがプラスに働くことはなさそうだな。


「電気、点けなくていいの?」


 部屋の中は薄暗かった。

 しかしよく見れば彼女は寝巻き姿なので、寝ているところを起こしてしまったらしい。睡眠を妨害してまで挨拶するなんてタイミングが悪すぎるぞ。伊流院にぶっ飛ばされないようにするつもりだったが、その代わりに彼女の印象を悪くしては元も子もない。つまらないものでもいいから、やはり何か手土産を用意するべきだったが、今更悔やんだところで後の祭りだし、時間が戻るわけでもあるまい。せめて早々に話を切り上げて、彼女にぐっすりと安らかに眠ってもらおうじゃないか。


「いあ……、う、……いいい、いぃ」


 ドアを閉められた。が、すぐにまたドアを開いて顔を覗かせてくる。電気は点いていないが、今のはなんだったんだろうか。もしかして怖がられているのか。


「あら、あんたまだ廊下にいたの?」


 そこに再び、伊流院が姿を見せる。


「んなわけあるか。隣人と挨拶してるんだよ」

「あっそ。ところであんたお昼食べた? カナと一緒に今から食べに行くんだけど暇ならついてきてもいいわよ」

「んじゃ、ちょっと待っててくれ」


 一緒に食べに行く予定の彼女が寝巻き姿なのを見た上でその台詞を口にできるとは、いやはや随分と自己中心的な性格をしているものだ。と言いつつ相伴に預かる俺もちゃっかりしてるんだけど。


「用意できたらロビーに来なさい。カナもよ?」


 有無を言わさぬ伊流院に、戸松は素直に頷いた。二人の仲が少し気になったが、それは飯を食べる時にでも聞けばいいだろう。とりあえず言えるのは、伊流院が主人で彼女が下僕のような関係でないことを祈ることぐらいか。多少気まずい雰囲気を残したまま、俺は彼女に頭を下げて自分の部屋に戻ることにした。


 部屋に戻っても何もすることはないので、財布だけ持ってロビーへと向かう。カウンターの奥の管理人室から出てきた伊流院と目が合った。


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