幕が上がり、真っ暗な舞台の上に彼女の姿を認識する。
沢山の観客を前に、たった一人で立ち向かわなければならない彼女は、舞台袖に設置された巨大なスピーカーから音楽が流れ始めると、その存在感を惜しみなく見せ付けた。
――彼女はジャズダンサーだ。
両腕をしなやかに左右へと躍らせたかと思えば、何かを表現しようと指先にまで神経を尖らせて、命ある存在を吹きかける。それは一つの物語を創り上げた者だけが舞いを許される不思議な魔法だ。肉眼では捉えることができないはずなのに、舞台の上でステップを踏み、ターンするたびに、彼女が思い描く不確かな存在ながらも創造された世界が、瞳の中にゆっくりと刻み込まれていくのを肌で感じた。
天使の如く舞い踊り、悪魔のように囁きかける表情の変化が、ここにいる全ての観客を魅了するかのような雰囲気を身に纏わせて、舞台の上を華麗な舞い捌きで踊り続けていく。
床を蹴り、ターンを繰り返す。
ステップの一つ一つが軽やかで、音楽に合わせるように勢いを増していき、瞳の中に映し出される世界へと招待する。それは音楽が鳴り止むまでの短い時間ではあったが、とても心地よく、それでいて興奮と羨望を抱かせてくれた。
やがて、舞台の上で踊る彼女は足の動きを止めた。
それに伴い、音楽が止み、彼女によって創り出された物語は終焉を迎えることになった。
割れんばかりの拍手と大歓声がそこら中を包み込み、瞳の中の世界は暗転する。
舞台の真ん中に立っていた彼女は、暗闇に認識をずらし、姿を消した。
舞台裏から彼女が降りてくる。
ぼくの視線に気づいたのか、彼女は満面に笑みをたたえながら囁いた。
『……きみ、おどりたそうなかおをしてるね?』
その言葉を合図に、胸の鼓動が急激に高鳴り始めていく。
彼女のように踊ってみたい。彼女と一緒に舞台の上に立ってみたい。そして今すぐにでも認めてもらいたい。そう思わずにはいられなかった。
だから、決めた。
彼女と、同じ道を歩んでゆくことを――…