城門から魔王城に侵入したオレは、誰にも邪魔されることなく中へ中へとずんずん歩いていった。
やはり、魔王は全兵力を城門に集結したらしい。
だろうな……。
とそのとき、突如オレの身体がまばゆい光に包まれた。
「これは……」
慈愛の心に包まれたような安心感がある。三人の
おそらく次元を超えたその先――カリクトゥス王国の王の間で、リーサ、フィオナ、ユリーシャの三人が全力で祈りを捧げてくれているのだろう。
七聖帝を復活させたことで、ついさっきまで体力と精神力がエンプティ寸前だったのが、あっという間にフルチャージだ。
それどころか、攻撃力、防御力、回復力、その他諸々、様々な能力が倍増しているのを肌で感じる。
今のオレなら、ブーストなしで岩をも砕けそうだ。
「はっは、こいつは凄ぇや」
テンションアゲアゲになったオレは、笑いながら魔王の間への扉を開いた。
そして――。
やはりと言うべきか、王の間にいたのは魔王一人だけだった。
言うまでもなくわざとだろう。
誰にも邪魔されることなく、オレと話をしたかったのだ。
「お待たせ。……みっちゃん」
そう。玉座でオレを待っていたのは、いつもの眼鏡をかけ、黒いマントを羽織った親友――
だが、ずいぶんと疲れた顔をしている。
「どうしてそんなことになっているんだ? みっちゃん」
「うむ。シュバルツバーン城で下半身を削られた俺は上半身だけで異空間を漂っていたんだが、魂までもが消える直前、魔王・ゼクス=ハーケンが現れた。そして、勇者を倒すために異世界の知識が必要だと言って無理矢理俺を取り込んだんだ。残念ながら俺の方が精神力が強くて、逆に取り込んでやったがな。……いや、
「ガイエス=ヴァルディは、いじめっ子たちを踏みつぶすモンスターの名だよ。それを聞いてピンときた」
「そうか、覚えていたんだな……。うぅ……」
「大丈夫か、みっちゃん!」
「近寄るな! まだだ。まだ話は終わっていない」
久我は必死の形相で玉座のひじかけを力いっぱい握りしめた。
まるで、そうして踏ん張っていないと中から何かが飛び出すのを止められないとでも言わんばかりだ。
「どうしたら魔王と分離できる?」
「できない。元々俺の身体は半分しかない。仮に上手いこと分離できたとしても、上半身しかないからすぐ死ぬ。だから、今ここで、俺ごと魔王を倒せ! どっちみち俺たちは死人だ。死んでこの地——アストラーゼにきた。今まで生かしてもらっただけありがたいと思うしかない」
「そうか……。そうだ、みっちゃんに伝えたいことがあったんだ」
「何だ?」
久我が苦しそうな顔で俺を見る。
もう限界なのだろう。その顔にはすでに覚悟の表情が浮かんでいる。
「三人娘のお腹にそれぞれオレの子供がいる。どうやらオレは父親になるらしい。欲しくてたまらなかった家族を持てそうなんだ。ようやく愛を手に入れたよ。泣きたいくらい、嬉しいんだ」
「そうか! それはおめでとう。……良かったな、てっちゃん。なら安心だな。……もう俺は必要ないか?」
「あぁ、もう大丈夫だ。オレは……一人で立てる」
「くっ。うぅ……。駄目だ、もう抑えきれない……。じゃあな、てっちゃん。必ず勝てよ。勝利を……祈っている……」
「任せろ。必ずみっちゃんを解放してやるからな!!」
グググググググググ!!
オレの目の前で久我の身体がドンドン大きく、変化していく。
仁王像のような怒りの
黒光りする
身体の左右から生える六本の手にはそれぞれ形の違った剣や杖を持ち、それぞれの武器の表面には炎やら氷やら雷やらがてんこ盛りでほとばしっている。
いやいや、万が一あんなものが当たろうもんなら、武器の魔法効果云々の前に物理で一撃死するぜ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
どうでもいいけど、これ何だろうね。覇気? 闘気? なんかよく分かんないんだけど、オレを圧倒する気がビリビリ伝わってくるぞ?
勇者でなかったら、即座にきびすを返して逃げ出すレベルだ。
変身が終わり、最終的に身長が十メートルを超えた魔王が、遥か上空から憎々し気にオレを見下ろした。
魔王にとってオレは上位存在への道を
だからその目つき、怖いって。下手したら、目からビームだしそうじゃん。
「いや、こりゃ凄いな。これを倒せって? 無茶を言ってくれるぜ」
魔王ゼクス=ハーケンは、見た感じ、完全に身体のコントロールを取り戻せたようだ。
そんな状況で、久我の精神は残っているんだろうか。消滅にはまだ時間がかかるはずだが……。
いやいや、落ち着け、オレ。久我の心配は後だ。まずは魔王戦に集中しろ!
オレは、精神を統一しつつ剣を構えた。
どうあっても勝たなきゃならない。でないと、異世界アストラーゼの人類は滅亡しちまうんだからな。
「さぁて、正真正銘、最後の戦いだ。行くぜ、シルバーファング。出でよ、第五の牙、
そして、オレは光と化した。
◇◆◇◆◇
「でい!」
「いてえっ!」
オレは久我が乗ろうとした椅子を直前で蹴っ飛ばした。
足場を失った久我が床に転がる。
「な、何だ何だ? め、眼鏡は? 眼鏡はどこいった? ……あ、あった。よしっと……。うわぁぁぁぁあああ!! 藤ヶ谷ぁ??」
「ケホ、ケホ。よぅ、みっちゃん。ここがみっちゃんの部屋か。ずいぶんと広い部屋だな。家賃幾らだよ。あぁあぁ、広くて豪華そうな部屋なんだから掃除くらいしろよ。埃だらけじゃねぇか」
オレはそこら辺に転がっているゴミの入ったビニール袋を一か所にまとめ始めた。
にしても多い。台所の一角があっという間にゴミ袋で山となる。どれだけ溜め込んでいたんだか呆れ返るばかりだ。
久我が呆然とした顔でオレを見る。
ま、そりゃそうだ。今まさに首を吊って死のうとした直前にそれを邪魔されたのだからな。
「ここは持ち家だ。マンションだけど」
「あ、霞が関勤務だっけ? そりゃ金持ちなはずだ。はー、億ションってこんな内装なのか。初めて見たよ。凄いな」
床に転がったまま、久我が信じられないといった表情でオレを見る。
とそこで、何かを思い出したらしく、その目に光が灯る。
久我が両手で頭を押さえて、記憶を探る。
「待て待て待て待て、ちょっと待て。何だこの記憶。え? 異世界アストラーゼ? 待て待て、魔王はどうした? 何で藤ヶ谷がここにいる? あれからどうなったんだ?」
「落ち着け、落ち着け。魔王は無事倒したよ。全身ボロボロでひでぇ目にあったけどな。いやー、ホントよく生きて帰ってこれたもんだ。凄ぇや、オレ。そんで、報酬をみっちゃんの命を救うことに使ったところだ。な、メロディちゃん」
『うむ。久我よ、お茶、勝手にいただいておるぞ』
驚いて立ち上がった久我の視線の先には、ペットボトルのお茶を飲みつつ久我に向かってひらひらと手を振る女神メロディアースがいた。
ところがこの女神のだらしないこと。
居間のソファにグデっと寝そべり、ペットボトルのお茶を飲みつつポテチをつまんで、テレビを見ていやがる。
お笑いでもやっているようで、ゲラゲラ笑っている。
おいおい、女神だからって勝手に
「メロディアースさま!? 何で! まさかお前……。馬鹿野郎! 何で願いを俺に使った、藤ヶ谷!」
久我がそこら中に転がったゴミを乗り越えて、つんのめりつつオレの
髪はボサボサ、ヒゲもボウボウ。ただでさえひどい有様なのに、泣いていやがる。
オレは優しくその手を包み込むと、そっと久我の手を外した。
「親友を生き返らせたかったから。ま、生きてりゃ色々あるさ。だが、オレに生き返らせてもらったと思えば、これから先、何があっても死ぬのは申し訳ないと自殺を思い止まれるだろうさ」
「藤ヶ谷……。だけどお前は?」
「オレには向こうに家族がいる。言ったろ? 愛を手に入れたって。オレは死ぬんじゃない。向こうで生きるんだ。家族と共にな。それはとても幸せなことだ。だろ?」
「そうか。そうだったな。愛を見つけられたんだったな」
「そうさ。だから帰るんだ。さ、メロディちゃん。転送を頼む。じゃあな、みっちゃん。二度と会うことはないだろうが、達者でな」
「元気で。てっちゃん……」
そうしてオレはガン泣きする久我を残して、現世を後にしたのだった。