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第26話 共闘

 翌朝早く、出航を前に、オレはマグに入った紅茶を飲みながらブリッツ号の舳先へさきに立っていた。


 ユリーシャがまるで秘書か奥さんのごとく、まめまめとオレに付き従う。

 特にそんなのを望んじゃいないのだが、そうやってお世話をしてくれると諸々助かるのも確かなので、オレはちょうど飲み終わった紅茶のマグをユリーシャに渡した。


 ユリーシャは必要とされていることが嬉しいのか、ニコニコしながら自分の分の飲み終えたマグと一緒に、船内調理場まで片づけに行った。


 なぜだか後ろ姿が妙にガニ股で、アヒルのようにヒョコヒョコ歩いている。

 とそこへ、この女海賊団のボス、アデリナ=バルヒェットがニヤニヤしながらやってきた。


「昨夜はお楽しみだったようだね、テツ」

「声を抑えさせたつもりだったが聞こえていたか。すまん」


 オレはアデリナに素直に謝った。

 共闘すると決めた以上、余計なことで相手の機嫌を損ねたくない。

 そんなオレの心情を察してか、アデリナがちょっと肩をすくめる。


「ずいぶんと甲斐甲斐しいこった。初めての相手に身も心も捧げる。あの子もあんたに気に入られたくて必死なんだろ」

「なんで分かる」

「あの歩きを見てたら一目瞭然いちもくりょうぜんだろ。あんたに初物食はつものぐいの趣味があるとは知らなかったが、一途な子っぽいから変に粘着されないようにだけ気をつけな」

「別に初めての子がいいわけじゃない。たまたまだ」

「そうかい。なら、もし時間があったらあたいのお相手も頼むよ。楽しませてあげるからさ」


 言うが早いか、アデリナは白シャツの前をパっとはだけた。

 ボタンを留めていなかったようで、たわわな双球がオレの目の前でたゆんと揺れた。


「おっほ!」


 凄ぇ……。褐色の肌にドレッドヘアのエキゾチック美人なだけあって、洋物動画の女優のような、圧巻のエロさがある。

 オレが見事に食いついて自尊心が大いに満たされたからか、アデリナが舌で濡れ光る唇をねっとりと舐める。

 こりゃ朝から暴発しそうだ。ちょっと意識を逸らさないと。


 とそこで、船が微かに揺れた。

 出航したのだ。作戦開始まであと一時間もない。気合い入れて行かないとな。


「んじゃ、作戦開始前におさらいと行こう。昨夜の話、覚えているかい?」

「大丈夫。任せてくれよ!」


 オレはアデリアに向かって安心しろとばかりに胸を叩いてみせた。


 ◇◆◇◆◇ 


 オレは、昨夜アデリナから聞いた話を思い出していた。


 アデリナ海賊団はこのグリンゴ諸島近辺の海域を活動拠点としている。

 どんな理由があろうと海賊行為を肯定することはできないが、それを取り締まるのは近隣諸国の沿岸警備隊の仕事だ。オレじゃない。

 ともあれ、彼女たちは近海を通る商船などを襲って物資の一部を奪い、南西にある自由都市エーディスで盗品を売りさばく。そのついでに食材その他、物資の補給をする。

 それがルーチンとなっていた。


 ところが、ここ一か月ほど前から、アルマイト島に魔族に率いられた魔物が続々と集結し始めたらしい。

 当然、この秘密の地下水路にも魔物は現れるのだが、なぜか奴らはアルマイト島の辺りから出張してこない。地下水路を進めばアデリナたちがいるのにだ。


「この水路を通って外に出ようとすると魔物が襲ってくる。戻れば追ってこない。まるでテリトリーであるアルマイト島に入らなければお前らに興味はないと言わんばかりだが、お陰であたしたちは地底湖から出られなくなっちまった」

「残りの食料は?」

「もう底を尽きかけている。そろそろ行動を起こさないとヤバい」


 オレは考えた。

 魔族がこの時期にグリンゴ諸島に大挙して押し寄せる理由なんて簡単だ。

 勇者――つまりオレの抹殺だ。

 だって勇者は必ず、女神像と接触するべくアルマイト島にやってくるもんな。


 つまりここを仕切る魔族は、アデリナたちと戦うことで自分たちの戦力を少しでも減らすことを嫌がっているんだ。


「なるほど。あんたはこの水路を通って海に出たい。オレが魔物の相手をしていれば、スルーしてもらえるからな。……スルーするかな?」

「襲ってくるとは思うけど、大半がテツの迎撃に行くだろう。そうすりゃ船だけでもアルマイトエリアを突破できる。とはいえ、あたいたちもここで魔物を掃討できないとこの秘密の隠れ家を今後安心して利用できなくなるから、船に残る組もあんたに同行する組も必死さね」


 海賊団としては副官のエルザを船の守りとして残し、アデリナと何人かの専業海賊たちがオレに同行してくれる算段になっている。

 と言っても、オレが先陣切って突っ走った後にアデリナたちが残敵処理しながら追いかける形なのだが、まぁその方がオレも気楽でいい。

 誰かを守りながら戦うなんて難しいこと、オレにできるとは思えないもんな。


「戻ったよ、センセ」

「おう。ご苦労さん」


 戻ってきたユリーシャがオレに寄り添う。

 はっきり言って今のユリーシャでは戦力にならない。僧侶ってのは元々パーティの回復がメインのお仕事なんだろうけど、攻撃系が一切使えないってのも困りものだ。

 でも、アデリナたちの傍にいれば、補助くらいはできるだろう。 


 本当は船に残るエルザに任せたいんだが、ユリーシャはそれをヨシとはしないだろうし、だったらアデリナに見てもらってたほうがマシだ。

 何かあったときはすぐ駆けつけられるからな。


 そうこうしている内に、魔物の気配が濃くなってきた。

 アルマイト島のエリアに入ったのだろう。

 昨日襲って来たガーゴイルが雲霞うんかのごとく押し寄せてくるのが遠目でも分かる。

 どれだけ用意したんだか。


「来たよ、テツ! もの凄い数だ!」

「船長! 下からも来てる! これ、登って来るよ!!」


 オレとアデリナが慌てて舷縁ふなべりから水面を覗き込むと、いつの間にか船に取りついた何かが外板にへばりついて登ってこようとしている。


「河童? ……いや、半魚人サハギンか? 乾舷かんげんは五メートルってとこか。このままじゃ、あっという間に乗り込まれるな。よし。アデリナ、ユリーシャのこと頼んだぞ。先に行く!」

「おい、テツ! あんた何をしようとしてるんだい!!」


 オレは胸元からぶら下がるガイコツを握った。


「コっくん。地上への出口を案内してくれ。それと、ヘイトの引きつけ、あれ頼む」


 心得たとばかりにガイコツの赤い目が光り始める。

 次の瞬間。


「ギャアァァァァァァァァァァァアア!!!!」


 寝てたら飛び起きるってくらい、不吉で大きな断末魔の叫び声が洞窟中に轟いた。

 いやホント、『聞こえた』どころじゃねぇ。『轟いた』だ。

 オレは思わず苦笑する。


 おぅおぅ、今日もいい声で啼くねぇ、コっくん。だがこれでこの近辺にいる魔物は全部オレに向かって来るはずだ。よしよし。


「な、何だい、この大声は!!」


 急に響いた不吉な悲鳴に、アデリナを始め甲板にいた海賊たちが慌てて両手で耳を押さえながらオレを見た。


「行っくぞぉぉぉ! 韋駄天足いだてんそく!!」


 アデリナたちの反応が何だか面白くて、オレは笑いながら甲板から岸壁に向かって超特大ジャンプをした。

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