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第24話 海賊の隠れ家

 森の中、道なき道を走っていると、上空を魔物の大群が飛んでいるのに気がついた。

 十匹はいるだろうか。

 同時に向こうもオレに気づいたようで、一気に高度を落としてくる。


 やっべぇ、見つかった! 


 身体は小さめで身長百三十センチほど。背中から生えたコウモリのような羽根。牛のような長い尾。顔は怒れる猿のようであり、だが頭からは一対の短く曲がったツノが生え、その目は赤く、口からは大きな牙が覗く。

 見るからに悪魔といった、邪悪を体現したような姿がみるみる近づいてくる。

 だが、よく見ると全体的に灰色で、なんとなく彫像じみているような……。


「これ何だ? まさかガーゴイルか? 魔物の相手をしている余裕なんかないってのに!」 


 ガーゴイルがその手から鋭い爪を出しつつ一斉に襲いかかってきた。


 ズザザァァァァァァァアアアア!!!!


「がぁぁ!! 痛ぇぇぇ! ちっくしょう!」


 右の二の腕が深々と切り裂かれ、血肉が飛び散る。

 魔物の爪が清潔なわけがない。雑菌ウヨウヨの爪で切りつけやがって! 

 ガーゴイルは走るオレの背中に次々と鋭い爪を立てた。


「くっそぉぉ!! 痛いって言ってんだろうが!!」


 撒くことは不可能と考えたオレは、仕方ないのでこの場で迎撃することにした。

 その場で立ち止まったオレは腰から大剣を抜くと、滑空しつつ近づいてくるガーゴイルに向かって、すれ違いざまに剣を振るう。


「だりゃぁぁぁああ!!」

「グゲアャァァアア!」


 袈裟斬りにされたガーゴイルが草むらに突っ込むも、まだ生きている。

 浅かったというより、元が彫像だけあって皮膚が異様に固いのだ。

 オレは続いて襲ってきたガーゴイルの爪を地面を転がりながら避けると、起き上がりざまにまた斬りつけた。


「ギィィィィィィィィィ!」


 ガーゴイルは傷を負って地面にゴロゴロと転がるも、すぐ起き上がってオレに向かって牙を剥く。威嚇のつもりなのだろう。まだまだ闘志を失っていない。


 空から続々と襲ってくるガーゴイルを剣で迎撃するも、魔物のくせにヒットアンドアウェイを心がけているらしくすぐ剣の届かない高空に逃げてしまうので、戦闘も遅々として進まない。

 くっそ、時間がないんだってのに!


 どうやら通常モードのオレではコイツらに深手を負わすことができないようだ。

 このままじゃ時間だけ食っちまう。

 海賊たちと一戦交える前にあまり疲労したくなかったが仕方ない。


「ブーストモード! 行くぜ!!」


 オレは襲ってくるガーゴイルに向かってひと声叫ぶと、精神を集中させた。

 身体の中の血がとんでもない勢いで流れだすのを感じる。 


「吠えろ、シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣ひきさくつるぎ!! だりゃぁぁぁぁああ!!」


 オレは出し惜しみをするのをやめ、ブーストモードに入ると同時に蛇腹剣を出した。


 ガーゴイルが飛び回る空を、ブーストモードの蛇腹剣が縦横無尽に駆け抜ける。

 さすがにこのモードになると攻撃力が倍増する。


 剣は一瞬でガーゴイルの首を刎ね、羽根を切り裂き、胴を両断した。

 死のあぎとと化した蛇腹剣から逃れようと逃げだす敵もいたが、そこはそれ。聖剣シルバーファングは物理法則を曲げてホーミングし、一匹残らず撃墜した。 

 相変わらずえげつねぇ技だぜ。


「だけど、何で魔物がこんなところにいるんだ?」


 オレはガーゴイルを全匹始末できたことを確認すると、再び、さらわれたユリーシャを追って走りだした。


 ◇◆◇◆◇ 


「うぉっとぉぉ! ……何だこりゃ?」


 ガイコツ人形に誘導されるがままに森の中を走っていたオレの目の前にいきなり洞窟が現れた。

 入り口だって特に隠されていたわけでもない。

 普通に崖に開いた穴だ。

 まぁこんな島、誰も近づかないから隠す必要自体なかったんだろうけどさ。


 洞窟はあまり高さがなく、身長が百八十センチあるオレだと少し腰を屈めて歩かなくてはならなかった。

 でもお約束ってやつで、こういうときって必ず目測を誤るんだよ。

 案の定、オレは天井の尖った岩に頭をぶつけて悶絶するはめになった。


「痛っ! くぉぉぉぉぉぉ!! たんこぶぅぅぅぅ!!!!!」


 頭を両手で優しく押さえつつ、涙目になりながら進んだのだが、ほんの二十メートルほど進んだあたりでいきなり問題が解決した。

 更なる広い洞窟に繋がったのだ。


 オレは頭の痛さを忘れ、思わず息を飲んだ。

 岩場の先に見えるのは、巨大な地底湖だった。

 湖は向こう岸が見えないほど広く、そこに全長四十メートル級の海賊船が一隻浮かんでいる。


 桟橋さんばしに立つ二人の歩哨ほしょうの横では盛大に篝火かがりびが焚かれ、船の内部にもあちこちにあかりがともっている。

 漏れ出てくる光や声から、海賊船の中にはまだまだ結構な人数の人がいることが分かる。


「……あれ?」


 油断なく観察していたオレは、さっきから妙な違和感を感じていた。

 うーん、いやまさか……。ひょっとしてあの歩哨、女なんじゃないか?


 白シャツにパイレーツパンツと格好こそ男の海賊だが、その長い髪や柔らかい顔を見る限り、どう見ても二人とも女性だ。


「ありゃ。やっぱり二人とも女性だ。どうなってやがるんだ?」

「答えは簡単。あたいたちが女海賊団だからだな」


 不意に真後ろから声が聞こえた。

 振り返る間もなく背中にサーベルが突きつけられる。 


「はい、手を上げて? あぁいいよ、剣はいたままで。どうせあんたがそれを抜くよりこのままあたいがサーベルで心臓を一突ひとつきする方が早い」


 オレは黙って両手を上げた。

 参った。この女、相当な手練れだ。全然気配に気づけなかった。


 確かにこの女の言うとおり、この状況からならサーベルの方が圧倒的に早い。

 別に心臓を刺されたって死ぬことはないが、そうしたらオレの手品の種――超回復スーパーヒールを目の前で見られることになる。

 この女なら攻略法をすぐ理解するはずだ。

 そうしてオレが激痛で動けない内に確実に首をねにくる。


「しっかしおかしいねぇ。矢が刺さった位置はどう見ても心臓の辺りだったんだ。仮に運良く死ななかったとしても大怪我をして動けなくなっているはずさ。なのにこんな短時間でこの秘密の洞窟に元気に乗り込んできた。こっちこそ『どうなってる』だよ」


 陽気な口調だが、油断なく観察されていると背中越しでも分かる。

 どうやら喋っているのは一人だが、気配は複数いるようだ。

 こうなってはお手上げだ。

 オレは素直に女海賊にお願いすることにした。


「なぁ、女海賊さん。信じてくれるかは分からんが、あんたらがここで何をしていようがオレには全く興味がない。手近な町の保安官事務所にタレこむつもりもない。だから頼む。連れを返してくれないかな」


 しばらく沈黙が続き、こちらから再度何か言おうと思った瞬間、女海賊から声がかかった。


「……いいだろう。ゆっくりこっちを向きな。おい、女を連れてこい」

「へい」


 振り返ったオレの前にいたのは、後ろに三人の手下を引き連れた、褐色かっしょくの肌をしたエキゾチック美人の海賊だった。

 焦げ茶色の三角帽子トリコーンの下から、カカオブラウンのドレッドヘアが覗く。

 オレと同じ三十路みそじくらいに見える。

 意外と人懐こそうな顔立ちをしているが、いきなりオレを矢で射たことを考えると油断は禁物だろう。


 だが同時に少しだけ安心した。

 女だけの海賊団ならユリーシャに性的乱暴を加えることもなさそうだし、ともかくもこの女海賊には、話を聞こうという意思がある。


「センセ!!」

「ユリーシャ! 無事だったか!」


 オレはさほど待つことなくユリーシャと再会する事ができた。

 どうやらすぐそこの地底湖に浮かぶ海賊船の中に閉じ込められていたらしい。

 オレとユリーシャの様子を見ていたボスが再び口を開く。


「先生? あんた医者か? 教師か? 名前は? 何でこんな所にいる」

「オレは藤ヶ谷徹平ふじがやてっぺい。女神メロディアースによって異世界からこの地につかわされた勇者だ。ユリーシャがオレのことを先生と呼ぶのは、元の世界で教職に就いていたからで、オレがここにいるのは女神からの指示だ。で? あんたの名前は?」

「参ったね。勇者さまときたか……」


 ボスがちょっとだけ困惑顔になり、周りの手下たちと目を合わせる。


「あたいはアデリナ=バルヒェット。この辺りの海域を根城ねじろにしているアデリナ海賊団の首領ボスさ。そのオーラ、どうやら異世界人だというのは本当のようだね。あたいたちの隠れ家を躍起やっきになって探している同業者かと思ったよ。それが勇者さまとは。エルザ、その子を離してやりな」


 ユリーシャを捕まえていた大柄な女海賊がボスの指示にうなずくと、ユリーシャを離した。

 途端にユリーシャがオレに駆け寄り、ギュっと抱きつく。

 捕まっている間に散々泣いたらしく目が赤い。

 オレは優しくユリーシャの頭を撫でてやった。


「センセ、無事で良かった!」

「お前もな、ユリーシャ。怪我はしていないか?」

「うん、大丈夫。閉じ込められていただけだから」


 ユリーシャの無事を確認できたオレは、再び海賊団のボス――アデリナと向き合った。

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