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第21話 密航者

 まぁそれはそれとしてだ。


 行程に対して燃料の減りが早い原因がこれで判明した。

 あくまでユリーシャ=アンダルシアという女性僧侶が密航していたからであって、何か航行システムの重大な故障という最悪な事態が発生したわけではなかった。

 再計算で燃料差異もピッタリ合ったから間違いないだろう。

 それはヨシ。

 ではどうするか。


 このままだと燃料不足で引き返すことになるが、それは日数のロスになるからできれば避けたい。

 とはいえ、このまま進めばグリンゴ諸島からの復路で船が立ち往生してしまう。


 オレはいいけど、ロベルトが海の藻屑もくずになっちまう。気のいいオッサンだし、それはちょっとなぁ……。


「ユリーシャ、何で密航なんてしたんだ」


 オレとロベルトは客室の床にユリーシャを正座させ、問い詰めた。

 それに対し、ユリーシャがニハハと笑って答える。


「ユリち修行僧だから、魔物を倒すなり托鉢たくはつをするなりして道中何らかの手段でお金を手に入れつつ、本部のあるワークレイを目指さなきゃいけないんだけど、これが魔物退治の才能が全くなくってさぁ。あっという間にお財布がスッカラカンになっちゃったのよ」

「それで聖職者が食い逃げに密航か? 呆れたな。苦手を放置したらしただけ後々自分を苦しめる結果になるんだぞ? キッチリ向き合って克服しなくちゃ!」


 ユリーシャが正座をしたまま、ビックリ顔でオレを見上げた。


「わお、おっどろいた。アンタ、先生みたいだよ?」

「そうだよ。こう見えてオレは先生なんだ」


 何で異世界に来てまで若者に説教しなくちゃいけないんだ。


 思わずため息を漏らすオレを他所よそに、船長のロベルトがムスっとした表情のままユリーシャの首根っこを捕まえて甲板に出ようとしている。

 オレは慌てて止めた。


「ちょ、おいロベルト、何してんだよ!」

「決まっている。密航者は見つけ次第海に叩き込む。それは商船だろうが海賊船だろうが旅客船だろうが一緒の海の掟だ。邪魔をしないでくれ」

「待った待った待った! コイツを海に放り込んだとしても事態は変わらないだろう? オレがその分の運賃を支払うから、そんな夢見ゆめみが悪いことはやめてくれ!」

「悪いがテッペイ。海に生きる者には海に生きる者なりの掟があって……」

「異世界人たるオレにはそんなの関係ない! 半分だけとはいえオレの故郷の血を引いている子をみすみす海の藻屑もくずにするわけにはいかないんだよ。頼む!」


 オレの頭を下げての真摯しんし懇願こんがんに困惑の表情を浮かべたロベルトは、しばし逡巡しゅんじゅんした末、ユリーシャの首根っこを持つ手を離した。

 オレとユリーシャ、ロベルトの三人が揃って大きな安堵のため息をつく。


 どうやらロベルトも、振り上げた拳の収めどころが見つからなくて困っていたようだ。

 そりゃそうだ。昨夜一緒に酒を飲みながら孫の話をたんまり聞かされたからな。

 まさに孫世代の女の子を海に叩き込むなんて、そりゃあしたくないだろうぜ。


「だがテッペイ。現実問題としてどうする? その子の運賃をもらったところで、解決策が見つからなければ引き返すという結論は変わらんぞ?」

「それなんだが……」


 オレはロベルトにも見えるよう、持っていた海図を開いた。


「グリンゴ諸島を越えて更に西に進んだところにある、バーベラス港を目指すというのはどうだろう」

「バーベラス?」


 ロベルトとユリーシャが海図を覗き込むも、ユリーシャは訳のわからぬといった表情のままだ。


「つまりこうだ。ロベルト、あんたは予定通りグリンゴ諸島でオレを降ろした後、そのまま更に一日掛けて西のバーベラス港に行く。ここでユリーシャを降ろした後、船の燃料補給をし、ダンテールに帰る。あるいはこっちの自由都市エーディスでもいい。もちろん、ユリーシャの分の運賃も追加の燃料費もすべてオレ待ちだ。どうだい?」


 ウンウンとうなずいたロベルトが海図に何やら数字を書き込んでいく。計算式だ。

 しばらくそうやって計算していたが、やがて大きく安堵のため息をつきながら言った。


「何とかいけそうだ。その線でいこう」


 オレとユリーシャも同時に安堵する。


「商談成立だ。んじゃついでだから、ここで追加分も含めて後金を支払っちまおう。そら」


 オレは懐にしまっておいた革袋をそっくりそのままロベルトに渡した。


 実は先日のヴェルクドールの市街戦。

 あの時、敵の軍勢のトップが魔族だっただけあって、魔物をワンサカ引き連れていたんだよ。

 お陰で戦闘終了後、町中に魔核デモンズコアが大量に落ちててさ。


 そこでオレは、魔族を倒したのはオレだからこの魔核はオレの総取りだって、騎士団に対して半ば強引に権利を主張したんだ。


 そしたら騎士団もお偉いのが軒並み死んじまってトップが小隊長なんて下っ端だったし、下手に異論をとなえて勇者さまにヘソを曲げられても困ると思ったようで、その主張が通っちゃってさ。


 これを途中の町で換金したら結構な金額になって、オレは一気に小金持ちさ。

 ま、今回ロベルトに支払った報酬で、そのほとんどが消えちまったがな。


 さすがに大金だったからか、中身を確認したロベルトが満面の笑みでオレに握手を求めてきた。

 ちっ、商売人め。


「助かったよ、テッペイ」

「そいつは良かった。んじゃ、あと一日よろしく頼むぜ、ロベルト」

「まかせておけ!」


 こうしてオレとロベルトは旅の無事を祈りつつ、固い握手を交わしたのだった。 

 そしてその夜――。


 ◇◆◇◆◇


 この辺りは異世界アストラーゼでも比較的温かい地方のようで、野宿をしていても冷えて風邪を引くということはない。


 オレは昨夜、ロベルトとしこたま酒を飲み交わして身体がポカポカだったこともあって、甲板に大の字になって寝たのだ。

 いやー。星空のまぁ綺麗なこと綺麗なこと。


 それもあって、オレは今夜も甲板に自前のマントを敷布団代わりに、船に備えつけの毛布を布団代わりにかぶって寝ていたのだ。

 そんな時だ。


 ふと誰かの気配を感じて上半身だけ起こすと、そこになんと例の制服ギャルのよそおいで、モジモジしながらユリーシャが立っていた。

 何だ?

 仕方ないから、声をかけることにする。


「どした? 波に酔っちまったか? 無理矢理にでも寝ておかないと、明日にさわるぞ?」


 体感ではあるが、もう日づけを越えている。

 いくら夜更かしが若者の特権とはいえ、昼夜逆転とか昼間眠そうにしているのは、あまり身体によろしくない。


「ユリーシャ?」

「……一緒に寝ていい?」

「子供じゃないんだから……」


 すげなく拒否しようとして、途中でオレはユリーシャの表情に妙な予感を感じた。

 そうだ。この顔、学校で散々見てきた。

 何か悩み事を抱えて圧し潰されそうになっている子供たちだ。

 オレはそっとため息をつくと、毛布をめくった。


「いいぜ。おいで」

「ありがと。えへへ」


 ユリーシャが嬉しそうにモソモソと毛布に入ってくる。


 結局オレは、異世界にきても教師根性が抜けないんだな。ごうが深いぜ。

 空を見ると、そこには満点の星空が輝いていた――。

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