「ゲゲっ! ゲゲゲっ!」
ゴブリンどもがオレたちに向かって
とそこで、百匹以上いようかという大量のゴブリンどもの列を割って、
通常のゴブリンが大きくても身長百五十センチ程度なのに対し、コイツはオレと同じ百八十センチはありやがる。
体型は見事な逆三角形だし、腕なんか上腕二頭筋がくっきり浮き出てて、オレのより遥かに太いときてる。
シックスパックの腹の下に獣の革と
禿げた頭に入った
攻撃は防御を兼ねるとでも言いたいのか、鈍く光る鉄製の片手斧を、左右それぞれの手に一本ずつ持っている。
持ち手に巻かれたなめし革の表面が若干テラっているところを見る限り、完全に普段使いしている品だと分かる。もう使い込まれている。どう見ても手の延長だ。
「ホブゴブリンだ。手強いぞ」
「あぁ、これが。なるほどなるほど」
オレは震えながらも解説してくれるステラの声にうなずいた。
後ろに控えた少女騎士団も、ステラ姫同様、ゴブリンどもの迫力に圧倒されながらも剣を構える。
おぉ、立派立派。だが多分、出番はないと思うよ?
「グゲゲっ! ゲゲゲェェ!!!!」
ホブゴブリンの号令一下、一斉にゴブリンどもが向かってきた。
斧を構えて走ってくる者。吹き矢を構える者。色々いるがこれだけの数ともなると苦戦は必至だ。
そんなものいちいち相手なんかしていられないだろ?
だからオレは――。
「切り裂け、シルバーファング! 第一の牙、
オレは射程距離に入られる前に、ゴブリンどもを蛇腹剣で一気に薙ぎ払った。
広間は広いから広間っていうんだよ。お蔭で蛇腹剣を悠々と振り回せるってもんだ。
秒で下っ端ゴブリンどもを全滅させたオレは、剣を通常モードに戻すと間髪入れず、ホブゴブリンに斬りかかった。
ガキィィィィィンン!! カキャァァァァアアンン!!
怒りの表情で片手斧を振るうホブゴブリンとオレの剣とが何度となく激突し、その度に火花が散る。
さすが群れを率いるリーダーだけあって強い。
経験値の差か、オレもヤツの攻撃を頑張って避けていたが、ホブゴブリンの攻撃が徐々にオレに肉薄してくる。
片手斧が目の前で風を切る音がまたリアルに恐ろしい。
通常モードじゃまだまだ弱いオレでは、この辺りが限界らしい。
オレは何度目かの打ち合いの末にトンボを切って距離を取ると、
「
「ゲ!? ゲゲっ!!」
一撃目、二撃目と更にギアを上げた韋駄天足で敵を斬りつけつつ周囲を激しく行き交って残像を残したオレは、三撃目で、オレの姿を追い切れず戸惑うホブゴブリンの胴体を真っ二つにした。
途端に少女たちの歓声が沸く。
オレは感激の目でオレを見つめるステラ姫に向かってウィンクをしてみせた。
◇◆◇◆◇
巣の中をくまなく探索した結果、オレたちは犠牲者の遺体を何体か見つけた。
巣の入り口前で火を焚いたので、いずれ捜索隊がそれを発見し、やってくるだろう。
遺体の回収は彼らの仕事だ。
騎士団の少女たちには、再度、巣の中の探索作業に入ってもらった。
ゴブリンはあらかた倒したはずだが、まだ隠れているのもいるかもしれない。
少女とはいえ騎士の訓練はキチンと受けているはずだし、必ず
さすがに疲れたので、オレはステラ姫さまと入り口で火の番だ。
ステラの装備した銀色の鎧に、焚き火の揺れる炎が映る。
「あの……冒険者さま。先ほどの技は何です?」
「技?」
「えぇ。剣が伸びたり残像を残したり。人間技とは思えない。といって魔法でもないようですし」
ステラがおずおずと尋ねてくる。
まぁそりゃそうか。城の騎士に先んじて冒険者が単身助けにきたと思ったらゴブリンの群れをたった一人で全滅させちまったんだからな。そりゃ不審に思うわな。
「あれは女神の秘力って奴だ。一応これでも勇者やってるんでな」
「女神の秘力? 勇者ですって!?」
ステラが両手で口を抑えて反射的に立ちあがった。
ありゃ? 怖がらせちまったか?
「凄い! 大神官さまが勇者降臨を予言されたとは聞いていたけれど、よもやこんな所で会えるなんて。本当に勇者さまが現れたんだ……」
「あれ? カルナックスの大神官の予言を知ってるの?」
「それはもちろん。我が国の大神官さまですから」
「……え? ここまだカルナックス国内なの? 広いな、カルナックス」
ヴェルクドールから百キロ単位で結構走ったつもりだったが、まだカルナックスから出られていなかったらしい。参ったな。
「カルナックス国フヴァーラ伯領内です。さすがに勇者さまはいらしたばかりだけあって、その辺りの事情はまだご存じないんですのね」
ステラがクスっと笑う。
元々が美人なので疲れ顔でも美しい。
「姫さまぁぁぁあ! 姫さまはおられるかぁぁぁあああ!」
遠くから騎士たちの声が聞こえてきた。
どうやら焚き火に気づいてこちらに近づいてきているようだ。
「騎士たちもようやくこちらを見つけられたようだな。もう安心だ。んじゃ、オレはお
オレが立ち上がると、ステラも慌てて立ち上がった。
「ど、どこへ行かれるおつもりですか!? このまま城に来ていただけませんか、勇者さま。どうかお礼をさせて下さい!」
「悪いが先を急ぐ旅でね。なにせ魔王が待ってるから」
オレは笑って返した。
ステラはしばし
止められないと悟ったのだろう。
「せめて、お名前を伺ってもよろしいですか? 勇者さま」
「徹平。
オレは騎士たちに見つからぬルートを取って、森の中を韋駄天足で駆けだした。
ラフタの町で一泊としたかったが仕方ない。
町にいたらステラがやっぱりお礼をしたいとか言って探し出そうとしないとも限らないし、ヴェルクドールからフィオナが追いかけてくる可能性だってある。
残念ながら今日のところは荷物を回収したら先に進んで、どこかで野宿をすることとしよう。
まるで逃避行だな。悪いことはしていないのに。
……いやいやいや。まぁまぁまぁ。
それにしても美人だった。
とはいえ、なにせ伯爵令嬢だから、万が一手を出そうものなら後でとんでもなく面倒臭いことになって返ってきそうだし。
いやー、もったいなかった。
そんなわけで、オレは逃がした魚のことを思いつつ、満点の星空のもと走った。
星が降ってきそうなほど綺麗な夜空だった。