ヴェルクドールを出て半日。
夜になって入ったラフタの町では、上を下への大騒ぎが起きていた。
銀色の鎧兜の集団が、ガッシャガッシャと鎧を鳴らしながら、ランタン片手に引っ切りなしに行ったり来たりしている。
一瞬ドキっとしたが、鎧兜についた紋章はカルナックスの物ではない。
平静を装いつつ晩飯と酒にありつくべく酒場に入ったオレは、酒場の客たちまでもが酒を片手に、ああでもないこうでもないと言い合っているのを見てビックリした。
「なぁ、何かあったのかい?」
すぐ後ろで飲んでいた二人組の中年オヤジたちに尋ねてみると、誰かに話したかったものか、勢い込んで教えてくれた。
「あんた、旅人かい? ならここに来る途中、丘の上に城が見えただろ。ここはフヴァーラ伯爵家が治める土地なんだが、そこのお
「お姫さま? 誘拐か?」
オレは店員に言って、オヤジたちに麦酒を一杯ずつ差し入れた。
情報はどんなものでも大切だからな。
「おぉ、スマンね、旅人さん。だがどうやらそっちの線じゃないらしいんだ。ゴブリン
「そうそう。実はゴブリンがここの裏山のどこかに
「それが姫さまの耳に入ったんだよ。うちの姫さま――ステラ=フヴァーラさまは美人で才媛、しかも剣の腕まで立って、自ら『
「お転婆姫が山に小鬼退治に入って行方不明か。なるほど。情報ありがとな、二人とも」
「おうよ」
オレはちょうど運ばれてきたシチューにかぶりつきながら考えた。
オレの知っているファンタジーの知識通りならば、ゴブリンっていやぁ緑色の小さな鬼で、集団で獲物を襲う残忍で女好きな魔物だ。
昼ごろ山に入ったとして、接敵したのは何時だ? そこから何時間経ってる? 女の子がゴブリンの巣に入って無事に済んでいるとは思えないが……。
飯を食い終わって酒場を出たオレは、関わり合いになるのを避けて宿屋を探そうと町中を歩いた。
もちろん、
なにせオレはこう見えて、現役教師だからな。
だが、山狩りに関して素人のオレが捜索隊に加わったところで戦力にはなるまい。
そこをフヴァーラ城の騎士たちが焦った表情で駆けていく。
オレは振り返って裏山を眺めた。
結構な数の捜索隊を出しているようで、ここからでも山のあちこちで炎が揺れているのが見える。
裏山ったってかなり広いぞ。敵も警戒しているだろうし、夜間にゴブリンの巣がそう簡単に見つかるもんかね。
「せめてお姫さまがどこにいるかだけでも分かれば探しようもあるんだろうが……」
何気なく胸元に目を落としたオレは、首からさげたガイコツ人形が目から光を放っているのに気がついた。
不審に思って観察してみると、どうやら一定の方角を見たときだけ、赤いスワロフスキーの目からビームが出ているようだと分かった。
「……お前、場所がわかるのか? なら話は別だ。よし、助けに行くぞ!」
オレは背中に背負ったリュックからランタンを取り出すと、腰につけた。
光が揺れる。
邪魔になるからと、リュックは林の中にそっと置いて行くことにする。
誰かに盗られたらそのときのことだ。
準備万端整ったオレは、山に向かって全力で走りだした。
◇◆◇◆◇
「どわあぁぁぁぁぁああああ!!!!」
ガイコツ人形に導かれるまま
しこたま尻を打って、しばらく動けなくなる。
どうやらドンピシャで巣の中の通路に落ちたようだ。
オレは自分の落ちて来た穴を見上げた。
明かり取り用に開けた穴を踏み抜いてしまったようで、そこから星空が見える。
なかなか勇者っぽく、カッコ良くはいかないもんだ。
「ギャギャっ! ギャギャギャっ!!」
オレの声に気づいて駆けつけたゴブリンたちが、仲間を呼び始めた。
あっという間に十匹以上の集団になる。
「いてっ! いてててて!!」
ゴブリンたちがオレに向かって一斉に吹き矢を放った。
立ち上がりながら反射的に顔を
「うぉ?」
頭が揺れる。
オレは
毒だ。何本矢を刺された?
胸元を見ると、ひのふのみ……いや、凄い数刺さってるなぁ、おい!
傷跡周辺に広がるこのモヤっとした感覚からすると、撃たれたのはおそらく痺れ薬だ。
煮込むんだか焼くんだか知らないが、人の肉を食らうゴブリンとしては、やはり後のことを考え致死性の毒を避けたのだろう。
にしてもよくもまぁ、こんだけ大量に刺してくれたもんだ。
オレは
ゴブリンたちがゲラゲラ笑いながら余裕の表情で近寄ってくる。
ま、そりゃ笑うか。何もせずともエサが勝手に降ってきたんだから。
オレは両膝をついたまま、ゴブリンどもが接近してくるまで身動きせずに待った。
うーむ、どうしたもんか。
……あれ、試してみるか。
「暴食帝グラフィドよ、オレに力を貸せぇぇぇぇ!!」
ガバっと立ち上がって剣を構えたオレを見て、ゴブリンどもが慌てて身構える。
だがもう遅ぇ! すでにそこは射程距離内だ!!
キィィィィィィイン!!
オレの要請に応え、聖剣シルバーファングの柄の中に入れた暴食帝の
「必殺、
剣で思いっきり空を斬ると、剣先から黒い風の刃が飛んでいって先頭のゴブリンの首を綺麗に切断した。
頭部がその場にゴトリと落ちる。
オレは恐慌におちいるゴブリンに向かって何度も剣を振った。
そのたびに剣から風の刃が飛び、ゴブリンの身体が深々と切り裂かれる。
暴食帝本人のようにはいかないが、それでもこうやって力を借りれば、一回剣を振るごとに一枚風刃を飛ばすことくらいはできるって寸法だ。
オレはそこにいたゴブリンたちのほとんどを倒すと、ガイコツの導くままゴブリンの巣の中を走った。
何匹か逃げていった奴もいるが、とりあえずそれは後回しだ。
蟻の巣のように縦横に張り巡らされた巣の中を走り回ったオレは、やがて一つの部屋に辿り着いた。
目的地だと直感したオレは、扉の前で番をしていたゴブリン二匹を一刀で斬り捨てると、そのまま扉にかかった木製の太いかんぬきを蹴りの一撃でぶっ壊した。
扉を開けると、反射的に十人ほどの少女が立ち上がった。
ありゃ、無事だ。
なるほど。ゴブリンどもはこの大規模山狩りを息を殺してやり過ごしてから、ゆるゆるとこの子たちを毒牙にかけようとしていたわけか。
運が良かったな、お嬢ちゃんたち。
いよいよ
「ここに伯爵家の姫さまはいるかい?」
「私だ! 私がフヴァーラ伯の娘、ステラ=フヴァーラだ! 助けにきてくれたのか!?」
「そういうことだ。さぁ脱出するぞ。ご丁寧にあんたらの武器を外の門番が持っていたようだ。全員身につけたらいくぞ」
灯りの下に出てきたフヴァーラの姫はその表情にかなりの焦燥の色をたたえていたが、それでも目を見張るくらい美しい金髪の少女だった。
銀色の鎧の胸に、薔薇の紋様が入っている。
年齢はフィオナとあまり変わらなさそうだが、こーりゃ参った。
おつきの少女たちとはまるで違う、光り輝く存在感を
なるほど、騎士団を率いるだけのことはある。
この子は生まれながらに、上に立つ『格』というものを備えているようだ。
値踏みの視線に気づいたか、装備を整えたステラがオレの隣に立つ。
「あなたはひょっとして冒険者か?」
「そうだ。お宅の騎士さんたちも追っつけ着くだろ。その前に脱出できそうだがな」
少女騎士十人を率いながら足早に巣の中を歩き始めたオレは、やがて
そこには、ゴブリンどもが大量に待ち構えていた。