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第13話 第一の女神像

「うひゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 オレは大声で悲鳴を上げつつ逃げた。

 思った以上に魔物が残っていて、狼タイプやら緑色した猿みたいな……ありゃゴブリンなのか? まぁそんな感じの奴らやら、都合四十匹くらいはいたと思う。

 ソイツらが一斉にオレに向かって来るんだもん、そりゃ逃げるっしょ。


『で? ワシに飛びついたというわけか』

「そそ。最短距離にあるセーフティゾーンだと思ったし、そもそもオレにここにくるよう指示したのってメロディちゃんじゃん。なら何とかしてもらおうと思ってさ」


 そう。オレはバタバタと、つとめてみっともなく逃げた。……女神像の方へ。

 お陰で皆、オレがこれからどんな無残な死に方をするかに考えが行っちゃって、オレの逃げる先に何があるかを失念しちゃったんだな。

 あのイケメン魔族さえもだ。計算通り。


 ま、もっとも? 『勇者と女神像を接触させてはならない』と命令を受けていたであろうあのイケメン魔族も、とてもじゃないがそんなみっともなく逃げるオレを勇者とは思えなかっただろう。

 ぐすん。


 そしてオレは思惑通り、こうして一時的に狭間はざまの空間に逃げ込むことに成功したってわけだ。


 真っ白な巨大玉座の上でちょこんと胡坐あぐらをかいた銀髪ロリ女神ことメロディアースさまが呆れ顔をオレに向ける。


『まぁよかろう。勇者の行動としては少々カッコ悪かったが、褒美ほうびを取らせよう。世界に五つある金色こんじきの女神像は勇者の武器を強化するためにある。お主の場合は大剣じゃな。その剣に最大五つまで能力を付与できる』


 ふむ。予想通りだ。

 そうやって最終ボスと戦うために、道中、武器強化をして行く。ゲームで良くあるパターンだぜ。


「……光刃を飛ばしたりとか?」

『そうそう、そういうのじゃ。この切羽詰せっぱつまった状況を打開するのにあまり役に立つとは思えんがな。何でもいいぞ。さ、イメージせい』


 オレは考えた。

 確かに飛び道具は欲しいが、今じゃない。

 敵に周りを囲まれたこの状況で役に立つ能力といえば……。

 オレの考えを読み取った女神メロディアースが椅子の上でフムフムとうなずく。


『ほう。それはなかなかに面白そうなギミックじゃの。よかろう、改造は任せておけ。ボス相手にそのギミックがどれだけ通じるか、乞うご期待じゃな』


 女神がオレを見てニヤニヤ笑う。

 思いもよらない言葉を聞いたオレは、思わず真顔になった。


「……は? ちょっと待て、今何て言った? あいつ、ボスなのかよ! おまっ、ふっざけんな! 始めて一週間のド素人をボスにぶつけるとか、鬼畜かぁぁぁぁ!!」


 だが、そんな抗議など屁ともせず、女神メロディアースは問答無用で、オレを元の世界に帰したのだった。


 ◇◆◇◆◇ 


 ボスなんて奴は、もうちょっとイベントをこなして主人公がそれなりに強くなってから出てくるもんだろうに、バランスもヘッタクレもありゃしねぇぜ。ちくしょうめ。


 悪態をつきながら女神像から飛び降りたオレは、迫りくる魔物たちに向かって剣を抜いた。


「吠えろ、シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣ひきさくつるぎ!!」


 オレが剣を振るうと刃が勢いよく伸びて、迫りくる魔物たちを縦横無尽じゅうおうむじんに引き裂いた。

 いやいや、別に刀身がニョキィィっと伸びたわけではない。


 今回の女神像との接触で『大剣が細かな刃の塊に分割し、それぞれをワイヤーが繋ぐ』というびっくりギミックが装備されたので、むちのような遠距離かつ柔軟な攻撃ができるようになった、というだけだ。

 にしては随分長いな。体感で最大射程が十メートルはあるぞ?


 不信に思って攻撃を続けながら蛇腹剣の繋ぎを見てみると、刃と刃の間に無数の光刃がついている。

 なるほど、女神の秘力で繋がれているからそんなに長く伸びるんだ。


 ちなみにシルバーファングってのは、さっきとっさに名づけたこの剣の名前だ。

 一応コイツも女神さまからもらった最終装備の聖剣だし、やっぱり名前くらいないとと思ってな。ふっふっふ。……カッコよかろ?


 そうしてオレは蛇腹剣を振りまくった。

 さすが女神の聖剣、物理法則を無視した動きで容赦なく敵を引き裂いた。

 そらもう、ズッタズタ。


 って言うかコレ、自動誘導ホーミング機能がついてるみたいで、オレが照準をつけるまでもなく勝手に敵を追っかけやがる。


 カシャン!


 ものの二分で魔物の集団を全滅させたオレは、愛剣シルバーファングの蛇腹剣モードを解くと、再びイケメン魔族と相対あいたいした。


 さっきは防戦一方だったが、今度はそうはいかねぇぞ、コンチクショーめ。


「……そうか、お前が勇者だったのか。僕はその演技を見抜けず、まんまと女神像との接触を許してしまったというわけだな。見事だ」


 イケメン魔族が軽くため息を吐きながら、そのサラサラの髪を掻きあげた。


 勇者(候補)がアラサーの疲れ果てたオッサンだってのに、何で魔族の方がいちいちカッコいい仕草してんだよ、不条理だなあ!


「では失点を回復すべく、ここからは全力で行かせてもらおう。変化へんげ暗黒体ダークネスボディ!」

「あ?」


 目を見開くオレの前で、あっという間に黒いもやが魔族をモクモクと包み込んだ。

 靄は外から来たものじゃない。魔族からみ出てきた物だ。


「テッペー、避けて!!」

 ヒュン!


 フィオナの叫びと同時に、光弾が無数に飛んできた。


「どわぁぁぁぁあぁぁぁ!!」

 ドドドドドッドドドドドドドドドドドドド!!!!!!


 オレは転げ回りながらその場を離れた。

 見るとフィオナだけじゃない。数人だがまだ生き残っている魔法兵団も必死の形相で魔族に向かって光弾を放っている。 

 その勢い、もはや弾幕。


 時間としてはせいぜい一分程度の攻撃だったが、魔法兵団の放った光弾が凄まじい勢いで、その場に立ち尽くす魔族に何百発となく当たりまくった。


 フィオナの放つ光弾は、普通の魔物なら一発で吹っ飛ばすだけの威力がある。

 これだけの人数で同じようなレベルの光弾がドカドカ当たりまくればいかに魔族といえども……。


 だが、やがて魔族を覆う靄が晴れたとき、そこには全身真っ黒の、身長三メートルにも及ぶ巨体があった。


 先ほどまでの光弾の嵐が全くダメージを与えてないのか、魔族は何事もなかったかのように手や首をコキコキと鳴らしながら動かし、準備運動をしている。


 あれだあれ。光をほとんど反射しない真っ黒な塗料。

 昼間だからまだ分かるが、夜闇の中ならまったく輪郭りんかくが分からなくなるレベルの本当の漆黒だ。

 おそらくさっきの黒靄をまとったのだろうが、そうやって普通に準備運動しているのを見る限り、靄に合わせて身体が膨張したってことなんだろう。


 特筆すべきはその頭。

 ただの真っ黒な巨大ボールから三十センチほどの曲がりくねった角が二本、左右に出ている。

 この角の形は覚えている。変身前と同じで、ただ縮尺が大きくなっただけだ。

 そして目。漆黒の中に浮かぶ、ただの光る穴だぜ?


 野球ボールくらいの大きさの穴が空間にポンっと開いているようにしか見えないのに、そこから確かに視線を感じる。しっかりこちらを見ている。どうなってやがるんだ?


「では真の姿になったところで改めて自己紹介しよう。勇者さん、僕は魔王七霊帝の一人、グラフィド=ボージュ。暴食帝グラフィドと呼ばれている。あー、ちょっと待ってくれるかい? この身体になるとお腹が減っちゃって減っちゃって」


 言うが早いか、暗黒体に変化した魔族は、近くで事切こときれている老騎士の遺体を、まるで小さな子供が人形で遊ぶかのように無造作に掴むと、バリバリ食い始めた。


「……は!?」


 オレは自分の目を疑った。

 身体はそのままなのに、魔族のその真っ黒な顔だけがいきなり漫画みたいに大きくなって、デカい牙でガジガジと老騎士の遺体をむさぼりやがったのだ。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!」

「嫌あぁぁぁぁああああああ!!」


 生き残った国軍兵士たちの中には数人だが若い男女もいるようで、皆そろって悲鳴をあげている。

 多分、オレの顔色も真っ青になっている。それくらいひどい食事風景だ。


「……本当に人を食うんだな、魔族ってヤツは」


 グラフィドは女神像の周りに転がっていたおそらく十人ぶん以上あった兵士どもの遺体をあっという間に平らげると、まるでスイカの種を蒔くがごとく、ベコベコになった金属製の鎧の欠片を口からププププっと吹きだした。


 グラフィドがオレを向いて笑う。

 どうやら異物である鎧を上手く吹きだせたことが嬉しいらしい。子供かよ!

 だが――。


 ……う? 何だこれ。


 グラフィドの食事風景を目の当たりにしたオレは、急速に飢餓感きがかんを覚えた。

 あんなにおぞましい食事だったのに。

 そういえばコイツ、暴食帝とか言っていたけど、そのせいか?


「うん、とりあえずここまで。残りはあなたを片づけてからゆっくりと頂くことにしよう。じゃ、そろそろ殺してあげるね」


 持っていた騎士の兜を無造作に投げ捨てると、暴食帝グラフィドはオレ目がけて猛スピードで滑空してきた。

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