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第12話 ヴェルクドール市街戦

「侵入されちまってるじゃねーか!」

「そんな……」


 フィオナが目に見えて動揺する。

 そう。石段を駆け上った先にあったのは、炎に包まれた町だった。


 鐘楼や教会など、歴史ある建物の多くは煉瓦製れんがせいなので延焼えんしょうまぬがれているが、比較的新しめの建物――商店や家々はかなりの数、炎に包まれている。


 空を見上げると、怪鳥が何羽か火を吐きながら飛んでいるのが見えた。

 何とか撃ち落としたいところだが、何せこちらは剣だ。届くわけもない。


「ちっくしょう! 飛び道具がありゃあなぁ」


 歯噛はがみするオレの耳に、遠くの剣戟けんげきの音が聞こえてきた。

 おそらく町のそこかしこで、騎士団と魔物との激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。


「フィオナ、女神像のところに向かうぞ! 案内してくれ!」

「分かった!」


 とそこで、オレとフィオナも、山から雪崩なだれ込んで来たらしき狼タイプの魔物の集団と接敵エンカウントした。


 一口に狼と言っても、体長三メートルにも及ぶ巨体が集団で襲いかかってくるとなるとかなりの迫力がある。

 だが、ここに至るまでの山中で散々このタイプの魔物たちと戦ってきたオレは、冷静に大剣を振るった。


「だりゃぁあああ!!」

「火焔弾!!」


 女神から貸与たいよされた武器だけあってオレの大剣は斬れ味鋭く、アラサーのオッサンとは思えない軽やかなステップで、襲ってくる魔物をバッサバッサと斬り伏せた。

 刃の範囲から逃れた狼はフィオナの炎弾魔法で、あっという間に火だるまと化す。

 ヒュー! 連携バッチリだぜ。


 それにしても、女神の奇跡なのか、まるでゲームの登場人物のように戦えば戦うほど力やスピードが上がっていく気がする。


 経験値やらレベルやらいう見えないパラメータでも存在してるんじゃないかと疑っちまうが、おそらくはそれだけ思考や動作が最適化されていってるってことなんだろうな。


「うおっと!」


 オレは空から撃たれた火焔弾を慌てて避けた。

 いつの間にか怪鳥にターゲッティングされている。


「そこ!」


 フィオナが放った光弾が見事怪鳥に当たり、撃ち落とす。やるね、君ぃ。


「女神像はこの先の広場よ! 花壇に囲まれた噴水の中に建っているわ!」


 そして、広場に辿り着いたところで、オレはソイツと出くわした。


 オレは一瞬でソイツが良くないモノだと悟った。

 武術の心得のないオレでも分かる。

 人の形こそしているものの、人の精神を蝕むような邪悪で腐敗した気を放っている。

 まともな人間なら、傍に十分と立っていられまい。


 噴水の手前に立ったソイツは、やっとのことで女神像のところまで辿りついたオレを興味なさげに見た。


「冒険者? 何でこんな所に……。迷い込んじゃったのかな?」 

「……お前、何だ? 人間じゃないな!」


 オレと少年の声が被る。

 そう、それは少年だった。歳の頃はおそらくフィオナと同じで十七、八ってところだろう。


 ただし、艶のあるサラサラの黒髪を割って、頭の左右に三十センチ程の長さの曲がりくねったつのが生えている。

 背中から、悪魔のような漆黒の蝙蝠羽根が生えている。


 整った容姿やまとった黒スーツなどを見る限り、まるでホストのような見た目ではあるが、それ以外に目立って人間と変わった様子は見えない。

 右手で持った武器にさえ目をつぶれば。


 コイツってば、まるで死神のように、刃渡り一メートル、柄の長さ三メートルはあろうかという特大鎌を持っていやがるのだ。

 しかも完全に実用品らしく、その足元には銀色の鎧兜の騎士たちの遺体がゴロゴロ転がっている。


 良く見るとこの騎士たちの遺体、どれ一つとして五体満足の状態のモノがない。

 大量の血溜まりの上に転がる頭、胴、手、足。

 身体の一部が、着ていた金属製の鎧ごと綺麗に分断されている。うぷ。


 少年の後ろ、ほんの数メートル先に直径十メートル程の円型の噴水と、そのど真ん中に設置された女神像が見える。


 台座の高さが二メートルほど。その上に等身大のメロディアースさまの像が……いや、何か違うぞ? 顔は確かに面影があるが、どう見ても大人の女性の像だ。メロディアースさまって言えば、銀髪ロリ女神だろう? 何で大人なんだ? 


 オレは目を凝らした。

 ちょっとくすんじゃいるが、確かに金色だ。えぇ? あれに触れって? いやいやちょっと位置が悪すぎるだろう。


 コイツの大鎌攻撃を掻い潜って女神像に接触できるか? いやぁ、歴戦の騎士団がこれだけバッラバラにされるほどの腕前なんだぞ? そいつは厳しくねぇか? といって真正面から戦闘しようものならあっという間にぶっ殺されそうな気がする。参ったな、こりゃ。


「ま、いいや。どっちみちお腹に入っちゃえば同じだし」

「……は? え? ……今、何て言った? 食べるって言ったのか?」


 次の瞬間、瞬きするいとまさえなく、少年の大鎌がオレの胴を薙いだ。

 意識の一瞬の間隙かんげきをつかれた! くそ!!


「がぁぁぁぁぁああああっ!!」


 大量の血と共に内臓がゴッソリ持っていかれる。

 咄嗟とっさに飛び退すさったお陰で両断は免れたが、尋常じゃない痛みがオレを襲う。


 見ると脇腹に、至近距離でショットガンでも撃たれたんじゃないかってくらいデカい大穴が開いている。

 超回復がなかったらここで旅が終わっているレベルのダメージだ。


 ヒュッ。


 正確な反対軌道で戻ってきた少年の大鎌が、再びオレを襲う。

 オレは必死に転がって避けた。

 恐怖で、一瞬にして全身の毛が逆立つ。


 カキャァン! カキャァァァンっ!!


 顔色一つ変えず振り回される少年の大鎌と、決死の形相のオレの大剣とが何度も撃ち合わされる。


 いやもう、非力そうな見た目の少年なのに、一撃一撃がとんでもなく重い。

 それにこの速さ。

 菜箸さいばしじゃあるまいし、こんな巨大な武器をその速さで振り回すのは反則だ!


「へぇ。お兄さん、やるねぇ」


 少年がまるで感情の籠もっていない表情でつぶやいた。

 オレはそれを見てゾッとした。


 この少年は人語を解するくせに、人を殺すということにまるで躊躇ためらいを持っていない。

 それこそ、まな板の上の大根を包丁で切る作業程度にしか思っていない。

 とそこで、オレに援軍が現れた。


 ヒュッ、ドドドドドォォォォンン!!


 オレの背後から飛んできた何条もの光弾が少年に突き刺さり、相次いで爆発する。


 振り返ったオレの目に入ったのは、灰色のローブを被った魔法使いの集団だった。

 揃いの三角帽子に騎士たちと同じ紋章が刺繍ししゅうしてあるところを見ると、宮廷魔法兵団って感じか。

 よく見ると、一番端っこにフィオナも混ざっている。

 フィオナが呼んでくれたのか?


「うざったいなぁ……」


 ヒューーーーーー!!


 少年はひと言呟くと、鋭い口笛を発した。

 途端に、どこにこれだけの数いたんだってくらい多くの魔物が町のあちこちの路地から駆けつけてきた。


 魔法兵団が慌てて集まってきた魔物に対応するが、普段後衛を務める魔法使いに前衛は厳しいらしく、見る間に削られていく。 

 フィオナも何とか光弾を放ってしのいでいるが、手持ちの魔法にこれだけの魔物の大群を倒し切るほどの威力はないようで、魔物たちの攻撃が止まらない。

 このままでは、彼らが全滅するのも時間の問題だろう。


 オレもそちらに駆けつけたいが少年の鎌を受けるので手一杯だし、振り向いた途端に後ろからバッサリ斬りつけられそうでいかんともしがたい。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉおお!!」

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


 オレが叫ぶのと同時に、胸元から甲高い悲鳴が放たれた。

 慌てて胸元を見ると、叫んでいるのはキーホルダーとしてオレの首からぶら下がっている、例のガイコツだった。


「な、なんだぁぁぁぁあ!?」


 ガイコツは、顎が外れてるんじゃないかってくらい大きく口を開き、その目を爛々らんらんと輝かせていた。

 魔法の才能のないオレにさえ魔力系の何かを放出しているとひと目で分かるほど、ガイコツの目が嫌ぁな感じに光っている。


 魔法兵団を襲っていた魔物の動きが一斉に止まり、揃ってオレの方に振り返る。

 少年も戸惑っているようで、その攻撃が止まっている。


「ちょ……おいおいおいおい、ガイコツくんよぉ。キミ、ひょっとしてヘイトを集めているのか? 何てことしてくれちゃってるの?」


 敵の視線を一人占めしたオレの額から、思わず滝汗が流れる。

 次の瞬間、魔物たちは魔法兵団を放って、慌てるオレに向かって一斉に襲いかかってきた。

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