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<51・地獄絵図の果てに>

 泰輔にとって、魔王学園『アルカディア』は来たくて来た学校ではなかった。オオサカの、もっとサッカーができる学校に行きたくて、でも親にその未来を否定されて無理やり入れられた学校である。

 それでも、何年も頑張ってやってきたのはひとえに、ここで手を抜くことは自分のプライドが許さなかったから。そして住めば都ではないが、何もかも嫌なことばかりではなかったからである。

 一応仲間もできたし、舎弟もできた。

 楽しい行事がなかったわけでもないし、美味しい飯に出会えたり、嬉しかった出来事がなかったわけでもない。そして、最終的に自分が継承者にさえ認められれば、家族も見返してやれるしもう一度サッカーの道に戻ることもできる。――ならばきっと悪いことばかりではないはずだと、自分自身にそう言い聞かせてここまできたのである。

 そう、だから。

 何もかも嫌だったとか、ダメだったとか、そういうわけではなくて。まだこの学園にいることに希望もあって、未来も描いていて、やり方次第ではミノルともう一度決着をつけることもできると思っていたのに。


「なん、だよ、これ……」


 知らなかった。

 自分達がいる世界がこんなに残酷だなんてことは。しかも、それが継承者決めとはまったく無関係のところで起きたゲームなのである。


「ふざけんな、なんだよ、なんだよこれはよおおおお!!」


 叫ぶしかない。

 駆と陽介とともに、家の外に出た泰輔が見たものは――まさに、地獄絵図以外の何者でもなかったのだから。

 爽やかな青空と、穏やかな農村の風景は見る影もない。ボロボロに破壊された柵に寄りかかっている男性は、背中を激しく切られて骨さえも露出している始末。奥にごろんと転がっているのははっきり見えないが、恐らく牛の首か何かなのだろう。

 仰向けに倒れた女性は、下半身がどこかに消し飛んでしまっている。白目をむいた目、泡を吹いた唇、もはや息がないのは明らかだ。そのすぐ近くにはまだ年端もいかない子供まで血の海に沈んでいるではないか。

 五体満足の死体は、あまりにも少なかった。

 頭を強引に潰された者、手足のどれかしらが欠損しているもの、体がおかしな光景に捻じれて痙攣している者。それは、どこまでも残酷すぎる、虐殺の光景である。

 四木乱汰。あの男が、たった一人でこれだけのことをやったのだ。そして、そのまま「お腹がすいたなあ」なんてほざきながら、黄色い煉瓦の道をずんずんと歩いて消えていったのである。陽介いわく、あの先に次のエリアへの道があるらしい。ならば、きっとどこか別の空間に移動したのだろう。

 ならばもう、戻ってくることはないはずだ。そう判断したがゆえに、泰輔たちは隠れていた家から出てきたのだから。

 しかし、次のエリアに行けばまた、奴と鉢合わせする可能性がある。できれば、別の出口を探さなければいけない。――今は、そんな気力さえ湧かない状態だったけれど。


「う、うそ」


 その時だった。駆が何かに気付いたように、慌てて走り出していく。


「そ、そんな……松井!松井いいいい!」

「な!?」


 松井。その名前の人物は、一人しか思い至らない。泰輔は慌てて、陽介とともに後を追いかけた。そして、知ってしまう。

 同じ三年一組のクラスメートの、松井裕二まついゆうじ

 彼が小さな小屋の傍で、仰向けになって倒れていることに。


「お前、馬鹿だろ!?なんで、なんで巻き込まれてんだよお……!」

「そ、そんな……」


 泰輔は呆然とするしかない。今時珍しいぼっちゃん頭の、小柄な少年。大人しい性格で、泰輔とはそこまで親しくなかったものの時々は話す間柄だった。舎弟である駆の幼馴染だったからだ。なんでも、小学生からの友達だったと聞いている。

 駆も信じたくはなかったのだろう。というのも、最初に自分達が魔女の夜会サバトに巻き込まれたと気づいた時、松井裕二は魔法訓練場に残っていた生徒ではないからである。彼は他の友達と一緒にトイレに行っていた。だからてっきり、巻き込まれずに済んだとばかり思っていたのに。

 裕二の死体は、他の村民たちと比べれば綺麗なものだった。鼻が折れたらしく、鼻血で顔が血だらけになっており、吐血で口元が汚れているがそれだけである。腹から胸にかけて、袈裟に切られたような傷があった。恐らくこれが致命傷で死んだのだろう。

 よく見れば近くには、制服姿の少年のバラバラ死体が落ちている。首がどこかに飛んでしまってあちらは誰かもわからないが、もしやそっちもクラスメートだったりするのだろうか。


「なんで、なんでこんなことに……なんで、こんな目に遭わないといけないんだ……」


 駆は裕二の体を抱きしめて、ひたすら嗚咽を漏らすしかない。裕二の血で制服が真っ赤になったが、そんなことも気にしていない様子だった。


「五條さん、五條さん……ボク、もう、わかんないです……!だって、誰も、ボクも、こいつも、こんな死に方しなきゃいけないくらい悪い事ってしましたかね?なんで、こんなことになってんですかね?しかもこのゲームあの四木ってやつの言葉からして……継承権とは一切関係ないやつじゃないですか。それなのに、なんで、こんな風に、残酷に殺されなきゃいけないんすか……!」

「か、駆……」

「ボクら、なんのために、こんな……こんなぁぁ!」


 初めて見るような、駆のパニックになった顔、泣き叫ぶ声。ボスとして、自分は慰めてやるべきとわかっていた。大丈夫だと、本当はそう言ってやるべきだと。

 いや、違う。

 本当に強いボスであるべきならば自分は、あの時小屋から飛び出していくべきだったのだ。そして、裕二が巻き込まれて死ぬ前に、あの四木乱汰を殺すべきだったのではないか。そうすれば、全て終わったのではないのか。

 なのに自分はびびって、あいつを倒すどころか一矢報いることも報いようと考えることもせずに隠れて――本当に、何をやっているのだろう?


――ちくしょう。


 ぎゅうう、と拳を握りしめる。やがてぽつりと、陽介が呟いたのだった。


「この世には、いるんじゃん。……生きていちゃいけない、そういう馬鹿が。これでもう、はっきりしたじゃん?」


 その目に宿るのは、暗い光。


「あいつだけは、殺さなきゃ」


 もう、泰輔は何も言うことができなかった。

 確かに自分達は、魔王の継承者にならなくても、最終的に魔王軍の一人として人間たちと戦うことになる可能性が高い者ばかりだ。そのために訓練はしなければいけないし、いざという時は人を殺す覚悟もするべきだったのは間違いあるまい。

 でもこの学園は――こんな学生のうちから、心から人を憎んだり仲間を失って苦しむような――そんなことまで想定されたものであったのだろうか。自分達は、それを当たり前だと思わなければいけないのだろうか。


――俺様は……。


 自分はどうすればいいのか。残念ながら泰輔には、答えなんて出そうにないのだった。




 ***




 運がなさすぎる、としか言いようがない。

 『№44 焦熱地獄』を出たあとも、ミノルたちは次々ろくでもないエリアを巡る羽目になったのだから。

 例えば、『№36 ノンストップ・ジェットコースター』。

 焦熱地獄を抜けたと思ったら、全員が上昇中の赤いジェットコースターの中だった。しかも全員、しっかりとベルトとバーで固定されて座っている状態である。まさかこんなエリアがあるのか――そうびびっていると、社がとんでもないことを言いだしたのだ。


「みみみ、ミノルさん、皆さぁん!このジェットコースターはですね……最後まで乗ってると確定で事故を起こしまぁす!」

「え、マジ?」

「なので、ゴールにたどり着く前にバーを破壊して飛び降りるしかありませぇん!」

「え、マジ?」

「飛び降りたら全員同じところに行けるはずなんで、が、が、がんばるっすよ!」

「それ本当に本気で言ってる、え、あああああぎゃあぁぁぁぁ!?」


 この会話をしている最後に、ジェットコースターが落下し始めたというオチである。悲鳴を上げて泣き叫びながら、ミノル達は魔法を連打してバーを壊し、そのまま宙へと放り出されたのだった。ああ、遊園地でジェットコースターが怖くて乗れなくなったらどうしてくれるのか!

 そして、空へとすっ飛んだと思ったら、全員水の中にぼっちゃんと落とされたわけである。

 そこは『№9 太陽と大海原』。いきなりみんなして海水浴をする羽目になったわけだ。しかも、落ちると同時に社が溺れ始めるという体たらくを見せてくれた。仕方なく、ミノルは彼を抱き上げて空を飛ぶことになったのだが――。


「すす、すみませんミノルさん。そして皆さん、大急ぎであそこに見える島まで泳いでください!太陽が追いかけてきまあす!」

「どゆこと!?」

「このエリアにリスポーンすると、あの太陽がどんどんこの海の方に落ちてきて、最後は墜落するっす!でもって墜落すると同時に海の水が全部干上がって焦熱地獄になってみんな死ぬので、それまでに島まで泳ぎ切ってそこにある鳥居をくぐらないといけなくてええええ!」

「なんですと!?」

「そして大変申し訳ないことに自分カナヅチなんで、ミノルさん運んでくださいいいいい!」

「おま、ふざけんなよ!?」


 水泳部の大空はまったく問題がなく、映も陸上部で体力があってなんとかなったが、静は体力がなかったので1キロほどを泳ぎ切るのが難しかった。その結果、彼も彼で空を飛んで島を目指すことになったのである。

 そうこうしているうちにどんどん気温が上がり、春くらいのぽかぽかした陽気が熱帯ジャングルのような暑さへ変わっていく。振り向けば、どんどん大きくなってくる太陽。本物の太陽とは違うとわかっていても、ぎょっとする光景であるのは間違いない。重力とかの仕組みはどうなっているのやら。いやもう、そういうことをいちいちつっこんでいてはキリがないのかもしれないが!


「し、死んでたまるかあああああ!」

「本当についてないですね今日は!」

「まったくよ、悪いことしか起きないじゃないの!?星占い見てないけど、誰か絶対に最下位引いてるわよこれ!!」

「ひえええええ!!」

「ありえないよ、もう、もう!」


 全員でわめきながらどうにかこうにか島まで辿り着き、大量が海に激突する寸前で浜辺にあった鳥居をくぐることに成功したのだった。

 まったく、このゲームはどうなっているうのか。ろくなエリアがないし、四木乱汰とも遭遇する気配がない。こんなんで本当に、ゲーム終了までこぎつけることができるのか。

 少し心が折れそうになっていた、その矢先のことだったのである。


「……いるわ」


 真っ黒な空。浮かび上がって見える、白い石畳の道。その先にある、まるで神殿のような灰色の建物を見て――映が絞り出すように言ったのだった。


「このエリアに……あの男が、いる。四木乱汰が」


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