あまり話したことのない連中ではあったが――泰輔にとって唯一の幸運は、この八尾兄弟が一緒だったことだろう。
そうでなければ、ダンジョンワールドとかいうゲームについても、現在いる『№12 繋がりのトンネル』という空間についても全然わからないままになっていたに違いない。
「このトンネルは、いろんなエリアに繋がる場所として機能してるんじゃん?」
困ったように頬をかきつつ、陽介が言った。
「多分そのうち、立て看板みたいなのが出てくるんじゃん?あるいは、ドアにプレートでもかかってるパターンかな。それを見て、安全なエリアに進んでいくのが一番いいと思われるんじゃん?」
「安全なエリア、ねえ。名前とか番号とか見れば、お前らにはわかるってのか?」
「ある程度は。ぼくらも全部把握できてるわけじゃないし、知らないエリアもないわけじゃないけど……でもある程度はわかるじゃん?参考程度にはなるかなあってかんじじゃん?」
「ふうん……」
泰輔は顎に手を当てて考える。もう少しこのトンネルを歩き続けると、たくさんのドアが出てくる、らしい。で、そのドアのどれかに入ると別のエリアに行ける、らしい。
問題は。
「俺様たちが今いるエリアは安全なのかよ?ここに留まっておくほうがいいって考え方もあるけどな?」
今のところ一本道ではあるが、何か怖いモンスターのようなものが出てくる気配はない。他に人が歩いている様子もない。危険度が低いならば、ここでじっと待ちに徹するのもありだ。
恐らく自分達は、学園の誰かがやっているゲームに運悪く巻き込まれた形である。つまり、その誰かさんたちのどっちかが勝利してゲームを終了させない限り、どう転んでもここから出ることはできないのだ。ようは、じたばたしたところで出来ることなど限られているのである。
自分達の手でクリアすることもできないのに、無闇と動き回るメリットがあるとは思えない。
「他のエリアとやらも危ないかもしれねえんだろ。参加者を見つけてボコるにしたって、その参加者もこのトンネルっぽい空間を通る可能性はあるわけだ。いろんなエリアを行き来できるような空間ってのは普通に考えて便利だからな。そいつらを探すにしても、俺様たちが動く必要はねえだろうがよ」
「ご、五條くんが言ってることも間違ってない、とは思う。けど、なかなかそういうわけにはいかないじゃん?」
「なんで?」
「この『№12 繋がりのトンネル』は、定期的に水没するじゃん……」
「は!?」
水没!?と泰輔は目を剥く。こんな狭い場所に水が流れこんできたら、逃げ場所なんてどこにもないではないか。
「水に浸かっている時間は長いわけじゃないけど、結構ランダムだから発生タイミングが読めないじゃん?で、上まで水が来ちゃうから、下手したら窒息するじゃん?」
ううう、と青ざめる康介。
「でもって、兄貴もぼくも、泳げないじゃん……?」
「カナヅチかよオマエら」
「夏のプールの授業からいかに逃げるかを真剣に考えているレベルには泳げないじゃん……」
「お、おう」
本気で悲しそうに言うので、ついつい泰輔も同情してしまう。なるほど、そこまで水が苦手ならば、言っていることに嘘はないと思ってもいいだろう。
ならば少し早くドアのところまで向かった方が良さそうだ。泰輔は心なしか早足になる。一番背の低い駆が、ちょっと慌てたような顔をした。なんというか、足の短いダックスフントでも連れている気持ちになってくる。
暫くすると、確かに遠くにいくつも並んでいるドアが見えてきた。この距離ではまだわかりづらいが、黒いドアがいくつも並んでいるようだ。プレートもかかっているようなので、それで行先がわかるのだろうが。
「あ、あとあとあと。気になるのは、目玉トラップじゃん?」
陽介が早足で歩きながら言う。
「さっき魔法訓練場で、空に出てきた巨大な目玉みたいなやつ。あれ、ぼくらが知ってる通りなら、時間制限で出てくるトラップじゃん?多分、屋外じゃなくても出てくると思われ。このトンネルにも、一定時間以上留まるとアレが出てくる可能性が高いじゃん?狭いところで目玉光線浴びせられたら逃げようがないじゃん?」
「お前それを先に言えよ!尚更ダメじゃねえか!」
まったく、厄介なゲームを設定してくれたものだ。
そもそも、魔女の
あるいは、本当に学校そのものに恨みでもあったということなのか――。
――くそが、考えれば考えるほどムカついてくるぜ……!
やっぱり、仕掛けた奴を見つけて一発ぶん殴らなければ気がすまない。元々、ナメられっぱなしで我慢できるほど気が長い人間でもないのだから。
「はあ、はあ、はあ……ドア、めっちゃいっぱいありますよ、五條さん!」
やがて、ドアが並んでいる場所まで辿り着く。駆は早足だったのがキツかったのか、少し息が上がっていた。元より、そこまで運動神経が良い方でもない。
「どれもこれも怪しい名前のプレートがかかってるっすねえ……。なになに?『№6 点滅の居酒屋』、『№92 抗争地帯』、『№44 焦熱地獄』……」
「……どれもこれもヤバそうな名前に見えるんだが?」
べたべたとドアを触りながら、泰輔はため息をついた。黒光りする鋼のドア。ノブを回すだけで、どれもこれも簡単に開けられそうな感じである。
中を覗いて確認してもよかったが、開けたら即吸い込まれるタイプのトラップということも否めない。一通り見て、少しは安全そうなエリアのドアを見つけるのが先決だろう。
「おい、そこの双子。安全そうなドアはあるか?」
泰輔が振り返って尋ねれば、二人揃って微妙な顔をしていた。
「なんかこう、危険度高そうな名前と、全然ぼくらが知らない未知の名前が多いじゃん……?」
「今探してるじゃん。ちょっと待って……あ」
康介が不意に声を上げる。彼はてててててて、と一つのドアに走り寄った。そして眼鏡のつるを握って調整しながら、そのプレートをまじまじと見つめる。
「……ここなら、少しはマシかもしれないじゃん?」
「ほう」
どれどれ、と泰輔は彼が見つめるドアを確認する。そこにはこんなプレートがかけられていた。
『№1723 牛と農村』。
確かに、平和そうな名前ではあるが。
「このエリア、敵も出てこないし、トラップも少ないじゃん?戦ったり、暴れたりしなければ問題ないよ」
ただし、と康介は振り返る。
「この村はNPCがたくさんいて、普通に人間達が暮らしてて……ぼくらみたいなプレイヤーにも優しくしてくれるけど。ただ、牛を神様みたいに大事にしてる村じゃん?牛に危害を加えた途端、牛と村人が一緒に襲ってくるようになるから、それだけ気を付ければいいじゃん」
「ちょ、ちょっとヤバそうだが、まあ牛だけ気を付ければいいだけなら、まあ」
ならば、もう少しだけここで待機した上で、こちらのドアに駆け込むのがいいだろう。泰輔が結論を出した時だった。
がちゃり。
「……あ?」
どこかで、ノブが回るような音がした。泰輔は目を見開く。少し離れた場所のドアが一つ、ゆっくりと開いていくのが見える。ドアのプレートは読めなかった。ただその隙間から――ぬう、と大きな手が飛び出してきたことだけは見えたのである。
「ああ、どこなんですかあ?どこなんですかあああ……?」
妙にゆっくりとした、太く低い声。ぬうう、と丸太のように太い腕が出る。同時に足が、大きくせりだした腹が。丸刈りの頭が。
「んなっ……」
196cmの泰輔よりも、でかい。いや、横幅まで含めれば、一回り以上大きいと言っていいだろう。しかもそのふとっちょな男は、明らかに魔王学園アルカディアの制服を身に纏っているではないか。
ということは、生徒。でもって、明らかに自分たちのクラスの人間ではない。いや、名札のラインカラーを見るに、まだ一年生ではないか。
名前は、四木乱汰、と書かれている。しきらんた、とでも読むのだろうか。
「だ、誰だてめえ!?」
思わずひっくり返った声が出てしまった。んん?と乱汰とかいう男がこちらに気付いて首を傾げる。相撲取りのような縦も横もある巨漢、太鼓腹。丸刈りの頭に、糸目が特徴の男だった。彼をまじまじと観察して、ようやく泰輔は気づく。
――そ、そういや……聞いたことがある。一年四組にやべえやつがいると……!
そうだ、中学で相撲部のホープだったという男だ。ヤンキーではないが、自分の欲望を制御することができず、婦女暴行未遂事件を起こして相撲界から追い出されたとか。
この学校に来てからも暴力沙汰を起こしているとかいないとか。
「誰だあ、と言われてもお?乱汰は、あんたらのことも知らないんですよお?乱汰は、乱汰ですう」
うーん、うーん、と首をかくかく揺らす男。成人男性同様の低い声で、まるで子供みたいな喋り方をするのがなんともチグハグな印象を与えた。
現時点では、こいつが自分達と同じように巻き込まれた人間なのか、ゲームの正式な参加者なのかはわからない。しかし。
「……おい、一年坊主。お前か?魔女の
「んん?んんん?巻き込む?いいやあ、違うですよう。だって、おまえらみんな、乱汰をいじめてきたでしょお?だから、乱汰は仕返しをしてやろうと思って、学校のたくさんの人を巻き込んででっかいゲームをしてやろうと思ってえ」
「んなっ」
――間違いねえ!こいつが仕掛け人だ!
泰輔がそれを察するのと同時。四木乱汰はその顔に、にたあああ、と醜悪な笑みを浮かべて言ったのだった。
「乱汰はあ、やられたらやりかえすんですう。でもって、みんなに褒められるべき人間で、何でも手に入らないとおかしいんですう。だから……映ちゃんに勝負を仕掛けたんですよお?」