目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

<42・再びサイレン、その時彼らは>

 このゲームのルールは理解した。

 つまりさくっと四木乱汰を見つけて、みんなでフルボッコにすれば終了というわけだ。恐らくこのゲーム、参加者でない人間が乱入しても(そもそも巻き込んでるわけだし)映側の失格にはならないだろう、というのが彼の見立てである。

 ならば思う存分鬱憤をぶつけさせてもらうことにしよう、と決める。変態死すべし慈悲はない、だ。いやほんと、どうせすぐ生き返るなら多少ひっどいことになっても罪悪感はないというものである。

 問題は。


「その四木乱汰は、何処にいるんだってばよ?」


 思わず某忍者漫画のキャラ口調で尋ねてしまうミノルである。さっさと乱汰を見つけたいが、恐らくこの空間で彼を探すのは容易なことではない。


「でもって、この異空間めっちゃくちゃ広いような嫌な予感がしているんだけど。一体全体、何エリアあるってかんじ?」

「残念ながら、エリア数はわからないわ」


 映は困ったような顔で首を横に振った。


「どうやらこの世界は、あの男が好きなゲーム……なんだったかしら、『ダンジョンワールド』?とにかくそれを模した空間に設定してあるみたいなのよ。あいつが自慢げに言ってたわ、ランカーになったことがあるって」

「ことあるごとに自慢がくっついてくんのなソイツ……ていうか、やっぱりダンジョンワールドなんか」


 ちらり、と社を見る。彼の予想は正しかった、というわけだ。

 そしてこのゲームに忠実だというのなら、打つ手もあろうというものである。社が詳しいのだから、彼の知識と指示が大いに役立ってくれるはずだ。


「最低限の説明は受けたわ……自慢混じりだけど。この世界、そのダンジョンワールドのたくさんあるエリアの中から一部を抜粋して、ランダムに組み合わせてできているみたいなの。スタートの段階で、四木乱汰とは違う空間に飛ばされたわ。私がいたのは『№111 灰色の城』という空間だった。壁に刻まれていたり看板があったりって形で、エリアの名前はわかるようになってるみたい」

「あー……あそこかあ」


 №と名前を聞いてすぐ、社がピンときたような顔をした。まさか、登場エリアの殆どを覚えているのだろうか。


「あそこも、自分的にはあんま滞在したくないところっすねえ」


 ミノルの視線に気づいたのだろう、社が苦笑いを浮かべて言う。


「敵はほぼ出現しないんすけど、本当に灰色の壁と天井と床があるだけでなーんもなくて。だから物資の補給とかは全然できないんす。それと、壁や床、天井の組成が短時間でどんどん変化していくから迷いやすくって。そんで一歩間違えると……」

「間違えると?」

「壁に挟まれてぺっしゃんこです。急に棘が生えてきて怪我することもあるっすね。さっきまで歩いていた道の幅が急に5ミりになったりするんで」

「こええええええ!」


 よくまあ、そんなところから出られたものである。同情のまなざしを向ければ、映は「運が良かっただけよ」と肩をすくめた。


「ちょっと手間取ったけど、なんとか脱出できたわ。ただ、時間がギリギリで、『目玉』が出現してしまったんだけど」


 目玉、というのは恐らく。


「あの光線を吐くやつですか。空が割れて、真っ赤で、レーザーで四方八方攻撃してくるっていうトラップ」


 静が天井を指さして言う。やはり、あれは時間経過で現れるものだったらしい。


「ええ、そのせいで怪我をしちゃったわ。正確にはレーザーは避けたんだけど、レーザーのせいで硝子が割れてその破片が飛んできてね」

「無事で本当に良かったですよ。あれが直撃したら即死しかねませんから」

「そしてどうにかこの紫色の校舎?みたいなところに移動して……そこで疲れ果てて、トイレに逃げ込んで今に至るわけ。まあ、ここもあんまり良い空間じゃないっぽい気配だけど……」

「ああ、うん。ここも長居すると幻覚見るっぽいしな」


 俺も酷い目に遭ったし、とは心の中だけで。いや本当に、二度とあんなグログロな幻覚は見たくないものである。


「私と彼は、お互いの位置がある程度わかるのよ。ある程度、ではあるんだけどね。そういうルールになってるみたい」


 映はこめかみを押さえて、目を閉じた。


「前の『№111 灰色の城』にも、この『№512 紫の迷宮』にも、四木乱汰はいないみたい。……お互いが同じエリア、あるいは隣り合った別のエリアに移動すると頭の中でセンサーが反応したみたいになるらしいわ。今は何の反応もないから、つまりそういうことでしょう」

「でもって、ゲームはお互いが遭遇するか、片方がトラップとかで死なないと終わらないんだよな」

「ええ。だからあっちも私を探し回ってるはずよ。時間稼ぎだけして、私がトラップで死んでくれるのを待つほど生易しい性格じゃないでしょう。……というか、私のことは少なからず恨んでるでしょうから、ぜひとも自分の手で殺したいでしょうしね」

「病んでるわー……」


 ならば、そろそろ移動しなければいけない。いろいろ会議を続けた結果、思いがけず時間を消費してしまった。そろそろ目玉トラップが発動してもおかしくない頃合いだろう。


「安心して。実は、次の場所に移動てきるっぽいドアは見つけてあるのよ」


 映は立ち上がると、掃除用具入れの戸に手をかけた。まさか、と目を見開くミノル。なんとそこには、掃除用具は一つも入っていなかったのである。代わりに、奥の壁には人一人どうにか通れるくらいの、小さな緑色のドアがあるではないか。


「これ、社くんが言ってたやつじゃん!緑のドアは別のエリアに繋がってるってー!」

「うん、正解っす。ここを通れば……」


 大空が、社が歓喜の声を上げた次の瞬間だった。



 『ウーウーウー!ウーウーウー!ウーウーウーウーウー!!』



 びくり、と背筋が奮える。ああ、聞きたくなかった例のサイレンではないか!


「この音ほんときらーい!もうきらーい!」


 大空が子供のように地団太を踏んだ。気持ちは非常にわかる。真っ赤な光がくるくると回りがはじめ、紫色の壁や天井を煌々と照らし始める。恐らくそのうち、天井がばっかり割れてあの目玉が姿を現すのだろう。

 正直、あの訓練場の空の高さでも避けるのに苦労したのである。このトイレの天井は低い。こんなところで狙い撃ちされたら避けられる気がまったくしない。


「急いだほうがいいです。映さん、早く!」

「わ、わかったわ!」


 静が映を促す。誰が先、だなんてことを言っている場合じゃない。映がドアを開けてその向こうに飛び込み、社が、大空が続く。静はどうしてもしんがりを任せてほしい様子だったので、ミノルもその次に飛び込んだ。


――頼むから、安全なエリアであってくれよ!


 そして、祈るようにぎゅっと目を瞑ったのである。




 ***




「音楽理論なんてー知らないぃー」


 さっきから駆が、ひっくり返った声で歌っている。なんでも、ソングロイドの曲らしいが。


「そんな言葉自体ー最近初めて聞きましたぁー。二十年作曲してるぅーだけどぉー……初心者講座に書いてることもワカリマセン(涙)!」


 正直言って音痴である。しかも、泰輔はまったく知らない曲だ。

 それでもほったらかしにしているのは単純に、何もない通路を黙って歩くのもなんだかちょっと怖かったからである。

 マンホールの穴っぽいのに入って、梯子を降りて、底までついたらひたすら長いトンネルだった。

 白い壁に、あちこち白い電球のようなものが垂れさがっている。そのおかげで暗いどころか、非常に明るいのは幸いだった。壁や床はみんなコンクリート製らしい。さっきからずーっと一本道を歩きっぱなしだが、一体どこに通じているのだろう?


「素敵なぁ、神様だらけのこの場所でー……場違いはわかってる、でも伝えたいんだーHEY!」


 ちらり、と壁に視線をやる。定期的に目に入るのは、壁に刻まれた妙な文字だ。

 『№12 繋がりのトンネル』。

 一体どういう意味なのだろう。この空間の名前、ということなのだろうか。明るいが、少しだけ肌寒いのが気がかりだった。


「躓いたっていいんじゃない?ランク外だって構わないじゃない!届けたーいこの音にぃ、レベルなんて関係なーい!」

「……おい駆」

「上手じゃなくていいんじゃない?隅っこで僕は今叫んでーるよぉ!ハードル上げてるのは、きーっと、僕自身だーろー?」

「おい、駆。いつまで歌ってんだ、おい」


 泰輔が駆の頭を軽くこずくと、だってえ、と駆は情けない声を上げた。


「止めないでくださいよ五條さぁん!だって無音、怖いじゃないですか!歌でも歌ってないとなんかこう、呑み込まれるような気がするっていうかぁ!五條さん、ソングロイドの鏡レンジ、嫌いっすか?」

「ならもっと明るく元気に上手に歌え!びびりまくりながら震えた声で歌われるのはかえってきもちわりーんだよ!」

「ひっど!」


 すると、彼の隣にでうんうんと頷いている双子の姿が目に入る。このマンホールに飛び込んだのは、自分と駆、それから彼らだけだった。双子の兄弟である、八尾陽介やおようすけ八尾康介やおこうすけである。ノッポな眼鏡のオタクっぽい雰囲気たっぷりな青年たちだ。顔はそっくりだが、唯一陽介にだけ右目の下に泣きぼくろがあるため、かろうじて見分けることができたりする。


「駆くん、もうちょっと歌が上手いと嬉しいじゃん?」

「うん、歌が上手いと嬉しいじゃん」

「二人仲良く言わなくてもいいじゃなあい!」


 双子の言葉に、駆が泣きそうな声を出す。ちなみに、この双子は言葉の最後に〝じゃん〟をつけるのが癖であるようだった。今のは先に喋ったのが兄陽介で、後に喋ったのが弟康介である。


「そ、そこまで悲しい顔しなくても、わ、悪かったじゃん?ぼくらも悪気はないじゃん?」


 慌てたように手を振る二人。――はっきり言って、泰輔にびびっているのはわかるし、このマンホールに入ってしまったのも偶然他の出口より近かったというだけなのだろう。泰輔としても、あまりしゃべったことはないし、好きでもない連中だ。ただ、こうなった以上は協力しないわけにもいかない。

 何より。


「そこの馬鹿双子。お前ら、さっきよくわかんねーことぼやいてたな?」


 使えるものは何でも使う。それが泰輔の主義だ。


「この空間、なんかのゲームにそっくりなんだって?……なら、今回の魔女の夜会サバトはそれを模している可能性が高ぇ。お前らが知ってることは全部教えろや」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?