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<41・厨二病と乾いた欲求>

 性奴隷、なんて。

 いや、えっちなビデオとか、エロ漫画ではそういう言葉を聞いたこともあるのだ。ミノルも健全な男子高校生である。エロいことに興味がないわけではないし、そういうものをこっそり見たこともないわけではないのだから。

 でもまさか、現実でそれを耳にすることになるだなんて――どうして予想できるだろうか?


「……んだよ、それ」


 気づけば、勝手に口が動いていた。


「そいつ……なにか?ただそのフラレた女子マネの子と似ていたからっただけで那由多のこと襲って、自分の思い通りになる奴隷にしようって?性奴隷ってことは、恋人ですらないじゃんか。自分の性欲とか自尊心を満たせれば、どんだけ人の心を踏みつけようがどうでもいいってわけかよ」

「ミノルくん……」

「ふざけんな……ふざけんな、ふざけんな!そんな奴、絶対許していいわけあるか!」


 那由多映とは、特に仲が良いわけではない。陸上部の見学に行った時と、たまにすれ違って話をすることがあった程度の仲だ。クラスが違うので、それくらいしか接点はない。

 だとしても、関係などないのだ。

これは、人間として絶対許していいことではない。自分も――継承者になるために、生徒たちに襲われかねない立場だから知っている。無理やり魔法で言うことを聞かされて、奴隷にされるかもしれないと恐怖したこともあるから想像はつくのだ。

 人を殺してはいけない。誰かを傷つけてはいけない。その最大の理由は間違いなく――自分が殺されたくないならやるな、に尽きるだろう。

 そういう、他者に欲望を発散して踏みつぶすことを厭わない連中は気づいていないのだ。いつか、そのしっぺ返しが自分に向くこと。自分も同じように踏みつけにされても文句は言えないということ。その時助けて許してと泣きわめいても、誰も手を差し伸べてはくれないということを。


「無関係の人間をたくさん巻き込んで危ない目に遭わせて、でもって欲しい奴の尊厳を無理やり貶めようってか。……一発ぶん殴ってやらなきゃ気がすまねえ!」

「……ありがとう、そう言ってくれて」


 映は、少し泣きそうな顔で笑った。


「正直、私が巻き込んじゃったようなものでしょ。誰も助けてくれないんだろうなって思ってたの。というか、助けを求める資格なんかないと思ってたわ」

「あんたは何も悪くないっすよね?」


 食い気味で社が告げる。


「ぶっちゃけ、無理矢理襲われそうになってる被害者っす!そんな人を見捨てたら自分ら人間じゃねっす!一緒にぶっとばしましょ、ね!」


 どうやら、映は社の好みのドストライクだったようで――かなーり、そうかなーり積極的である。草食系な見た目とは裏腹に、まるで正義のヒーローのごとく目をキラキラさせている。

 やっぱりかわいい子の前ではみんなええかっこしいになるんだろうなあ、と苦笑するミノル。気持ちはわからんでもない。


「だねえ。ていうか、僕等もこの件無関係じゃないでしょ。ゲームに巻き込まれてるって以前の問題」


 うんうん、と大空も頷いた。


「そんな危ない奴野放しにしてたら、これから先誰が被害に遭うかわかんないよ?それこそ、映くんだけの問題じゃないでしょー。他の子だってターゲットにされてレイプされるかもしんないし、暴力奮われて大怪我するかもしれない。はっきり言って、ここでしっかりカタに嵌めておかないとダメダメのダメ」


 それは間違いない。自分だって、そんな奴に狙われたらと思うと恐ろしい。

 それこそ本人が、継承権を狙ってミノルを襲ってくる可能性もあるし――元・相撲部というほど恵まれた体格ならば、魔女の夜会サバトなんぞ使わなくても無理やりことに及ぶこともできてしまいそうだ。


「私も概ね同意見ですが、いくつか質問があります」


 ハイ、と手を挙げる静。


「四木乱汰、と言いましたか。その男、体格にも恵まれていますし、腕力だけでも貴方を圧倒できそうなものです。それこそ、貴方が一人の時を狙って無理やり襲うなんてこともできたはずでは?そうしなかった理由はなんでしょうか。それと、こんな多人数のゲームをするほど、学園全体を恨んでいる理由に心当たりはありますか?」


 それは、ミノルも気になっていたことだ。質問されるのはわかっていたのだろう、映は力なく笑って言った。


「簡単なことよ。あいつにはまだ、相手の心も欲しいって気持ちがどこかにあるの。というかね、まだ厨二病引きずってんのよ、あの馬鹿は」

「ちゅ、厨二病デスカ……」

「ええ。つまり、自分は認められた特別な人間であり、みんなに褒め称えられる素晴らしい存在であり、選ばれた才能を持つ他のゴミどもとは違う天才!……みたいに思っていたいってわけ。実際、そうツケあがらせるだけの素材はあったんでしょうね。陸上部に入った直後もやたらと自慢してきたのよ。自分がいかに中学相撲界でのエースだったのか、ってことを。自分は将来を期待されていた、誰にも負けなかった、凄い力士だったんだ……と。まあ、そんな自慢ばっかりしていたら、周りに煙たがられるのも当然なわけだけど」

「お、おう……」


 なんかこう、色々察してしまった。つまり四木乱汰という男は単に乱暴者の色狂いだというだけではなく、とにかく自尊心が高く他人にマウントを取ることに余念がない人物だったということなのだろう。

 そりゃあ、周囲から人が離れていくのも仕方ないことではなかろうか。誰だって、自分の自慢話ばっかりする人間と友達になんかなりたくないものである。


「ああ、なーんかわかっちゃったー」


 んべ、と舌を出して大空が言う。


「つまりアレだ。中学の頃は相撲界を席巻する存在になれると思ってたし、なんなら自分はすぐ最強無敵の関取にもなれるーって思い上がってたんじゃない?そんな自分は誰からもちやほやされて当たり前、認められて愛されて当然って思ってたっていうか。それなのに、好きになった女の子に手ひどくフラレてプライド粉々になって、逆恨みするようになっちゃったんじゃないの?おまけに、部活やめる時暴れたってことは部員や先生たちから総出で止められて邪魔されてんだろうしさー」

「うわうわうわうわ。つまり、どいつもこいつも認められるべき俺を認めなかったこんちくしょう!自分は悪くないこの社会が悪いんだみんな死んじまえー!……みたいな発想になった、と?」

「じゃない?でもって、この学園に来てからも露骨に浮いてたみたいだからね。水泳部の子が言ってたけど、ほんとクラスでも孤立してるらしいからさあ。それでいて、女子マネちゃんによく似た映くんにもシッシッって陸上部追い出されたわけ。まあ、それでタガが外れちゃったんじゃないの?」

「大体あってるわね」


 本当に困ったものよ、と映は首をすくめた。


「ストーカー被害も、手紙のみならず見張られている気配があったから……陸上部の子とか、クラスの子とかにお願いしてなるべく一緒に行動してもらうようにしていたの。あと、彼がまだストーカーと判明する前に陸上部に復帰させろと怒鳴りこんできた時もあったけど、その時もコーチや陸上部員たちみんなに止められて、私との接触は一切できなかったのよね」

「あ、あー……」


 そういうものが積もり積もって、学園の他の生徒たちや教員たちにも丸ごと恨みを抱くようになった、と。単純かつ、めちゃくちゃ悪質ではないか。

 それで、ゲームで映の身も心も手に入れて自分を溺愛するイエスマンにするのと同時に、自分を虐げた(と、本人は思っている)学園の生徒や教員たちに復讐しようとしたということだろう。

 はっきり言おう。迷惑なんて話ではないのだが。


「……めっちゃくちゃ関わり合いになりたくねえ」


 心の底からミノルが言うと、静、大空、映、社が全員揃って頷いた。映からの話しか聞いていないので、それで全てを判断するのは不平等だとはわかっているが――いやしかし、大空からも同じ話を聞いているわけだし、やっぱりヤバイ奴だとしか思えないのだ。


「そういう人間は真面目な話、精神的な病と認定されることもありますからね。施設に入れて徹底的に治療と教育をするしか方法はないと思います」


 静が眉間に皺を寄せて言った。


「ま、我々はその男の先生でもなければ保護者でもありませんし?教育して差し上げる理由なんて一切ないわけですが。……最低でも、この学園から出ていっていただくしかないでしょうね。というわけで映さん、確認ですが……」

「私が勝ったら、あいつに何でも命令することができるはずよ。学校から出て行って二度と私を含めた生徒に関わるな……と言うことも可能ね」

「理解が早くて助かります。ていうか、一度相手を殺すことが勝利条件ですからね。どうせなら、きっつーいオシオキをしてあげるくらいがいいでしょうねえ」


 復活するっていうなら殺人罪は気にしなくていいですしねえ、と静がブラックスマイルを浮かべる。背後からあふれ出る黒いオーラが怖すぎて、思わずミノルは大空の背中に隠れてしまった。


「お、オシオキって、何スルノカナ……?」


 ああ、口が余計なことを!

 カタコトで尋ねるミノルに、静はそれはそれは素晴らしい笑顔で告げたのだった。


「全身の骨を折って海に沈めるのと、生きたまま土に埋めて踏み固めて窒息させて差し上げるのと、全身に無数の針を刺してあげるのと、体中の肉を削いで骨を露出させて差し上げるのと、両手両足を引っ張って引きちぎって差し上げるのとどれがいいと思います?」

「わーお、なんか伝統的な拷問方法がいっぱいだねえ!アイアンメイデン!凌遅刑りょうちけい!エクセター公の娘!」

炮烙ほうらくとか蟇盆たいぼんなんでものもありますよ。楽しそうですね」

「いいねえいいねえ。妲己の酒池肉林ー!」

「お前ら楽しそうに拷問談義するのやめてくださります!?さすがに怖いんですけど!?」


 そもそもなんでそんなに拷問の知識があるのだろうか。何やら、知ってはいけないことを知ってしまったような気がする。


「……ありがとう、みんな。本当に、ありがとう」


 そんな俺達を見、映は泣きそうな顔で何度も何度も頭を下げてきたのだった。


「最後の決着は、私がつけるわ。戦う方法は何でもいいってことになってるしね。……みんなは、サポートしてくれると嬉しいわ」

「もちろん。ムカついてるのはみんな一緒だしな」


 おう、とミノルは拳を掲げてみせた。

 悪い奴をぶっ飛ばす。なんともシンプルで、わかりやすいルールではないか。


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