「本当に、ごめんなさい。貴方たちを巻き込んでしまって……」
映は心の底から申し訳なさそうに頭を下げてきた。
静が治癒魔法をゆっくりとかけたことで、朦朧としていた意識もはっきりしてきたのである。怪我は完全には治っていないだろうが、それでもきちんとものを喋れるようになったというわけだ。
予想通り、彼はこのゲームの参加者だった。それも、本人が仕掛けたわけではなく、仕掛けられた側の人間だという。
「怪我を負わされて、どうにかこのエリアに逃げ込んだんだけど……それで力尽きてしまって。少しこのトイレに隠れてから逃げようと思ったら、意識を失っていたみたいだわ」
「や、それはいいんだけど」
こうしてアルカディアの制服を着ているのを見ると、なんというかものすごくちぐはぐな印象を受けてしまうミノルである。何度見ても、映は綺麗なお嬢様にしか見えない見た目なのだ。体も全体的にほっそりしているし、とても可愛らしい顔立ちをしている。身長もさほど高くはない。それでいて、この女性的な喋り方である。
にも拘らず男子の制服を着ているのだし、この学校の生徒なわけで。ならば男性であるのは間違いない、はずなのだが。
「一体何があったっすか?」
社がちょっと顔を赤らめて言う。これは結構タイプってやつだろうか、とミノルは彼の脇腹をこづいた。実際、映はそんじょそこらの女の子よりもずっと可愛らしい見た目だが。
「心配してくれてありがとう。……そうね、巻き込んでしまった以上、話しておくべきね」
はあ、と映は深々とため息をついた。
「実は私、ストーカーに遭っていたの」
「ストーカー?い、いやだって……」
「ええ、私達アルカディアの生徒は、基本的にこの学園の敷地外には出られないわ。外に出る時はかなり厳しいチェックを受けた上で許可を待たないといけないし、単独で外に出るなんてことはまず不可能だと言っていい。林間学校やスポーツの大会みたいな特別なイベントの時だけが例外ってわけね。……裏を返せば、外部の人間もこの学校にはそう簡単には入れないのよ」
実際にね、と彼は肩をすくめる。
「昔はあったそうよ。……学校内に侵入した不審者が、校内に爆弾仕掛けてテロしたとか。毒ガスの発生装置を仕掛けていったとか。ドローン使って空爆してきた、みたいなのがね」
「しゃ、洒落になんねえ……」
爆弾のテロも怖いが、毒ガスとか空爆ってナニ!?と突っ込みたい。
同時にそれだけ、魔族という存在が人間達に忌み嫌われ、差別されるようになってしまったということなのだろう。彼らはこんなにも、人間と変わらない見た目と心を持っているというのに――理不尽な話である。
「まあ、そんなわけだから、学校に出入りする業者なんかも厳しくチェックされてるわけ。……だからすぐにわかったわよ、私に絡んでくる相手が生徒か教職員の誰かだってことくらいは。靴箱にあんなに頻繁に手紙入れるとか、外部の人間じゃ絶対無理でしょうしね」
確かに、靴箱のあたりなんかものすごく人目につく。
見慣れない人間がうろついていたら一発でバレそうだ。
「ちなみに相手が男ってのもすぐにわかったわ。何故かって?……明らかにヤバイものが詰まった封筒をねじ込んできたことがあったからだけど?」
「いいいいい!?」
「うわああああむりむりむりむり、マジできもいマジできもいマジできもーい!」
「そいつの下半身ねじ切って爆破してやりたいですねえ」
「し、ししし静さーん!?気持ちはわかるっすけどいちいち過激で怖いっすよおおお!?」
悲鳴を上げるミノル、大空、真っ黒な笑みを浮かべる静かに別の意味で青ざめる社。しれっと社が自分の股間を思わず抑えているあたりがなんとも生々しい。
「その文面もまた気持ち悪いものだったわ。私をレイプして、それはもういろんなプレイを試したくて仕方ないみたい。なんなら、私の顔とゲイビデオで抱かれてる俳優の写真を合成したものを送りつけたりしてきたもの。本当に、趣味が悪いとしか言いようがないわ」
「うっへえ……」
しかも、そういうものを向けられているのはミノルではなく、映であるわけである。つまり、魔王の継承権とは一切関係ない恋愛感情と執着というわけだ。
男が男に、というのもまあ映なら分からないでもないが――いやしかし、男とか女とか関係なくダメなものはダメだろう。ましてや映だってまだ高校生にすぎない。本当に何を考えているのやらさっぱりである。
「まあ、気持ち悪かったけど、昔から私ってストーカーや厄介なファンつきやすいタイプだから。いちいち気にしてたら身が持たないと思って、当初はスルーしてたわ」
映が苦笑いを浮かべる。
「ていうか、相談できる相手もいないしね。うちの陸上部の顧問はこういうのさっぱりだし、担任は結構なことなかれ主義だし。そもそも、犯人が陸上部の関係者なのか、うちのクラスの人間なのかもわからないんだから捕まえようがない。一応警備員さんに見回りは強化してくれとは頼んだけど、それくらい。……この学校の状況的に、安易に警察に頼れないのは想像つくでしょう?」
「まあ……」
警察、は恐らく人間たちの組織だ。魔族の少年の学内のストーカー被害に、どこまで真剣に対処してくれるかは怪しい。
というか、人間同士であっても、被害者が女性であってもなかなか警察は動かないというのは有名な話なのである。悲しいかな、実際に事件が起きないと動けないことはどうしても多いのだ。その結果、被害者がレイプされたり誘拐されたり殺されたりという最悪の事態を招くことも少なくないわけだが。
「差出人の名前も書かず、気づいて貰おうなんてのが無謀というか、馬鹿なのよね」
ふん、と鼻を鳴らす映。
「それでいて私が気持ち悪いなーって思うくらいでスルーして特に大きな反応を示さないから、ついに痺れを切らしたんでしょう。私が体育の授業に参加していて、体育倉庫に備品を取りに行こうとしたら……そいつは姿を現したのよ。びっくりしたわ。まさかその犯人が……まだ一年生の男の子だったなんて」
「一年生?接点は?」
「入って数日で陸上部をやめた子だったのよ。確かに態度がおかしい人だとは思ってたわ。名前は、一年四組の、
「げ」
大空が露骨に嫌な顔をした。その人物に心当たりがある、とでも言いたげだ。
そういえば彼はこのメンバーの中でも圧倒的に交友関係が広い。一年生のこともある程度知っているのかもしれない。
「四木乱汰ってあいつじゃん……ブチギレ力士って名前で、陰で恐れられてるやつ」
うへええ、と舌を出す大空。
「水泳部の一年生の子がさ教えてくれたんだ。自分のクラスにちょっとやばいやつがいる、怖くて近づきたくないって。そいつ、2メートル越える巨漢なんだけど、タテにもヨコにもでかいタイプというか……中学で相撲部に入ってたんだって。一年生で2メートル越えってのはなかなかない体格じゃん?体重も150キロくらいあるらしくって」
「それはなかなか立派な体つきだな。……ん?相撲部?」
ちらり、とミノルは静の方を見る。自分の記憶が正しければ、この学校にも相撲部はあったはずだ。
しかしさっき、映は「入って数日で陸上部をやめた子」と言ったような。
「はい、うちの学校にも相撲部はありますよ。まあ、弱小で人数も最低限しかいないんですけどね。だからこそ、常に部員は募集していたはずですが」
中学まで相撲をやっていて、かつそれだけ立派な体格ならうちの相撲部は喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
しかし、相撲部に入っていないっぽいことから察するに――。
「あいつ、相撲部には入らないっしょ。ていうか、相撲の世界から出禁に近い扱いを受けてるみたいよ」
大空は呆れたようにひらひらと手を振る。
「中学の時、相撲部のマネージャーの女の子を暴行しようとして捕まってんの。未遂だったし、年齢も年齢だったから大した罪にはならなかったみたいだけどね。……その後に、乱れた性生活が明らかになって、部を追放されたって話」
「ちゅ、中学生だろ!?」
「中学生でも童貞捨ててる奴って結構いるんだよ、不良系だとさ。でもって体もでかいから、多少年齢も誤魔化しがきくってんで、ピンクのお店に親の金で遊びに行ってたりとかなんとか……ようは女の子を買うみたいなことをしてたみたい。つまりは、欲求を全然セーブできなかったタイプみたいで。部活をやめさせられる時も相当暴れて、部員や先生に大怪我させてまた警察に引っ張られたって話で」
「う、うわあ……」
そりゃあ出禁にもなるわ、としか言いようがない。しかも、ただの十五歳ならまだしも、プロの関取並の体格を持つ十五歳なのである。どれだけヤバイかなんて、言うまでもないではないか。いや、中学の時はもう少し小さかったかもしれないが――。
「クラスでも、時々クラスメートと喧嘩して、手を挙げるくらいのことはしてるみたい。先生も結構扱いに困ってるんだってさ。……多分親は躾の目的もあって、全寮制のこの学園に入れたんだろうけど……とんだ迷惑だよね」
「ええ、本当に迷惑だわ……」
映の言葉にはあまりにも実感がこもりすぎている。現在進行形で被害に遭っているのだから当然だ。
「その、相撲部のマネージャーさんって女の子?……四木がレイプしようとしたその子と、私がそっくりだったらしいのよ。それで、私目当てで陸上部に入ったってわけ。でも、正直私に絡むばっかりで全然練習しようとしなかったから、『やる気がないなら出ていきなさい!』って喝を入れてやったの。そしたら、本当に退部しちゃって」
「間違ったことはなんも言ってねえな」
「ええ、私も後悔はしてないわ。ただ……もう少し、頼れる大人を自分でも探すべきだったというのは反省している。まさか私だけじゃなくて、こんなにもたくさんの人を巻き込むなんて思ってもみなかったんだもの」
「那由多……」
聞けば聞くほど、不憫な話でしかない。映はたまたま、その女子マネに似ていたというだけだ。そして、部長として真っ当に仕事をしただけなのに、このように逆恨みされるとは――あまりにも可哀想がすぎるというものである。
しかも、この話の流れからして、ゲームの勝利条件と結果がとてつもなく嫌なものであるような気しかしないわけで。
「四木乱汰は、私以外にもクラスメートが数人その場にいたのに……広範囲で魔法を発動させたわ。ゲームの勝利条件はシンプル。いくつもの特殊なエリアに分かれた空間の中で、先に相手を殺した方が勝ち。トラップで相手が死んでも勝ち。ただし、勝利すると同時に、ゲームで受けた互いの傷は癒える。死んでも蘇るってわけね」
ギリ、と唇を噛みしめる映。
「勝った者は負けた者の言うことをなんでも聞かないといけない。あいつは言ったわ。私が負けたら……一生私を性奴隷にするって」