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<36・ダンジョンワールド>

「うわあああああ!?」

「な、ななな、なんだ、なんだあ!?」

「や、やべえええええ!!」


 生徒たちが悲鳴を上げて逃げまどう。その目玉から発射された光線が、一直線に訓練場を横切っていったためだ。ミノルはぎょっとする。燃えにくいはずの訓練場の芝が真っ黒に焦げているではないか。あれが人体に当たったら大火傷は免れられない。


「み、みんな!何処でもいいから逃げろ!逃げるんだあああ!!」


 ミノルは慌てて叫ぶ。幸い、第一撃は誰かに当たらずに済んだようだ。訓練場にもう少し多くの生徒が残っていたらと思うとぞっとする。少年達は悲鳴を上げて、三つある出口のどこかに向かって走った。そうこうしているうちに、目玉の中心に再び光が集まり始める。

 どうやら、数秒ごとに一発ずつ光線が放てるというわけらしい。冗談じゃない。こんな狭い場所にいたら確実に狙い撃ちされて、いずれ誰かが当たってしまう。


――くそ、探索の割り振りとか、考える暇ねえじゃん!


 マンホールの蓋を開けておいたのが幸いしたのだろう。体を滑り込ませる泰輔と、泰輔に引っ張り込まれる駆がいた。他にも数名の生徒がそれぞれグラウンドとマンホールの出口へと飛び込んでいく。

 悩んでいる暇はない。ミノルと静もまた、一番近い出口に入るしかなかった。たとえ今一番近い出口が続く先が、このいかにもヤバそうな校舎の迷宮であるとしても。


「陛下!とりあえず、校舎に入ります!他の皆さんも、早く脱出を!!」


 静が皆に呼びかけ、ドアを開く。そこに大空ともう一人の生徒が飛び込んだ。ミノルもすぐにあとを追う。噎せ返るような花の香りに咳きこむ。まったく、今日はなんて厄日だろう!


「静、お前も急げ!」

「ええ!」


 次の瞬間、再び光線が発射された。今度は真横に切り裂くような光線だ。その光がマンホールのすぐ近くを通過した。泰輔たちがあと一歩踏み込むのが遅れていたら、ブチ当てられて酷い目に遭っていたことだろう。


「くうっ!」


 静が飛び込むと同時に、ドアを閉める。すると不思議なことに、ドアの向こうで鳴っていたサイレンがぴたりとやんだ。光線が発射される音もない。まるで、自分達全員が訓練場から消えるのを待っていたかのようだ。


「な、なんやねん、あれえ……」


 混乱のあまりにヘンテコな関西弁が出てしまう。心臓がばくばくと鳴っていた。はっきりいて、怖いなんてものじゃない。本気で殺されるかもしれないと思った。一体、何故あんな悪質なトラップを作ったのだろう。

 よくよく考えてみれば、自分達はゲームの正式な参加者ではない可能性が高い。それなのにルールも教えて貰えず狙い打たれるなんて、迷惑どころの話じゃない。一歩間違えれば死ぬか、一生消えない傷を負うことになっただろうからして。


「……僕達を狙った、わけではないかもね」


 やがて大空が息を整えながら言った。


「ほら、魔女の夜会サバトの空間に巻き込まれたってわかってから、しばらく僕達作戦会議だなんだであそこでグダグダしてたじゃん?それがダメだったのかなあって」

「どういうことだ?」

「一定時間同じ場所に留まると、オートでトラップが発動する仕組みだったのかもしれないってこと。もちろん、屋外にだけ何かの仕掛けがあった可能性も否定できないけどさ、今後はそういうの、頭に入れておいた方がいいかも」


 迷惑すぎるよね、とため息をつく大空。


「もし僕の予想が正しいなら、このゲームを仕掛けた犯人は〝対戦相手〟以外が傷ついても苦しんでもどうでもいいってことになる。だって完全に無差別攻撃なんだから。……早いところゲームを仕掛けた人間と、その対戦相手を見つけた方がいいね。その対戦相手もヤバイ人って可能性もなくはないのが厄介だけど」


 なんというか、その。

 ミノルはがっくりと肩を落とした。想像以上に、面倒なことに巻き込まれてしまっているな、と。

 まさか自分が直接ゲームを挑まれる以上のトラブルがあるなんて、思ってもみなかったことだ。


「あ、あのう……」


 やがて、この場にいるミノル、大空、静――以外のもう一人が声を上げた。


「ちょっと、いいっすかね?お三方」

「あ、ごめん。なんだ?百田」


 彼の名前は、同じクラスの百田社ももたやしろ。あまり話したことのある生徒ではなかった。それでもゲームオタクであり、RPGゲームはシューティングゲームが得意でよくその話をしていたことだけは覚えている。野暮ったい大きな眼鏡をかけた、地味な顔立ちの草食系男子だった。


「なんと!ミノルさんに覚えておいてもらってうれしいっす。てっきり存在、認識されてないかと思ってました。そうっす、自分、百田社っす。よろしくですミノルさん」


 ども、と彼は敬礼っぽいポーズをとる。独特な喋り方をするが、どうやら彼が好きな某ゲームの主人公の真似らしいと聞いたことがある。同じクラスの仲間なんだから、丁寧語もさん付けも本来いらないのだけれど――いやまあ、それは静ががっつり敬語で話しかけてきている時点で今更ではあるか。


「実は、さっきの目玉とか、この空間とかちょっと覚えがあるんっす。自分が大好きな『ダンジョンワールド』っていうオンラインゲームになんかそっくりなんっすよね」

「なに?」


 全員、顔を見合わせる。もしや今回のゲーム、何かモデルがあったとでもいうのか。


「あ、あー!そうだ、思い出したよ!僕もちょっとだけやったことがある。ていうか、社くんの部屋に突撃してやらせてもらったことがある!!」


 大空が思い出したように声を上げた。


「僕はちょっとプレイしたことがあるだけだから、あんま詳しくないんだけど……。確か特殊なダンジョンの中で、他のプレイヤーと対戦したり協力プレイしたりするゲームだったよね?そのダンジョンがものすごく豊富で、それによって戦略が変わるからすごく面白いんじゃなかったっけ。アプデでどんどん新しいダンジョンも追加されていくから、アプデのたびにプレイ人数が増えるとかなんとか……」

「その通りっす。さすが大空さん、よく覚えてるっすね!」


 うんうん、と頷く社。


「一番人気なのはやっぱり、プレイヤーVSプレイヤーで戦うモードっすね。いくつかのダンジョンを設定して、その空間内で対戦するっす。なんでいくつか、なのかというと指定するダンジョンは一つでなくてもいいからっすね。海のダンジョンと山のダンジョンを指定したら、その二つが特定の出入り口で行き来できるようになるっす。で、そのどっちかで相手を仕留めれば勝ち。あるいは、ダンジョンのトラップで片方のプレイヤーが死亡するとか、他に敗北条件を満たすようなことをすれば残った方が勝ち……みたいなかんじっすねえ」


 なるほど、ゲームとしてはなかなか面白そうではある。それに、オンライン対戦できるなら、匿名で世界中の人間たちとも戦うことができるだろう。この学園の外になかなか出られない生徒たちも充分に外部の人間と一緒に遊ぶことができる、というわけだ。


「さっきの目玉も、トラップの一つに間違いないっす」


 つい、と天井を指さして言う社。


「あれを、プレイヤーの任意で設定できるっす。大空さんの予想ドンピシャリっすよ。基本は、一定時間同じ場所に留まると空に目玉が出現して光線を降らせて、プレイヤーをゲームオーバーにしようとします。レーザーの威力は即死級のものから、ちょっと痺れる程度のものまで様々。さっきのは……自分が見たかんじ、HPを半分くらいに減らすレベルのレーザーな気がするっす。少なくとも、実際に浴びたら大火傷はしそうな気がするっすね……」

「極悪がすぎるだろ。……って、一定時間同じ場所に留まるってことは、屋内も安全じゃねえってことか?」

「はい。さっきサイレンが聞こえたっすよね?あれは、もうすぐ目玉が出てきますよの合図っす。十秒前くらいからサイレンが鳴り始めて、目玉が出てきたらもうやばいんで逃げるしかないっすね」

「マジか……」


 どうやら、本当に無差別級のトラップだったらしい。

 同時に、今自分達がいる廊下も、このまま長居するのは危ないということだ。


「……『№512 紫の迷宮』ですっけね。あの張り紙の通りだと」


 静がちらっと掲示板を見て言う。


「この名前、この空間。ひょっとしてこれも、ゲームの通りだったりしますか?」

「その通りっす、静さん」


 頷く社。


「ゲームでは、ここはとにかく紫色で満ちた迷宮として設定されるっす。花の匂いが強すぎて嗅覚が殆どききません。敵はほとんど出現しないので、そういう奴らに襲われる心配はないんすけど……」

「けど?」

「ここ、メンタルハザードがあるっす。長居するとプレイヤーのメンタルが削られていって、段々幻覚を見るようになるっす。で、完全に精神状態が悪化すると、最悪自殺してしまってゲームオーバーっす」

「めっちゃくちゃやべえ場所じゃねえか!!」


 嫌な予感は大的中である。どうやら、一刻も早く逃げなければ命が危ない、ということらしい。ミノルは立ち上がると、ズボンを払った。敵がいないならまだ、急いで抜ければなんとかなるかもしれない。

 問題はこの特殊な空間の出口がどこかわからな、ということだが。


「この空間の出口は、どこかにある緑色のドアを見つけることっす」


 ミノルが言いたいことはすぐにわかったのだろう、社が答えてくれた。


「このダンジョンは難易度がそこそこってことで、そこまで広い範囲指定ができなかったはず……っす。ただ、ゲーム通りなら、なのでここでもその通りとは限らないんすけどね。だから、多分一階のどこかに出口はあると思うんすけど。問題は、ヘンテコなところにドアが設置されてる可能性もあるので見えるドアだけに注目しない方がいいってことと……」


 心の底から申し訳なさそうに、彼は続けた。


「そのドアの向こうもまた、別のダンジョンってなわけっす。どんな種類のダンジョンが待ってるかは、完全に予想ができません。即死級のやっばいダンジョンが待ってる可能性もゼロではないので、そこはもう、お祈りするしか……」

「マジでクソッタレだなおい!」


 とはいえ、いつまでもここでぐだぐだと文句を言っているわけにはいかない。早く脱出しないと自ら自殺するほど病むというし、あの目玉がまた出現する可能性もあるのだ。ぶつぶつと文句を言いながらも、四人は歩きだしたのである。

 まだまだ災厄は始まったばかり。

 ここがまさに地獄の入口かもしれないという、嫌な予感を募らせながら。


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