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<34・正体不明のゲーム>

 もう二回経験しているから知っている。

 この紫色に染まった空が、一体何を意味しているのかなど。


「静!」


 ミノルは鋭く静を呼んだ。彼もまた同じタイミングで気づいたようで、鋭い目で空を睨んでいる。


「間違いありません。……魔女の夜会サバトです。既に発動しています」

「デスヨネー!……いやほんと、これ、一体誰が、何のために!?ていうか俺らの目からこう見えてるってことは……」

「はい、我々は誰かが作り上げた空間の内側にいます。問題は……」


 言いながら、静は周囲をぐるりと見回した。

 休憩時間だったこともあって、訓練場に残っていた生徒の数は多くはない。トイレ休憩に立っていた者、道具を取りに言っていた者、外でおしゃべりをしていた者などはここから立ち去っていた。兆野あやめ先生も、この場にはいない。職員室か、トイレに行っていたということだろう。

 問題は。


「おい」


 泰輔が周囲を見回して呻く。


「俺様の耳が正しいんならよ。……スペル唱えた奴は此処にはいなかった。そうだよな?」


 まず、気になるのはそれだ。泰輔の言葉に、この場に残っていたクラスメート全員がこくこくと頷く。

 魔女の夜会サバトを発動するためには意識を集中させた上で、呪文を唱える必要がある。つまり、呪文を唱えた人間が犯人ということ。傍でそのスペルが聞こえていたなら、すぐ誰が仕掛けたかわかるところであったのだが。


「ま、間違いないですよ、五條さん!」


 こくこくこくこく、と頷くのは駆だ。金魚のフンのように泰輔にいつもくっついている彼は、このタイミングも彼と一緒に訓練場に残っていたのである。


「ぼ、ボクも聞いてました。少なくともすぐ近くでスペルが聞こえたってことは、なかった、かと」

「だよな……」

「……ごめん、ちょっとみんなに尋ねたいんだけど」


 これはもう素直に疑問を口にしておくべきだ。ミノルはハイ、と手を挙げてみせる。


「魔女の夜会サバトは、呪文を唱えなければ発動しない。でもって、特殊なゲームを仕掛けて、それに勝った人間が何でも負けた人間に要求を通すことができる……そういうことであってるよな?」


 少なくとも泰輔と大空とのゲームはそうだった。自分の認識は、大筋では合っているはずだ。


「でもって、仕掛けた側はどんな種類のゲームでも設定できるが……自分が過剰に有利なゲームにはできない。相手にもある程度勝利する可能性があるゲームにしないと、ゲーム自体が成立しない、だったか」

「その認識で間違いねえよ」

「それじゃあ、五條。相手にルールを説明しないってのはアリなのかよ?お前だって、俺には懇切丁寧にルール説明しただろ。まあ、抜け道はあったわけだが」


 五條泰輔とのゲームは、二対二の変則サッカーだった。魔法で妨害してもOKという説明を意図的に省いたが、勝利条件などはきちんと説明してくれたはずだ。つまり、それが魔女の夜会サバトに必要なことだから、ということではなかろうか。


「間違いねえ。つか、ルールと勝利条件説明しねえと、ゲーム自体が成立しねえだろうが。勝利条件知ってる側の一方的な勝ちになっちまう。そんなもん、魔法として成り立つかよ」


 フン、と泰輔は鼻を鳴らした。


「が、例外がないとは言い切れねえな。例えば、〝勝利条件を探す〟ことがゲームに組み込まれているケースだ。例えば迷宮にプレイヤーが全員落とされて、そこからの脱出方法を見つけた方が勝ち、みたいな」

「なるほど、その場合は説明がないって可能性もあるのか……」


 ルールが何なのかをあぶりだすのも、一つの勝負。

 なるほど、その場合『仕掛けた側も勝利条件や脱出方法を知らない』ということにすれば、平等なゲームとして成り立つだろう。そんな奇特な種類のゲームを行う輩がいるかどうかは別として。


「僕達は今明らかに、魔女の夜会サバトの空間内に閉じ込められてる。でも、誰もルールを説明されていないし、誰が発動したのかどうかもわからない。それが、ミノルくんは気になってるんだよね?」


 天を見つめながら、大空が言う。


「実はそういう状況になる可能性……ゲームのルールに由来するもの、以外でもう一つあるんだよ」

「というと?」

「決まってる。僕達とまったく無関係のプレイヤーがゲームを開始して、その空間をかなり広く取ったがために、たまたま近くにいた僕達が巻き込まれたパターンさ」

「は!?」


 まてまてまてまて。僕は頭痛を覚えて言う。


「ま、魔女の夜会サバトって、ゲームを円滑に進めるために、でもって他の人間を巻き込まないために特殊空間を作るんじゃねえのかよ!?」


 泰輔の時も、大空の時も、外部からの乱入者はいなかった。大空の時は最終的に静が駆けつけてきたが、あれはゲームが終わって空間が元に戻った後だったはずだ。


「本来はそうなんだよ。だから僕も君にゲーム仕掛けるの、水泳部が休みのタイミングにしたんだから。プールに他の人がいたら巻き込んじゃうからね」


 その上で、と大空が指を一本立てる。


「プールの施設だけを結界の範囲に指定した。それによって、それ以外の場所にいた人間は結界の中に入れなくなった……いや、この言い方だとちょっと誤解を招くかな。魔女の夜会サバトってのは特定のエリアにバリアを作るというより、指定した範囲を切り取ってひっくり返す、みたいな感じだから」


 言いながら、彼は訓練場に併設されているロッカーの方へ歩いていく。ロッカーの中には生徒たちの鞄が入っていた。大空は自分のバッグの中から、何かに使う予定だったらしい折り紙とカッターを取り出してきた。

 その折り紙を壁に押し当てると、カッターを使って真ん中あたりをくりぬいていく。


「はい、できた。……こういうことなわけ」


 彼は青い折り紙の裏側を自分達に見せてくる。真ん中はくりぬかれているので、丸い線が入っていた。


「この白い紙が、僕達が普段生活している空間。でね、魔女の夜会サバトが発動されると、こんなふうに……」


 くるん、とくりぬいた円を彼はひっくり返してみせる。白い紙の真ん中だけが、青い色に変化した。


「こうなるの。さっきこの円の範囲に入っていた人は、ひっくり返されて青い世界……異空間に飛ばされちゃうわけだね。つまり、円の範囲に立っていた人は、参加者とか参加者じゃないとか関係なく巻き込まれて裏側の世界に引きずり込まれちゃうわけだ」

「ひっくり返った円の範囲は〝Analysis〟などの魔法を使うことによって判別できるので、魔法が発動していることは表の世界に残っている人にもわかります。同時に、どんな人間が反転世界にひきずりこまれたのかも。ただし……魔女の夜会サバトの世界は単純な壁で区切られているわけではない。ひっくり返った場所に飛ばされた人は、状況に応じて円の外に出てゲームを行うこともできる。表世界の人間は入れないし、反転世界の人間ももう一度円が表にひっくり返らない限り元には戻れない。……こんなかんじでわかります?」

「な、なんとなく」


 静も補足してくれた。

まあようするに――誰かがゲームを発動して、その指定範囲に偶然自分達が巻き込まれた、という可能性があるわけだ。それならば、誰がゲームを発動したかもわからず、同時になんのルール説明がないことにも納得がいくというものである。


「私は、無関係のゲームに全員が巻き込まれた可能性が高い、と睨んでいます」


 静は真っすぐにミノルを見つめて言った。


「魔王の継承者を狙うなら、仕掛けた者が陛下の前に現れないのはやはりおかしいですから。ルール説明がされないだけならまだしも」

「本当にいるのか……魔王の継承権以外の理由で、この魔法使うヤツ」


 で、どうするんだよ?と首を傾げるミノル。


「全然関係ない奴のゲームに巻き込まれただけなら、俺たち大人しくしといた方がいいんじゃないか?だって、どこでどんなルールのゲームが行われているかまったくわからないんだぜ?なんかものすごく広い範囲で、夜会を発動させてるっぽいかんじだしさあ」

「それが私はどうにも気になるんです」


 能天気なミノルに対し、静は険しい表情を崩さない。見れば静も、大空も、泰輔でさえ似たり寄ったりの表情だ。そして泰輔の舎弟である駆は露骨に慌てている。まるで、何か危ないことがあるとわかっているかのような。


「さっき説明したように……仕掛けた人間にとっても本来、無関係な人間をゲームに巻き込むのは得策ではありません。勝敗にどのように影響してしまうかもわかったものではないですからね。ゆえに、空間のごく狭い範囲だけを魔女の夜会サバトの範囲に指定するのがセオリーなんです。実際、私とあなた、五條泰輔と参道駆が最初に行ったゲームも、元々は校庭の狭い範囲だけが指定されていたんですよ。フットサル場は含まれていなかったんです」

「あ、そうだったんだ。それは気づかなかった」


 と、いうことは。


「今回の場合……たくさんの無関係な人間を巻き込んでもいい……って仕掛けた奴が考えてたってこと?」

「そうなります。……破れかぶれになった、面倒くさい人間の犯行の可能性があるということです。そして厄介なことに現状はこのゲームのルールも、誰が誰に仕掛けたものであるのかも一切不明の状態。このまま我々がここに留まっているのが最適解とは、正直思っていません」

「……かもな。空から降ってくる隕石を避けるゲーム!とか言われたら、屋外にいるのは普通に危ないわ」

「そうでしょう?」


 ならば、自分達がするべきことは二つだ。

 ゲームを仕掛けた者、仕掛けられた者を探すこと。そして、このゲームのルールを理解することだろう。

 通常のゲームならば、参加者を見つけ出すことさえできればその人物はルールを把握しているはずなのだから。


「嫌な予感がします。巻き込まれてしまっている以上、我々は直接ゲームに勝利することができません。無難な方にさっさと勝利してもらって、ゲームを終わらせるしかないのです」


 静は訓練場に残った面々をぐるりと見回して言った。


「この空間に無関係の人が何人巻き込まれているのかも気になります。……皆さん、まずは手分けして探索しませんか?」


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