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<33・魔法という名の道具>

 魔法の訓練は有意義だが、難しい。

 そして実技訓練ということもあって、今日は魔法の授業だけで連続二コマ分の時間が確保されていた。一時間目と二時間目の間には一応短い休憩時間も設けられている。ミノルはすっかり疲れ果てて、訓練場のベンチでぐったりと座り込むことになったのだった。

 体力というより、精神的に屍モードである。耳をすばせば、他の生徒たちの悲鳴や呻き声が聞こえてくる。


「むりむりむりむり……」

「どうやってセーブせえっちゅうねん……ハードル高すぎ」

「せんせー……弱い威力でいいなら弱い魔法でいいと思いまぁす……」

「コントロールきちゅい、死にゅう……」

「あばぶばびばば……」


――もはや、人間に聞こえない声で呻いてる奴もいるなあ……気持ちはワカル。


 ミノルはまだ下級魔法が許可されているが、他の生徒たちは最大魔法の制御を要求されているのだ。実際、もっと疲れていて然りである。まさに死屍累々の仲間たちを見ながら、ミノルも苦笑するしかない。


「やあ、お疲れぇ」

「……ああ、うん」


 ぽす、と隣に座ったのは大空だった。静はといえば、離れたところで他の生徒たちに質問責めされている。どうしても課題ができない者達に泣きつかれて、アドバイスをさせられているらしい。――結局、ほぼ完璧に課題をこなすことができたのは、静一人だけだった。やや大きな穴をあけてしまった、レベルで収めた者は大空を含め数名いたのだが。


「魔法って本当に難しいんだな……って実感してるとこ」


 色々あったが、やっぱり大空はクラスでも話しやすい友人の一人だ。ミノルは手をぐーぱーしながら言う。


「今日の朝さあ、夢の中で魔王ルカインの地獄を見て……それでブチ切れたら魔法が暴発して、ベッドがちょっと焦げたんだけどな。それまでは、魔法のマの字もなかったというか、全然魔力そのものを感じられなかったくらいでさ」

「へえ、それで今日から実習受けることにしたんだ?」

「ああ。今までは見学しかできなかったからな。……魔法って、なんでもできるすげー力みたいなイメージだったんだけどな。こんなに訓練したり、学ばなければいけないことが多いなんて思わなかったよ」


 なんとなく、ゲームとかラノベのイメージが残っていたのは否めない。無論、魔法は勉強して身に着けるものだというのは此処に来た当初から知っていたが、実感がわいていなかったのは確かなのだ。

 だってそうだろう、ミノルがいた世界では、『転生したらチートスキルを授かって無双できるようになりました』みたいな話が大流行していたのである。まさか自分が、魔王の転生者だと言われておきながら一般の魔族より能力がないなんて想像もつくはずがない。転生しても、ありがたいスキルのプレゼント一つなく、精々毎日悪夢にうなされるだけなのだ。しかも、起きている時間は貞操()を狙われるというありがたくもないミッションつき。まったくもって、自分が想像していた異世界転生とは異なる。まあ、学園生活は楽しいこともあるけれど。

 魔法は、生まれ持った超能力、みたいなイメージがあった。

 だってそうだろう、RPGでは黒魔法や白魔法を使うキャラは、最初から初級魔法くらいは覚えているのである。特に訓練しなくても最低限戦うことはできる。そういうのもあってなんとなく、生まれつきの才能みたいなイメージがあったのは否めないのだ。

 魔族はそういう、魔法を使う才能を持った種族だと聞いている。だから自分も、簡単な魔法くらいはすぐ使えるようになるかと思っていたのに――。


「ま、勉強と一緒だからねえ、結局のところ」


 大空が肩をすくめる。


「調理師になりたい人だって、最初はコンロに火をつけるところから始まる。語学を学びたい人はアルファベットを覚えるところからだし、パソコンだって電源つける方法さえわからないところからスタートするもんでしょ。魔法ってのはチートスキルじゃなくて、いわば確立された学問であり、道具のようなものなんだよ」

「道具、ねえ?」

「うん。だから、使い方を勉強しないとどうしようもない。例えばここに二本の細い棒があったとして……」


 こう、と彼は両手の人差し指を立てる。


「何も知らない人から見れば、それはただの棒でしょ?何に使うのかもわからないから、ぽいっと捨てちゃうかもしれない。でも知ってる人からすれば……お箸になる。ご飯を食べる素晴らしい道具だ。だからまず、どんな学問でも道具の使い方を知ること、知識を学ぶ必要があるわけ。魔法も同じさ。僕達は生まれつき魔力って道具は持ってるけど、その使い方がわかってなきゃ使えるわけないんだよ」


 なるほど、なんとも分かりやすい例えだ。つまり大空はその道具をようやく体の中から引っ張り出して発見できた、くらいの段階なのだろう。

 それが魔法を使うための道具=魔力であることまでは理解した。最終的にそれでどんな奇跡が起こせるのかもわかるようになった。だが、そのスイッチがどこにあって、どうすれば望んだ挙動を引き出せるのかはいまだ勉強している最中というわけだ。


――そういえば、ドラえもんにもそういうエピソードあったような気がするなあ。映画の話だっけ。もしも科学じゃなくて魔法文明が発展してたら……ってやつ。


 魔法文明なら科学文明よりよりラクに生きられる社会になっているはずだ、魔法でなんでもできるようになるはずだ――と安易に思い込んでいたのび太くん。しかし、実際は魔法も教科書があって、勉強しなければ会得できないものだと知って絶望する――なんて話だった気がする。

 ああ、なんともわかりやすい。同時に、まだまだ自分の道のりは長そうだな、と思って遠い目をしたくなる。


「さっき他のクラスメートの子がぼやいてたけどさ」


 ちらり、と離れたベンチで屍になっている生徒たちを見ながら呟く大空。


「巨大な魔法で小さな奇跡を起こす訓練。……今回の兆野先生の授業、かなり理にかなってると僕は思うんだよね」

「コントロールを身に着けるのが大事だから、か?でも、魔法ってわざわざ弱い魔法から強い魔法まで用意されてるのにさ、強い魔法使って小さな穴開ける訓練する意味あるのかよ?弱い魔法の精度上げた方が良くないか?」

「まあ、その訓練も大事なんだけどね」


 こう、と彼は拳を握った。そして、まるでナイフを掴んで、突き刺すような動作をする。


「例えばの話。さっきのお箸で言うんだけど……僕達が体の中でもっている魔力ってのは、このお箸みたいなもんなんだよね。使い方を学べば、二本の棒じゃなくて、箸として使える。それで御飯が食べられる。で、必要に応じて小さな箸を使ったり、長い箸を使ったりして用途をわける……だろ?」

「うん」

「でも、箸は箸なんだよ。長い菜箸でも、頑張れば御飯が食べられないわけじゃない。僕達でも、小さな子供用の箸しかなかったらそれを使って工夫してご飯を食べる。……ようは、道具を持っていても、それがいつも望んだ形で使えるとは限らないんだ。そういう状況が生まれる時があるんだよ。敵の中には、そういう制約を相手に課すタイプの能力者や、兵器もあるわけだからね」


 それに、と彼は話を続ける。


「道具を持ち換えても、材質は結局同じ。根本的には僕達の魔力で作るものだ。……鋼鉄製の箸でカマボコを掴もうとして、力加減を誤ったら?そもそも、その箸を握る人間が超怪力だったら?お皿ごと破壊してしまう可能性もゼロじゃない。そうなったら、ご飯を食べられないだろ?」

「お、おう……」


 なんかすごい例えだが、言いたいことはわかった。同時に、大空がなんでこの話をものすごく真剣にしているのか、ということも想像ができた。

 要するに、ミノルのためなのだ。

 何故ならばミノルは、前世で魔王だった人間。全ての魔族の中でも最強の魔王であり、それだけ強い魔力を持っていたはずの存在なのだ。


「……俺は力加減を間違えたら、箸で皿を破壊する可能性があるわけか?他のみんなも」


 ミノルの言葉に、大空は頷いた。


「まだあんまり実感湧いてないかもしれないけど、どう転んでも君は魔王であり、完全に覚醒したら誰より高い魔力に目覚めるはずなんだよ。いわば、超怪力の人間が、鋼鉄製のお箸を装備するようなもの。コントロール覚えないと、皿どころか机や、その下の床まで粉々に破壊するレベルだと僕は思うね」

「そんな、大袈裟な……」

「大袈裟なんかじゃないよ!そんでもって、実は回復魔法を使う時も凄く重要なんだからね、こういうのは!」


 そういえば、回復魔法についてはまったく訓練ができていない。教科書で読んで一応知識だけは学んだが、そもそもミノル自身魔力を多少感じ取れるようになったのが今朝からである。実践しようとしたことが一度もなかった。


「目の前で瀕死の大怪我してる人が倒れてる。弱い魔法で回復したんじゃ命を救うのに足らない。だから大きな回復魔法が必要。……今後戦場で戦うなら、そういうケースはいくらでもある」


 だけどね、と大空。


「回復魔法ってのは、人が本来持っている生命力を、治療者の魔力で大幅に補助して傷を治すものなんだ。つまり、回復魔法を使うと治療を受ける側の生命力を大幅に消費する。だから一気に大きな回復魔法をかけると、体力を消耗しきってしまって結局相手をしなせてしまうことにもなるんだ」

「……理解した。だから、強い回復魔法をじわじわかけるとか、本当に傷んでる場所を見極めてコントロールしてかけるとか、そういう技術がいるんだな?」

「そういうこと」

「……なるほどなあ。言われてみれば、大きな魔法を小さくコントロールすること、そういう技術が要求される場面って多いのかも……」


 納得した。同時に、ミノルに真摯に説明してくれる彼はやっぱり親切なんだな、と思う。

 前世の夢は見ても、記憶としてはちっとも蘇ってきていない。まだまだこの世界の理屈に慣れていない。ミノルがそれで戸惑っていることを察してくれているのだろう。初日は遠慮もへったくれもなく、魔王の歴史について教えてーとワーワーしていた彼だというのに、だ。


「まだ、俺はそういう段階でもないってわけか」


 はあああ、と深くため息をついてベンチに沈み込む。


「小さな魔法も使えないようじゃ、大きな魔法をぶっぱなすなんてできるわけもないしなあ。先が長すぎるぜ……」

「何言ってるの。今日ベッドをうっかり焦がしただけの人間が、よくぞ半日でここまで来たもんだと思うよ?充分成長早いって。これ以上焦る必要ないって!」

「そうかねえ……」


 静もそうやって自分を励ましてくれたっけなあ、と苦笑いするミノル。今はひとまず信じておくしかない。実際、テンパったところで事態が解決するわけでもないのだから。


「そろそろ授業再開だ。気合入れ直すか」

「うんうん」


 大空の肩をぽんぽん叩いて、ミノルが立ち上がった時だった。

 ぞわり、と背筋が泡立つ感覚。これは、前にも感じたことがあるような。


「お、おい!?」

「はい!?え、う、嘘ぉ……!?」


 そして、空を見上げて気づくのである。

 天井などあるはずもない、屋外の魔法訓練場。その青い空の色が、紫色に反転していることに。


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