アルカディアの生徒たちは三年間、必死で魔王の訓練を積んできたという。
元々魔族であるからして、子供の頃から簡単な魔法が使えたという者も少なくない。それを、魔法に特化したアルカディアに入ることでさらに磨きをかけてきたというわけだ。
魔王学園なんて呼称されているのは、単に魔王の継承者を選ぶのみならず、優秀な魔王の配下を生み出す目的もあってこそ。三年生になるまで頑張ってきた生徒たちのスキルが低いとは到底思えない、のだが。
「うぼひょわぎゃあばああああ!?」
何やら意味不明な言葉を叫んで、クラスメートの一人が吹っ飛んだ。風魔法を制御しようとした結果、魔法が暴発して反対方向へ吹っ飛ばされてしまったらしい。芝生の上を、少年がごろんごろんと転がっていく。
「あ、あぶね……あれ、大丈夫なんか?」
ミノルが思わず呟くと、後ろからひょこっと顔を出した大空が苦笑いをした。
「風魔法専用防御の魔法かけてからやってるし、まあ大丈夫じゃない?それでも吹き飛ぶのはその防御魔法が弱かったか、あるいはそんだけ派手に暴発したかのどっちかだねえ。まあ死なないでしょう。兆野先生も、万が一の時の治療スタッフも待機してるし?」
「風魔法ならともかく、他の魔法はもっとやべーんじゃ……」
「だよねえ。特に地属性魔法が得意なやつは制御難しいんだろうなあ。ま、頑張るしかない!」
「超他人事だな大空!」
ちなみに、そんな大空は水属性が得意らしい。昔から水に惹かれることが多く、それで水泳も始めたんだと教えてくれた。やっぱり、自分が持っている属性が将来の趣味とか職業に影響することもあるということだろうか。
「ぎょえっぴいいいい!?」
「どぶちゃああああ!」
「む、む、り……」
「あばばば、ふ、ふぎいいい!?むりむりむりむり!」
さっきから、挑戦する生徒たちがみんな謎の悲鳴を上げて吹っ飛んだり、真っ青な顔になったりしている。風魔法を暴発させた生徒のように逆に吹っ飛ばされた者、自分の腕が氷漬けになって焦る者、威力が強すぎて的を根本から叩き折ってしまう者など様々だ。
今のところ的の中心を綺麗にぴったり貫けたのは静一人だけだった。
「見てろよ、僕だってやってみせるんだからな!」
そして、大空の番がやってくる。まっすぐ人差し指を的に向けて、彼が意識を集中させた。そして。
「〝Tidal-Wave〟!」
どうやらそれが、水属性の最強魔法というわけらしい。大空の指先から放たれた激しい水流が、一直線に的の方へと飛んでいく。
「お、おおおお!」
――これは、イケるんじゃないか!?
少々水飛沫が跳ねてはいるが、他の生徒たちと比べると明らかにセンスがいい。水流はまっすぐ的の方へ飛んでいき、中央部分を刺し貫いた――ように見えた。
しかし。
「……ああ、ダメだ。強すぎた」
彼はがっくり肩を落とした。
うまくいったように見えたのに何故、とミノルはまじまじと的を観察する。そして気づいた。
先生は、的のど真ん中、赤い円の中心だけくりぬくようにと指示したのである。静はそこに、百円玉サイズの穴だけあけるという技をやってのけた。
しかしミノルの場合は――明らかに穴が大きい。掌を広げたよりもずっと大きな穴が的の中心に空いてしまっている。明らかに、最初にあった赤い円のサイズを大幅に超えている。
「あらら……凄いじゃない大空くん。でも惜しい。貴方ならもっとイケるはずよ」
あやめも期待しているからか、笑ってそんなことを言う。
「もう少し威力を絞り込んでみて。それと……さっき攻撃した時、あっちこっちに水しぶきが散ってしまっていたことに気付いていたでしょう?」
「ですね……」
「水魔法だから、体が濡れる程度で済んだのよ。でもこれが炎魔法や闇魔法だったら、傍にいる人間もそれなりにダメージを受けてしまうわ。これは、威力を抑えきれなかったから余波が出てしまったということなのよね。……次は、水飛沫も可能な限り散らないように気を付けてみて」
「わかりました」
そんなアドバイスをするのも、彼にセンスがあると認めているからだろう。的を撃とうとして吹っ飛ばされているような生徒たちには、あやめは何も言っていない。言ってもどうしようもないとわかっているからだ。
「くそがっ!」
相変わらず口が悪いのは泰輔である。彼が得意な魔法は雷魔法らしいが、制御しきれず的の頭をもろに吹っ飛ばしてしばっていた。しかも、後ろの塀も若干焼け焦げている。脳みそ筋肉っぽい見た目からして、やはり細かな作業は得意ではないということらしい。
的の上だけ吹き飛ばしている以上、他の生徒よりは上手い方なのかもしれないが。
「何見てんだよ一倉、あぁ?」
「うげっ」
でもってミノルの視線に気づいたのか、泰輔がギロリとこちらを睨みつけてきた。ずかずかと歩み寄ってきて、二メートル近い巨躯でこちらを見下ろしてくる。
「喧嘩売ってんのか?馬鹿にしてやがんのかよ、そんなことができる立場か、ええ?」
「五條。貴方もう、約束忘れたんですか?陛下にちょっかいかけられないはずですよ、貴方は。魔女の
すぐに静がやってきて間に入ってくる。すると泰輔はぺっと地面に唾を吐くと、静を忌々しそうに見つめた。
「おう、喧嘩はしねえよ?ちょいとクレームつけてるだけだ。それとそっちから喧嘩売ってきたらノーカンだろうぜ、多分だけど!」
「誰が喧嘩売ってるっていうんです?見ていただけでしょう、陛下は。あ、それとも見られているだけで劣等感が刺激されて惨めな思いをして辛いから配慮して欲しいということですかね?それは失礼しました」
「なんだとてめえ!?俺は惨めなんかじゃねえ、あの時は奴がサッカー経験者だって知らなかっただけだっつーの!」
「サッカー経験者じゃなかったら勝負自体成立してないでしょうが。魔女の
「はああああ!?てめえ、表に出ろや!てめえと喧嘩するなってルールはねえだろうがよ!!」
「本当に馬鹿ですねえ。この間コテンパンのボッコボコにされたばっかりなのに凝りてないんですか?実はマゾなんですか?そういう趣味に巻き込むのやめてほしいんですけどー?」
「俺はMじゃねえ!どっちかというとSだ!」
「ドMの人ほどSだと思いたがるんですよね、あら不思議」
「このやろおおおおお!」
あ、これ怖い。ミノルはずささささ、と思わず大空の後ろに隠れていた。小柄な大空の背中に隠れきるのは不可能だとわかっていたが。
「……ミノルくん。それかなりかっこ悪いよ」
「うっせ」
「……怖いのはわかるけど、うん」
あ、やっぱり大空も怖いってわかってるのかアレ。ミノルはちょっとだけ安堵してしまう。
そもそも、どう見ても本気でキレているのが泰輔だけなのも恐ろしいのである。明らかに静の方は遊んでいる。
今が授業中であることを忘れているのだろうか?しかも。
「はいはい、そこの二人ー?今は授業中だから、喧嘩しないでね?」
しかもここであやめ先生がしれっと天然爆弾を落とすからどうしようもない。
「もし場外乱闘するなら、第二訓練場があいてるからそっちでやってね?あ、怪我しても助けないから自分たちでなんとかしてねー?」
「先生止めろよ!?」
やっぱりダメだこの先生!
そこそこ常識人の自覚があるミノルは、頭を抱えることになったのだった。
***
さて、そんなミノルは結局、的当てができたのかと言えば。
「ぐ、ぐぐぐぐっ」
今日初めて、線香花火レベルの火の玉が出せるようになっただけの人間である。当然、魔力を練り上げるだけで時間がかかってしまう。
でもって。
「ふぁ、〝Fire〟!」
気合一閃、指先から火の玉を飛ばそうとしても――やっぱり生み出されるのは、線香花火のさきっちょ程度のものでしかない。ふよふよふよ、とゆっくり飛んだかと思うと、あっけなく地面に落下してしまうのだった。
まあようするに、的に当てるどころか、辿り着くことさえままならなかったわけである。
「ぶははははは!さ、さすがだな、魔王様の実力見させてもらったぜ、はははははは!」
「ぐうううう!」
でもってそれを見た泰輔が、さっきまでの怒りさえ吹っ飛んだ様子で大笑いしているのが惨めすぎる。やっぱり、今日はまだ実習に参加するのは早かった、ということだろうか。
「陛下、そう落ち込まないでください」
しゃがみこんで悶絶したミノルを助け起こしたのは、やはり静だった。上から至近距離でその美貌に見下ろされるのは、はっきり言って心臓に悪い。シャツの隙間からセクシーな鎖骨がちら見するから余計に。
「大丈夫です。……朝練した時よりも、魔力を練る時間が大幅に短くなってきていますから」
「そ、そうか?」
「ええ。それに今朝よりも、火の玉の飛行距離が長くなっています。充分すぎるほど進歩ですよ。魔法の訓練を今まで一切してこなかったと考えると、むしろ才能がある方です」
「そ、そうかなあ……」
静にそう言われると、なんだかそんな気がしてきてしまう。
いいですか、と今度は静はミノルの右側に立った。そのままミノルの右手を支えて、まっすぐ的へと向けさせる。
「元々、炎属性魔法の火の玉って、そう早く飛ぶ者ではないと言われているんです。氷属性魔法とか、雷属性魔法の方が素早く飛んでいくんですよね。スピードを上げたいなら、より強くイメージすることです。早く飛ぶもの、貫くもの。そのイメージを強く持って、的の中心に狙いを定めてみてください」
言われるがまま、ミノルは目を閉じる。魔力を高めながら、的をまっすぐ狙い打つ自分を想像した。
あの的を見た時、最初に思ったのは射撃場の的っぽい、ということ。正確に何かを撃ち貫くものであり、素早く飛んでいくもの。やはり銃弾、で想像するのが一番いいだろう。
――俺は今、魔法という名の銃を構えている。
ヒットマンのように、マフィアのように、警察官のように、西部劇のように。ピストルを構えて、的のど真ん中に照準を合わせる。
暗闇の中、ミノルは拳銃を構えていた。
銃弾を放て。その先から飛び出すのは、炎を纏った弾丸。一寸の狂いもなく、的の中心を貫き通す魔力。魂の一撃。
――今だ。
目を見開いた。そして。
「〝Fire〟」
先ほどより、呪文を唱える声が震えなかった。
ぼっ、と音を立てて指先から生まれる火の玉。線香花火より、だいぶ大きい。そして速い。
まっすぐ的の方へ飛んでいき、ど真ん中に命中した。じゅううう、と焼ける音とともに――的の真ん中に焦げ目がつく。
貫くことこそできなかったが、しかし。
「や」
思わず、声を上げていた。
「やったあああああ!」
さっきまでより、遥かに狙い通りに撃てた。ミノルが叫ぶと、静、大空をはじめとしたクラスメートがぱちぱちと拍手してくれる。泰輔だけは、忌々しそうに舌打ちしていたが。
「見事です、陛下」
静が心から嬉しそうな声で言った。
「この調子で、特訓あるのみですね」
「おう!」
少しでも早く、強くなりたい。
そうすれば、目の前の彼を、もっと安心させてやれるはずなのだから。