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<25・三ノ宮大空のゲーム>

「君は五條の奴のゲームしか知らないだろうから、ちょっと解説するねー」


 ミノルが青い半パン型の水着に着替えたところで、大空が再びミノルをプールサイドに連れ出した。


「見てて」


 彼はそう言って、プールに向かって手を翳す。すると、キラキラと光が飛び散り、プールの中にいくつものカラフルなボールが出現したのだった。

 青、黄、赤の三種類。十数個以上はあるだろうか。大きさはサッカーボールくらいだが、全てビニール製であり無地であるようだ。あまり重たくはないのか、そしてたっぷり空気が入っているからなのか、ほとんどがプールの上にぷかぷかと浮かんでいる。


「え、これ、何したんだ?と、突然ボールがいっぱい出てきたぞ!?」

「この魔女の夜会サバトの特殊な性質なんだよ。この魔法を発動させた人間がゲームのルールを決めることになるだろ?その時必要な道具は、魔法でいくらでも出現させられるようになるんだ。もちろん、ゲームと無関係な道具とか、ルール外で相手を殺せてしまうような武器とかは出ないみたいだけどね」

「なるほど……あ」


 そこで、ようやくミノルはあることに気付いた。そういえば泰輔と最初に戦った時も、どこか違和感を覚えたのではなかったか。

 自分と静が彼と戦ったのは、変則的なミニサッカーだったわけだが。




『勝負は……これだ』




 泰輔はどこからともなくサッカーボールを取り出した。それまで空手に見えていたにも関わらず、だ。

 あれはゲームに必要だったから、あの空間限定でサッカーボールを出現させることができた、ということなのだろう。

 ひょっとしたらその気になれば、サッカーコートとかゴールとかも出現させることができたのかもしれない。あの時自分達は結局、フットサルコートへ自分達で移動したわけだが。


「……てっきり、普通に競泳で勝負すると思ったんだけど?」


 ミノルが尋ねると、「それはないよ」と大空は肩をすくめた。


「魔女の夜会サバトの制約なんだよねー。確かに発動者は自分が得意なゲームで挑むことができるけど、あまりにも有利すぎる条件は弾かれるんだ。例えば僕が戦場で訓練した射撃の名手だったとするじゃん?その僕が、君にピストルで早撃ち勝負しろ!って宣言したら……まあ、まず通らないんだよね。圧倒的に僕が有利すぎるから。ましてや、一般人は拳銃撃つ訓練なんかしてないから、撃鉄を起こすことさえ知らない可能性があるじゃん?」

「ああ、さすがに勝負にならないレベルは却下される、と」

「僕は水泳部だから水泳得意だし、単純な競泳勝負じゃ僕が有利すぎるからね。まあ……君の運動神経ならワンチャンあるから申請すれば通ったかもしれないけど、あんまりにも簡単に勝てる勝負じゃつまんないもん。というわけで、ちょっと特殊なルールを用意しました」


 じゃじゃん!と彼は大袈裟に効果音を唱えてみせた。


「勝負は、二十五メートルプールの端から端までを四往復すること!つまり、百メートル勝負だね。ちょっとここ見て」


 呼ばれるがまま、ミノルはプールの第一コースの方へ歩いた。見れば、金色の板のようなものが壁に貼り付けられているではないか。


「センサーなんだ、これ。タッチした時間を正確に割り出すことができる」

「ほうほう」

「ターンの際は、必ずこのパネルをタッチすること。ちゃんとタッチしないで折り返した奴には電撃でペナルティがあります!びりびり痺れて痛いよー」

「ま、また電気か!」


 泰輔とのサッカー勝負を思い出してげんなりする。あの時喰らった雷魔法は結構痛かった。物理的に怪我をするほどではなかったので良かったが。


「先に百メートル到達した方が勝ち。なお、プールに浮いているボールは……触るとそれぞれの色に応じたダメージが入るよ。青は氷属性、凍てつく痛み。赤は炎属性、焼け付く痛み。黄色は雷属性で、びりびり痺れて動けなくなるってかんじ!」

「なるほど、あのボールをよけながら泳ぐしかないってわけか」

「そ。普通の競泳勝負よりスリリングでしょー?」

「……大体は理解したよ」


 つまり、ボールをよけながら百メートルを泳ぎきる勝負、というわけだ。ただしターンの際はきちんとタッチすることが求められる。


「種目は?」


 これも大事だ。泰輔もそれくらいは知っている。そして、泳法によって多少やり方が変わってくるのだ。


「百メートルで、泳ぐ時は平泳ぎしか認めません!ていうか、自由形だと僕が有利すぎるからナシー」

「自信満々じゃねえか、クソッ」


 どうせ平泳ぎも得意なんだろうなこいつ、と腐りたくなるミノルである。というか、ミノルがあまり平泳ぎが得意ではないのだ。

 クロールと比べて、平泳ぎは上級者向けだとよく言われている。独特な姿勢で水を蹴って進むのでコツがいるのだ。またクロールと比べて速度が出ないはずである。何故、ゆっくりと勝負をつける方向に持っていくのか。


――ただし、クロールよりも体力は持つ。百メートル泳ぐだけなら問題はないけど……。


 相手は現役水泳部員。同時に、障害物を避けながら進まなければいけない。とすると。


「普通の競泳勝負じゃないんだよな。なら、ボール避けて他のコースに入っちまうのはアリなわけか?」


 本来、まっすぐ進まなければ距離が伸びて不利になってしまう。が、今回のように特殊な障害物がある場合は別だ。

 恐らく、触ってしまうと数秒動けなくなってしまう。その間に差をつけられてしまうことを考えると、多少距離が伸びてでも回避を優先させるべきだろう。


「問題ないよ。なんなら、相手の進路妨害してもいいってことにする。あ、ターンの時のタッチは両手でやらなきゃだめだよ、平泳ぎだからね!」


 というわけで、と大空が派手に手を叩いて言った。


「とりあえず、やってみよっかあ!……百メートルあるんだし、泳いでいる間に対策とかいろいろ考えてみてよ。サッカー部のキャプテンだったなら、それくらいの頭はあるでしょー?」


 いちいち棘のある言い方をしてくれる。ミノルはべー、と舌を出して言った。


「ぜってー負けねえわ!」




 ***




 冗談ではない、のである。

 今回は泰輔の時とは違い、負けた時のペナルティがはっきりしていない。ただ完全にミノルを油断させて、静がいない時に連れ出してきた大空である。何かよからぬことを考えているのは確かなのだ。

 それこそ、どんなとんでもない命令を下されるかわかったものではない。少なくとも継承者に自分を指名しろ、そのために抱かれろと言われるのは覚悟しておかなければいけない。――大空の楽しそうな顔からして、それだけで済まなそうなのが恐ろしいが。


――とにかく、泳ぎながら考えるんだ。


 最終的に第五コースに大空、第六コースにミノルが立つことになった。プールサイドの淵にしっかりと足をつけて飛び込みの姿勢を取りつつ、頭を回すミノル。

 真っ当に泳ぎの勝負をしたって、現役水泳部に勝てるはずがない。だが、魔女の夜会サバトによってこの勝負が成立している以上、必ずミノルにも勝てる見込みはあるがずなのだ。


――障害物が鍵であるはず。でもって相手の進路を妨害してもいいんだ。うまく使って、活路を見出すしかない。


「レディ……」


 大空の声が聞こえた。


「ゴー!」

「くっ」


 その声にあわせて、ミノルは可能な限り強く床を蹴った。ばしゃん!と派手な水音が響き、全身が生ぬるい水に浸かることになる。ちゃんとストレッチなどの体操はしたが、それでも少し冷たい気がする。今日は水温が低めに設定されているからなのか、あるいはミノルが単に慣れていないせいなのか。


――く、くっそ!もう差がついてやがる!


 実は水泳という競技は、飛び込みが非常に重要なのだ。何故ならジャンプして水を飛び越えて先に進むことができるのだから。

 が、これが存外難しい。泳ぐのは得意な水泳部員でも、飛び込みだけはなかなか上達しないなんて人も時々いると聞いたことがある。何故なら、水に綺麗に入るには技術がいる。同時に頭から飛び込むためには本能的な恐怖心を克服することも必要だ。今のミノルのように、派手に水しぶきを上げて腹から落ちていてはちっとも距離が稼げないのである。

 泳ぎ始めた時点で、既に大空はかなり先へ進んでしまっていた。早く追いかけなければ、と手足を動かして先に進もうとするミノル。

 しかしこの瞬間、ミノルは障害物の存在をすっかり忘れていた。左手が思い切り、青いボールを弾き飛ばしてしまったのである。


「ぎいいいっ!?」


 キイイイイン!と頭の中で音がしたような感覚。ボールに触れた指先から、凍てつく痛みが迸る。思わず呻いて、その場で固まったしまった。実際手を見ても怪我などはしていないが、それはさながら凍傷を負ったような痛みだったのである。


――こ、これは、厄介な……!


 今触ったのは青いボールだが、恐らく赤いボールでも似たような痛みを受けることになるのだろう。黄色いボールに至っては痺れて暫く動けなくなるなんてこともありそうだ。なんとかして、ボールを避けながら進むしかない。

 問題は、その数が多いこと。ボールに触らないようにしながら動くには、隣のコースへ移動しなければならなかった。やむなくミノルはロープの下をくぐって第七コースへ泳ぐ。その間にも、大空はぐんぐん進んでいく。

 生涯物があるのは彼も同じはずなのに、何故あんなに早いのか。


――そうか、ボールの殆どは浮いているから……なるべく沈んで、潜水で行けばいいのか!


 公式ルールでは、平泳ぎにおける潜水距離は限定されていると聞く。しかし今回、潜水に関してまったくルールが定められていない。可能ならばプールの端から端まで潜水で進んでも問題ないということだろう。

 ミノルも水の中に潜る。さっきまでより、圧倒的にボールを避けやすくなった。足で水を蹴り、両腕で水を割りながら一心不乱に進んでいく。しかし。


――だ、ダメだ……俺のスキルじゃ、そう何メートルも潜水はできねえ……!


 当たり前だが、潜水を続けるには限界がある。呼吸をするために、頻繁に浮上しなければならなかった。

 当然、大空の方がずっと潜水できる距離は長いのだろう。同時に息継ぎのタイミングも安定しており、時々息を吸うために頭を出してはすぐに潜っていくということを繰り返している。

 そうこうしているうちに、あっという間に大空は二十五メートルを泳ぎ切り、ターンしてしまった。ミノルも大幅に遅れて到達する。この調子では、いくらやっても大空を追い越すことなどできないだろう。


――何か、できることがあるはずだ。あいつを先に進めないためには……!


 その時、ミノルの目に入ったのはぷかぷかと浮かぶ青いボールである。そのサイズは、サッカーボールと同じくらいなわけで。――ならば。


――イチかバチか、やってみるしかねえ!


 ミノルは覚悟を決めて、ボールを掴んだのだった。


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