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<24・そして、愉快犯>

――くそ……油断した!


 まさか大空が自分に勝負を仕掛けてくるなんて思いもしなかった。ミノルは舌打ちをしながら周囲を見回す。

 前回、泰輔と戦った時と同じ。紫色の光で世界が覆われている。プールサイドの床、壁、高い天井。窓の向こうに見える空も綺麗な紫色だ。


――一体、何が目的なんだよこいつ……!こいつも、継承者を狙ってるってことなのか?


 いや、狙っていないはずはない、ないのだが。

 今までの大空の言動から、その気配を一切感じていなかったのが不気味なのである。一週間、クラスでも静に次いで一緒にいた時間が長いはずだというのに。


「お前、何考えてやがるんだ……?お前も、継承者になりたいってか?」

「あのね、この魔王学園にいる時点で、全員継承者候補なんだってば。先生から話聞いてなかったの?ミノルくん」

「候補であることと、積極的に狙いに行くかは別モノだろうがよ」


 泰輔の言動から、薄々察していることではあるのだ。継承者候補生とはいえ、みんなが望んでこの魔王学園にいるわけではない。そもそも、寮生活という名目でろくに敷地の外にも出られず、実質軟禁されているような状態になるのだ。他に行きたい学校ややりたいことがあったのに、魔王の素質が認められたからという理由だけで親に無理やりこの学校に入れさせられた、みたいな生徒も少なくないのは透けている。

 実際クラスでも、数人の生徒はこんなことを言っていたのだ。


『ミノルとエロいことするのが嫌なわけじゃねえけどさ。あんま気が進まないんだよな。だって次世代魔王になったら、進路それで固定されるし?』

『戦争に嫌でも出なきゃならんくなるしね』

『それそれ。怖い目とか痛い目に遭うのも嫌だっつーかさ。まあ、この学校にいる時点で、継承者にならなくても魔王軍メンバーの候補だから逃げられないかもしれないけど。でも、指揮官っつーのはさあ……なあ?』

『ボクもボクも。できる自信なしー』

『だよなあ?』


 うんうんと頷き合っていたクラスメートたちに、嘘を言っている気配は微塵もなかった。

 つまり、継承者の候補生である魔王学園三年生であっても(一年、二年は対象外だと聞いている)、本人にその気があるかどうかは別問題だということである。

 てっきり大空も、あまり前向きに考えていないのかと思っていたが。


「まあ、そうなんだけどさ。……親の期待背負ってこの学校に来てるヤツ、少なからずいるわけよ。僕もそういうところは同じ。ものすごーく平凡な庶民の家の生まれだけどさ、魔王の継承者になったらその時点で……英雄も同然なんだ」


 大空は真剣な顔でそう言った。


「莫大な支援金。VIP待遇。家族親戚にも良い暮らしがさせてあげられるし、魔族の歴史に一生名前が刻まれるほどの栄誉を得られる。たかがお金と思うかもしれないけど……そのたかがお金が、喉から手が出るほど欲しい奴もいるわけ。そういう奴は、それこそ手段を選ぶこともなく君を狙ってくるわけだよ」

「それは、そうかもしれねえけど……でも、お前は……」

「君は、危機感が足りない。壊滅的に足らない。静くんが毎日どんだけ気を張ってるか気づいてるわけえ?」

「え」


 ミノルの言葉を遮り、厳しい声を出す大空。そう言われると、なんとも言えない。確かに、少し姿が見えなかった静が帰ってきた時――やたらと怖い顔をしていることが何度かあったけれど。

 それに、自分と一緒にいる時も妙に周囲を伺っていると感じることはあったけれど。


「君はまだ、静くんに守られている段階。そういう自覚もないからこうして油断して、あっけなく僕のフィールドに引きずり込まれてる。ほんと、馬鹿だよねえ」


 はあ、と彼は深々とため息をついた。


「ま、いーけどさ。君はどうせここで負けるんだし?……勝利した時の条件は単純明快にしとこか。負けた方が、勝った方の言うことをなんでも一つ聞くってことでー」

「お、おい……!」


 確かに分かりやすいと言えばわかりやすいが。それはそうとして、なんでも、というのはかなりきつい。

 つまり、具体的に何を命令されるのか、ゲームが終わらない限りわからないということではないか。単純に継承権を渡せというだけならまだしも、永続的に効果があるような厄介な命令を下される可能性もなくはないわけで。


「お前、次の魔王になりたいんじゃないのか?だから俺に継承の儀式をさせたいとか、そういうことじゃねえのかよ?なんでそんなぼんやりとした条件にするんだよ……!」

「いやだって、そっちの方が面白いじゃん?」


 あっけらかんと言う大空。


「何を命令されるのかわからない、これ一番怖くてドキドキするよねえ?うふふふふ、僕が勝ったら、君の意志は僕の思いのままだねえ。一生操り人形にするでもよし、裸で校庭を疾走させるのもよし、僕の目の前で自殺しろってことでもよし、もちろん……継承権を渡す時に、一番恥ずかしいプレイをさせるってのもいいよねえ。想像するだけで楽しくなっちゃう!」


 勘弁してくれ!と悲鳴を上げたくなるミノル。というか、いくつか社会的に死にそうなものが含まれているのが恐ろしいのだが。


――裸で校庭走らせるとか最悪すぎるうううう!つか、そんなことさせてお前になんのメリットがあるわけえ!?


 いやしかし、大空の性格なら単純に「だってそれって面白そうじゃん?」とか帰ってきそうなのが怖い。めっちゃ怖い。

 一週間話していて、彼がいわゆる愉快犯的性質を持っていることは薄々気づいていたけれど。


「絶対ごめんなんですけど……!」


 呻くように言えば、大空はからからと声を上げて笑った。


「うんうん、その顔その顔。マジになってきた?大丈夫だよ、僕に勝てばいいだけのことなんだから!」

「っていうけど、プールに連れてきたってことはやるのは水泳なんだろ。絶対お前に有利な条件じゃねえか!」

「当たり前でしょ?自分が得意なものでゲーム挑まない馬鹿いる?勝てると思ってるから勝負ってするもんでしょーが」

「はいはい仰る通りでございますねコンチクショウ!」


 ああもう、本当にこいつは!と頭を抱えたくなる。そのまま大空に腕を引っ張られて更衣室に連れ込まれることになった。

 ずらずらと並んだロッカーの一番奥、備品入れと書かれたプレートが貼られた棚がある。そこから、大空はビニールの袋に入ったままの新品の水着を一つ取り出し、ミノルに渡した。


「はいはい、まずは着替えてね!いろいろ種類あるけど、とりあえずルーズタイプのやつでどうかな?これならチ●のサイズも出ないから、小さくてもバレないし!」

「小さくねえし!ていうかお前可愛い顔でそういうこと言うのやめてくれる!?」

「え、じゃあスパッツ系とかがいいの?もろに形出るけどそういうのが好み?は、それとも水泳部に入ってくれるつもりだから競泳用をご所望とか!?」

「目を輝かせるな!そして微妙にシモいネタ言うなー!!」


 このガキめ!と思いながら半ズボン型の水着を受け取ることにする。

 とりあえず、このゲームが終わって自分が正気を保っていたら、こいつを一発どつこうと決める。


「……着替えるから外行けよオマエ」


 でもって、ミノルがロッカーの前で佇んでいると、すぐ横でニコニコしながら立ったままの大空がいるわけで。彼は平然ととんでもないことを言うのだった。


「え、着替え見せてよ。いいじゃん男同士なんだからー」

「男同士でセックスするだのしないだのって話が出るような場所だぞここ!?」

「尚更いいじゃん!見ればその時の参考になるかも!」

「参考にすんなボケー!!」


 おかしい。ゲームを挑まれて、結構緊迫感のある場面であるはずなのに、まるで緊張感を感じない。むしろ、段々こいつと漫才コンビを組んでいるような気持ちになってくる。


――俺はツッコミ芸人に就任する予定はねえよ!


 静が来たらツッコミしてくれるだろうか、と思ってやめた。それ以前に、こうして一人でゲームをすることになっているのをめっちゃくちゃ叱られそうな予感しかしなかったからだ。


――ああもう、最悪!




 ***




「……本当に最悪です」


 はあああああ、と静は盛大にため息をついた。

 教室に、ミノルはいなかった。いや、痺れを切らして校長室の方に来るとか、そう言う可能性はあると思っていたのだ。あるいはその辺をふらふら散歩に行ってしまうとか、トイレに行ってしまう可能性も。

 だがしかし、まさか大空に連れ出されていようとは。彼は自分が四方八方から狙われているという自覚がないのだろうか。


「とりあえず陛下は後でシメます。もちろん大空もシメます」

「し、静、落ち着けって、な?」

「うんうんうん」


 ゴゴゴゴゴ、と怒りを滾らせる静を見てか、教室にまだ残っていたクラスメートたちは引きつった顔で止めにかかる。


「一倉だって、ずっと待ってて暇だったんだって。それに、相手が三ノ宮じゃ、油断するのもしょうがないっていうか……なあ?」

「そうだよ、ね?あんま怒らんであげてよ」

「ぐぬぬぬぬ」


 まあ、そのようなフォローが入るのもわかる。

 しかし静は、他の皆より大空の性格をわかっているつもりなのだ。あの気紛れでゴーイングマイウェイが過ぎる愉快犯、ほっといたら何をするかわからないのである。無論、攻撃的な性格ではないし、ミノルを相手に無茶すぎる要求をしてくることはないとは信じたいが。


「二人は、水泳部の見学に行った、と言ってましたね」


 本当に頭が痛い。


「今日、水泳部の活動は休みなはずなんですがね……」

「あれ、そーだっけか!?」

「そうなんですよ。それなのにプールに連れ込んだってことはまあ、そういうことでしょうよ」

「うわ、あっちゃー……」


 絶対、ゲームを挑んでいる。それも、明らかに大空に有利なゲームを、だ。


――もう始まっているでしょうから、僕が行ってもどうにもならないかもしれませんが……行きますか。


 このまま黙って見ているわけにもいかない。ミノルはクラスメート達にお礼を言って、その場を後にしたのだった。

 自分が辿り着いた時にはもう勝負が終わっていて、ミノルがぶっ倒されているという結果でなければいいのだけれど。


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