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<21・恋心と小悪魔の誘い>

――あああ、あ、あれは一体どういう意味なんだあああ!?


 心の中で叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。そりゃあもう、叫ぶったら叫ぶ。

 昼休みの時間に、うっかり静から言われた言葉が頭の中で完全にぐるぐると回ってしまっている。




『昔から言うでしょう?恋とは、盲目なもの。惚れた男を守りたいと思うのは、何も間違いではないのですからね』




――ほ、ほ、惚れた男?俺のことか、え?し、静は俺のことが好きって、そんなことあるんか?あの超絶美人が!?


 いや、男だ。勘違いしてはいけない、相手は男なのだ。そういう趣味がある一部の人以外は、男は男を好きになることはないはずである。まあミノル自身は前世からして潜在的にバイセクシャルであるそうだが、それはミノルの話であって静の話ではないのだ。

 何がなんだか、さっぱりわからない。

 いやだって、彼がミノルと同じ部屋になり、一種サポートを任されたというのは――ミノルと出会う前に決まったことであるはずである。流石に出会ってもいない段階で惚れられていたなんてこと、あるはずがない。一目惚れにすらなりえない。ならば、元々そういう役目を受けていたけれど、一緒にいたらますます好きになったとかそういうことだろうか?

 いや、でも、今のところミノルは静相手にちっともかっこいいところなんか見せていないし、惚れられる要因があるとも思えない。とても悲しいことだが、彼に比べたら容姿だって平凡という自覚があるから尚更に。


――どういうこっちゃねん……!


 ついつい関西弁でツッコミを入れてしまうミノル。おかげさまで、午後の授業はまったく頭に入ってこなかった。まあ、フェイタルワールドのよその国の言語の授業だの、ジオンド合衆国の古代語などを学んだところで、自分のすっからかんな頭で理解できるとは思えないのだが(そして後に役に立つとも思えないわけだが)。

 ある意味目は醒めた。眠らずに済んで、先生たちに叱られずに終わったのは良いことなのかもしれない。とりあえずそういうことにしておこう。


「ミノルくんさー」


 放課後。

 静が先生に呼ばれてしまったので、教室で待っていてくれと言われたミノルである。一人席に座ったままぼんやりしていると、大空が声をかけてきたのだった。


「昼休み、何かあった?完全に上の空っぽいじゃん」

「あー、いや、えっと、その」


 この三ノ宮大空という少年も、結構何を考えているのかわからない人物ではある。見た目は小学生のように可愛らしいし、天真爛漫なので話していても楽しいのは間違いないが。


「……えっと、大空ってさ。静と結構仲良かったりする?」


 そのまんま伝えるのはどうしてもはばかられる。よって、変化球で攻めることにするミノル。


「この間さ、結構仲良さそうにおちょくってたカンジがする、というか?どういう関係なのかなと」

「んー、そうだなあ。悪友みたいなかんじ?」

「あくゆう……」

「うん。喧嘩友達でもあるのかも。静くんって、どうしてもミステリアスで近寄りがたい空気あるからね」


 くいくい、と人差し指を一本立てて大空が言う。


「いいやつなんだよ。ちょっと物静かで、表情が乏しくて……美人がすぎるってだけで。しかも、体育以外の成績は学年トップクラスなわけだからね。高嶺の花って言ったらわかる?静くんのこと気になる人は多いんだろうけど、だからっておいそれと話しかけられない空気があるっていうか。……しかもあれで結構沸点ひっくい。ブチギレすると、お綺麗な顔とうってかわってめっちゃ毒吐くし」

「あー、うん……それは、わかる」


 結構毒舌家っぽい、というのは感じ取っていたことだ。ミノルは苦笑する他ない。


「僕だって最初に話しかけた時は面白半分だったもん。あの鉄面皮が変な顔するのを見てみたかった、みたいなー?」

「おま、動機酷いなオイ」


 それもわからなくはないと思ってしまった自分も末期か。大空の額にチョップを落とす真似をする。


「でもでも、実際に喋ってみるとわかるでしょ?静くんがどういうキャラなのか、とか本質的なものの一部とかさ。思ったより面白い奴だったし、一生懸命なやつだった。だから僕、静くんのこと嫌いじゃないよー。……あれ、天才型じゃなくて超努力家だしね。そういう人って、応援したくなるでしょ?」


 ちょっと一生懸命すぎて周り見えなくなる時あるけどね、と天を仰ぐ大空。


「ミノルくんも気づいてるだろうけど……静くんは校長に、ミノルくんのサポートとか護衛とかいろいろ任されてるわけ。なんでそういう役目が必要なのかは、ミノルくんも既に気づいていると思う。ミノルくんから継承権を貰おうと、無茶する輩がいっぱい出るって想定されてるからだね」

「……そう思うなら、もうちょっと規制かけるとかしてくんねえかなあ。魔女の夜会サバトって魔法自体、超危険じゃねえか。俺以外にも使われて、奴隷にされる奴も出そうなもんだろ」

「実際、それは問題になってるよ。でも学校側は、使用を許可……正確には黙認か、そういう状態なわけ。魔法使って、生徒が小競り合いをするのを放置してるんだ」

「なんでだよ、怪我したりとか、尊厳とか……」

「魔法って、基本使えば使うほど熟練度上がるしね。……お互い魔法で戦うことで、全体のレベルを上げたいとかそういう狙いがあるんだと思う。……確かに、基本的には魔王の地位を継ぐ人間が、高い魔力やスキルを持ってなかったらお話にならないわけだし」

「……言いたいことはわからなくはないけど」


 まあ、とにかく。

 そういう輩から少しでもミノルを守るのが静の仕事、ということだろう。正直、一介の生徒に任せるには荷が重すぎるような気がしないでもないが。


「何であいつが選ばれたんだ?それがちょっと疑問だぜ、俺は」


 これもついでに尋ねてみることにする。無論、大空もただのクラスメートなので全て把握しているとは思っていないが。


「静も、魔王の継承者候補なわけだろ。つまり、俺の寝首を掻く可能性もあるわけだ。でもって、四六時中俺と一緒にいてポイント稼げるっていうのは……他の候補者たちと比べると、あんまり平等じゃないような気がするんだけど」

「ん、一理あるね。でも僕は逆だと思ってるなー」

「逆?」

「そうそ」


 がたん、と椅子をうしろに倒してそっくりかえる大空。その眼が、天井を見つめる。


「悔しいけど、静くんは成績いいし、先生受けもいい。……メタな話さ、先生達からしても……彼が魔王の力を受け継いでくれたら安泰だって思ってるとこ、あるんじゃない?だったら、その安泰な生徒がちょっと有利になるようなポジにつけてもなんらおかしくないよ」


 その上で、と大空は続ける。


「卑怯な手で寝首をかくとか、ミノルくんを過剰に傷つけるような真似をしない人間。冷静に、事態の把握に務められる人間。……いろんな意味で、静くんは適任だったんじゃないかな。まあ、本人が自分からミノルくんのお世話係を名乗り出たって噂もあるんだけどね?」

「そ、そうなのか?」

「あくまで噂、噂。本当のところは知らないよ?」

「え、ええ……」


 なんだろう。ますます謎が増えてしまった感がある。

 一番近くにいる以上静とはなるべく仲良くしたいし、彼のことを知っておきたいとは思うが――結局、彼が今本当は何を考えているのか、についてはわからないことだらけなのだった。

 望んでミノルのお世話係兼護衛を買って出た。それが本当だとしたら、その目的はなんだろう?やはり、彼も継承者を狙っていて、そのために有利な場所にいたかったというだけだろうか?

 あるいは、まさか出会う前からミノルのことが好きで傍にいたかったとか――。


――いやいやいやいや。さすがにそれはファンタジーが過ぎるだろ……!


 ミノルはぶんぶんと首を横に振った。

 もう少し本人に話を聞いてみた方がいいのかもしれない。正直また、意味ありげな言葉で煙に巻かれる気しかしないが。


「ねえ、静くんのこともいいけどさあー」


 もだもだと考えていると、大空が椅子を戻してズイッと顔を近づけてきた。


「ミノルくん、いつになったら部活動入るのお?」

「え?部活動?」

「この間、五條のやつとサッカー対決してたじゃん?サッカー得意そうなのに、サッカー部に見学に来ないってサッカー部の奴が嘆いてたよ?それに、部活動見学も中途半端にしかやってないっていうじゃんか。みんな、ミノルくんに入って欲しがってるのにさー」


 そういえば、すっかり忘れていた。確かにせっかく学園生活を送るのならば、部活動くらいやった方が楽しそうではある。

 まあ正直なところ、下手に大会レギュラーなどに選ばれてしまうと帰る時に面倒なことになりそうなので、そこだけ少し悩んでいたのだが。


「サッカーは……いろいろあって、その、もう一回やるかどうか悩んでで」


 泰輔との勝負で、サッカーの面白さを再確認してしまったのは事実。この学園にいる間は気兼ねなくサッカーができるというのならそうしたい気持ちもある。

 ただ、それは一時の逃げではないのか、なんて思ってしまう自分もいるわけで。


「部活やらないと、放課後暇じゃない?うちの学校、おいそれと敷地の外に出られないわけだしさ」


 ぷくー、と大空は頬を膨らませる。そういう顔をしていると、本当に小学生にしか見えない。


「確かにスーパーとかコンビニとかあるし、ゲームとかをネットで購入して寮に持ち込んでる奴も多いから……娯楽がないわけじゃないけどさ。でもやっぱ青春っていったら部活じゃん?スポーツじゃん?芸術じゃん?」

「わからなくはないな。……部活やってる間はみんな寮に来ないから暇ってのもあるし」

「でしょー?ね、部活見学再開しようよ。僕もさ、君を勧誘したくて仕方なかったんだから!」


 そういえば、大空がどんな部活をやっているのか聞いていない。この学校はヘンテコな部活や同好会が乱立しまくっているのを知っているので妙なところだったらさすがに困るのだが。


「妙ちきりんな部活なら最初から断るぞ?」


 一応釘をさすミノル。しかし大空は。


「妙ちきりんでもなんでもないから!ふつーの水泳部です!」

「あ、なんだ」


 非常にメジャーな競技の名前が出て、ミノルは安堵してしまう。それなら危ないことは何もなさそうだ。


「ねね、見学に来てよ!屋内の温水プールだから、天気や季節に関係なく泳げて気持ちいーんだよ?」

「え、でも」


 興味がないわけではない。しかし、静がまだ教室に戻ってきていないのに、勝手に見に行ったら叱られないだろうか。

 ミノルが少しだけ渋ると、大空はこう続ける。


「すぐそこのプール見に行くだけじゃん。どうせ静くん、まだ当面戻ってこないよ。それまでに戻ってくればいいし……一応机の上にメモ残しておけば問題ないって!」


 それも、一理ある。暗くなってきた時間でもないし、屋内だし、そうトラブルに巻き込まれる心配もなさそうだ。

 ミノルは「じゃあ」と頷いたのだった。

 その時、大空が小さく笑っていたことには気づかずに。


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