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<18・無邪気な顔で、忠告>

 校長室でこの国で使えるお金を貰い、とりあえず今日はコンビニでお弁当を買ったところで――ミノルは学生寮で待っていた人物と出くわすことになった。

 同じクラスの三ノ宮大空である。


「ミノルくんミノルくんみっのるくーん!」

「どわああ!?」


 突然抱き着いてこられたので、ミノルは廊下でスッ転ぶことになったのだった。いくら大空が小学生並の体格と身長だからといって、腰にいきなりタックルを食らったらそりゃあ尻餅の一つもつくというものである。


「おま、お、大空!何すんだよ、弁当ひっくり返るだろ!」


 なお、ミノルの手元にはスーパーの袋に入ったカツカレー弁当が、蓋は外れたら大惨事になる代物である。幸い、直前で袋を上げたのでそっちは無事だったが。


「あははは、ごっめーん。ていうか、めっちゃカレーの匂いするね?カレー買ったの?その袋はナインマートみたいだけど」

「おう。まあ、カレーなら安パイかなと思って。正直この国の料理がどこまで口に合うかわからないし……」

「ミノルくん、日本人なんでしょ?日本って、僕達のジオンド合衆国の元になった国だっていうじゃん。だったら、そこまで文化違うってこともないと思うけどな。実際、言葉も通じてるしさ」

「……言われてみれば」


 そういえば、異世界に飛んできたくらいの感覚だったのに、静とも校長とも大空とも普通に会話が成立している。特に彼らの喋り方に違和感を覚えるようなこともない。

 ジオンド合衆国というこの国が、元々日本であり日本の多くの文化を残している――というのは間違いないようだ。特に言語問題は深刻なので、これに関しては非常に助かったと言える。


「うーんいい匂い。あ、僕としてはチーズカレー弁当もおすすめ。今度買ってみて?」


 くんくんくん、とミノルの手元の袋の匂いを嗅ぎながら言う大空。


「あとね、あとね。幕の内弁当も美味しいよ。男子高の敷地内ってこともあって、大食い男子がわんさかいるからね。コンビニもスーパーも、お惣菜はかなり充実してる。パンとおにぎりの種類も豊富だよ。ツナマヨは特に絶品」

「あ、そうなんだ」

「ただし、仕入れの時間が大体決まってるから、お昼なんかは超速で買わないと売り切れてたりする。レジもめっちゃ混むから気を付けてね。最初はお昼ご飯戦争に素人が勝つのは不可能に近いから、朝のうちに買っておいた方がいいよ。夕方と夜はまだ買えるんだけどそっちもたまにスカスカな時がある。うちの学校、敷地内だったらわりとなにしてもいいというか、就寝時間とかも五月蝿く言われないから夜更かしする奴も多くて。夜型の生徒とかは授業中に結構寝てるー」

「それでいいのかよ学生。……ていうか」


 俺は思わず、丸い大空の後頭部を見下ろしながら言う。


「……いつまで俺の腰の上に乗ってんの、お前」

「てへ!」


 大空はミノルの腰にタックルして押し倒し、そのまま腰の上に座り込んだ状態でこの会話をしているのだ。

 いくら大空が子供並の体格でも、ある程度の重さはあるわけで。というか、結構まずい姿勢な気がしないでもなく。


「そこのクソガキ、陛下を困らせるんじゃありませんよ!」

「うっわ!」


 次の瞬間、大空の体がぽいっと避けられた。静が彼の首根っこを掴んで廊下に投げたのである。ころころころ、と転がっていく大空。華奢に見えて、思ったより静にも腕力があるのだろうか。あるいは単に大空が軽すぎるだけなのか。


「わーん、ひっどーい」


 ころんころんと転がっていく大空をスルーして、ぐい、と静が顔を近づけてくる。


「陛下、油断しないでください。アレも一応継承の候補者なんですからね。ていうか、ちょっと可愛い顔してるからってすぐ鼻の下伸ばすのはどうなんです?」

「の、伸ばしてねえよ!ていうか、あいつが勝手に乗っかってきただけで!」

「どうでもいいならさっさと振り落としなさいな。アレ、ああ見えて頑丈ですから。多少乱暴に扱ったって死にません。どうせ無傷です」

「アレ扱いかい!」


 というか、さっきしれっとクソガキって言いませんでしたかこの人。ミノルはそう思ったがツッコミは口に出せなかった。なんというかその、静の目が随分怖いような。


「もう、静くんってば!嫉妬しないでよ、僕が可愛いからって!」


 ずりりりり、と這いずってこちらに戻ってくる大空。その速度が速すぎてちょっと怖い。制服汚れそうだがいいのだろうか。何度も言うが、ここは学生寮の廊下であるのだが。


「まあ、そのうち僕もミノルくんと〝ゲーム〟したいなーとは思ってるけどね!……さっき五條のやつをぶっとばしてたじゃん。やるやるう!」

「!」


 その言葉に、ミノルはぎょっとする。その物言いはまるで、さっきの五條泰輔と参道駆との勝負を見ていたと言わんばかりではないか。


「お前、あれ見てたのかよ。ていうか、外部から見えるのか?」


 ミノルが尋ねると、見えるよ!と大空はあっさり頷いた。


「中に入ることはできないんだけどね。敵の能力を見抜いて分析する〝Analysis〟って魔法があるんだ。得意な人はそれを使って、魔女の夜会サバトの特殊空間の中を覗き見ることができるってわけ。まあ、気配でなんとなーく結界使われているのを察知したからこそ発動させたわけだけど……僕みたいに補助魔法が得意な奴とか、勘がいい奴は同じく覗き見してたんじゃないかな?」

「マジか……」

「そ。だからね。……これは静くんにも聞いて欲しいんだけど……」


 ちらり、と大空は立ち上がりつつ、静の方に目をやった。


「君達、勝ったのはいいけどさ。結構面倒な状況になった、ってのは自覚しておいた方がいいよ。僕、心配だからこうして君達を待ってたんだよ」


 どういうことだ、それは。ミノルも戸惑いながら立ち上がると、静がため息をつきつつ教えてくれた。


「さっきも申し上げましたが……現在陛下は、魔王であった時の記憶を失っています。だから魔法を自分で使うこともできないし、現時点で誰かと性的交渉を行っても継承することはできません」

「わ、わかってるけどいちいちそれ言われるの恥ずかしいなオイ。……それで?」

「それゆえに、継承者を狙う者がいても……貴方の記憶が戻るまでは、と自重していた生徒は多いはずなんです。いくら魔女の夜会サバトの力で奴隷にしたところで、記憶がいつ戻るのかなんてわかりませんしね。……ですが、五條泰輔が、その均衡を破って貴方に勝負を挑んでしまった。まあ、彼がマナーだの空気だのそういうものがちっとも読めないアホだったからなんですけど。……言いたいことは、わかります?」

「……なんとなく、察したわ」


 つまり。

 うかうかしてると他の奴にミノルを取られるかもしれない――と目撃者たちが思って焦る可能性が出てきた、というわけである。そうなれば、記憶が戻らなければ安全なんてことにもならない。

 他の候補者たちが、今後次々勝負を挑んでくる可能性もある、ということだろう。


「ああいうゲームを、これからもしなきゃいけないわけ?きっつー……」


 はあああ、とミノルは深々と息を吐いた。

 まったく、今日が転移初日だというのになんてことだろう。一日があまりにも濃い。濃すぎる。そんなことが、継承者を決めるまでずーっと続くなんて。

 しかも。




『でもまあ、記憶が戻った後で一発ヤればいいだけだろ。オンナの後ろの穴とヤったことくらいあるしな、顔見なけりゃなんとかなるだろ』




――ひいいいいい!


 泰輔の悪辣な言葉を思い出し、背筋に冷たいものが走った。負けたら自分は、そいつの奴隷にされる。少なくとも貞操を失う可能性が高いというわけだ。

 個人的には己が男役を務めるならまだギリいける、と思うのだが――男なのに処女を失うなんてのは死んでもごめんなのである。愛もない、優しさもない、それなのにただ継承者となるためだけにレイプされるなんて、想像するだけで地獄ではないか。


「こ、こここ、これからも俺は勝ち続けないと様々な意味でお亡くなりになりますってわけですね、ワカリマス……」

「処女はお亡くなりになると思うけど、命まで取られるのは稀だと思うから大丈夫だときっと!」

「大空クンや、何一つ大丈夫じゃないって理解してくんねーかな!?」


 というか、命まで取られる可能性もあるんか、とミノルはさらに青ざめる。

 実際、泰輔も継承者にさえなれればミノルがどうなろうと知ったこっちゃない、という態度だった。それに、奴隷にされるということは何を命じられても抵抗できなくなるということ。継承者になったあとの命の保証はされないだろうし、場合によっては死ぬよりもむごい目に遭わされる可能性もゼロではない。

 既にこの学園で、複数の生徒と話しておおよそ想像がついてしまっているのだ――彼らは先代魔法の転生者だからといって、ミノルの意志を尊重しようだとか、尊敬している者など極めて少ないということくらいは。無論ミノルもどうせここで過ごすなら、腫物を扱うようにされたくはないとは思っているけれど。


「むしろ僕は、あの五條泰輔と戦って君がほぼ無傷で済んでるのが超意外」


 うんうん、と頷きながら言う大空。


「あいつ乱暴者だし、ヤンキーだし?自分が認められるためには平気で酷いことする嫌なやつって思ってたからさ。サッカーってルールの上でも、ミノルくんに暴力をふるうことはできたと思うんだよね。なんなら、勝負が決まった直後に一発ぶん殴るくらいのことはできただろうし。何でそうしなかったんだろうね」


 彼の物言いからして、自分達の勝負のルールもおおよそ把握できていた、ということらしい。ひょっとしたら泰輔がサッカーに拘りがある人間、というのは結構有名な話だったのかもしれなかった。


「……まあ、それは」


 ちらり、とミノルは窓の方を見る。暗くて、もはやグランドの様子をはっきり見ることは叶わないが。


「多分。アイツなりに……プライドがあったんだろ。サッカーなら、絶対誰にも負けないって思ってたんだろうしな。ある程度はルールの範囲内で、俺をぶちのめしたかった。でないと、サッカーを裏切るような気がしてたんじゃないかって……そう思う」


 出会う場所が違えば、友達になれていたのかもしれない。サッカーが心から好きな人間に、根っからの悪人はいない。少なくともミノルはそう思っているのだから。


「へえ、人のことよく見てるんだ」


 大空は目をまんまるにして、そう言った。


「ま、とにかく頑張ってよ。これからじゃんじゃん、勝負挑んでくる奴が増えるのは事実だろうし?どんなルールで挑んでくるのかは、人によって全然違うだろうからさ。しかもどいつもこいつも、自分が得意なゲームで挑んでくる可能性が高い」


 ぽん、とミノルの肩を叩く大空。


「それが嫌なら、さっさと記憶取り戻して、君が自分の意志で継承者見つけるしかないわけ。早めに決断した方がいいよ。でないと、取り返しのつかないことになるかもしれないから、ね?」


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