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<16・内の思惑、外の視線>

 ゆらゆらと紫色の光が揺らめく。

 その合間に、ややノイズがかった人影が四つ見えていた。フットサルコートに立つ少年四人である。一際大柄な男が一人、その金魚の糞が一人、絶世の眼鏡美少年が一人と――それから。


「ほうほうほうほう」


 何やら面白そうなことをやっているではないか。三ノ宮大空は、思わず口角を上げていた。

 これでもそこそこ魔法の成績は良い方だ。特に大空は敵の能力を見抜いて分析する〝Analysis〟の魔法を得意としていた。――魔女の夜会サバトを発動させている空間に気付いて、隠れてゲームをしている者たちの様子を確認するくらい、訳のないことなのである。


「あのでかいの、五條泰輔ぇ?あいつ馬鹿じゃん、なんで魔王陛下が来た初日に勝負挑んでんのさぁ」


 思わずぼやく。今、大空がいるのは自分の部屋だった。というのも、彼らが戦っているフットサル場は、自分がいる402号室からは丁度丸見えだったのである。妙な気配がするなと思って窓の外を見、魔法を発動させて確認したら案の定だった。

 確かに、自分も魔王陛下こと一倉ミノルには興味がある。なかなか可愛い見た目をしているし、自分達とはまったく異なる世界の常識で生きてきたというのも面白い。見たところなんらかのスポーツもやっていそうだし、あの静と一緒にいてまったく物怖じしないというのも興味深いところだ。まあ、静に対して普通に接しているのは、彼がどういう人物なのかまったく知らないからというだけかもしれないが――。


――そのうち誰かがゲーム挑むとは思ったけどさあ。ほんと、勇み足だよね、五條のヤツ。……まああいつせっかちだし、他の奴に先を越されるのも嫌だったんだろうけど。


 仮に奴隷契約を結んだとて、ミノルが魔王としての記憶と力を取り戻していなかったら何の意味もない。いくらセックスを強要したところで、継承してもらうことなどできないはずなのだ。

 ゆえに生徒たちの間ではなんとなく、ミノルがある程度記憶を取り戻すまで様子見した方がいい――という空気が流れていたのだが。


――あいつが先走って挑んだってのは……まあすぐに知れ渡るよね。もちろん、五條がここで勝っちゃったらもうそれで終了だけど、静くんがついてるしなあ。


 一人挑んだ奴がいる、となれば。他のクラスメートだって当然焦るし、行動に移したくなるのが当然だ。クラスのみんな、多かれ少なかれ継承者の権利を狙っている。一人その均衡を破ってしまえば、あっというまに決壊してしまうのが世の常なのだ。まったく、泰輔は面倒なことをしてくれたものである。

 こうなったら自分も、のんびり見ているだけというのは危険だろうか。


「ていうかさ、マジで負けて貰ったら困るからね」


 ぺろり、と大空は唇を舐める。


「ミノルくん。僕だって君と遊びたいんだから、さ……」




 ***




 先に二点先取したのはこちらだった。

 あと一点取れば、自分と静の勝ちだ。問題は。


――向こうもラスト一点は取られないように、死ぬ気で守ってくるだろうってことだよな。


 ミノルはぐるぐると頭を回転させる。

 敵の戦略を読み切らなければいけない。静がゴールを決めたので、次は泰輔&駆コンビのボールとなる。まず自分達は、連中からボールを奪わなければいけない。今までは連続して、泰輔はミノルに正面突破を挑んできていたが。


「……陛下」


 ととととと、と静がこちらに歩いてくる。


「相手がどのような作戦に出るのか……想定できていますか?」

「ん、今考えてるとこ。……っていうか」


 さっきから、静は自分にアドバイスを極力避けている、という印象だ。こうすればいいとか、ああしたらどうだとか、そういう意見をちっとも言わない。彼はずっと、ミノルの指示を守っているばかりだ。ということは、恐らく。


「静、お前もさ……俺のこと試してる?」


 そう尋ねると、静は小さく笑みを浮かべて言った。


「バレました?……試すというか……興味があるのです。貴方が、どれほど魔王たる器がある人物なのか。その地位と名誉は、継承に値するものなのかを」

「お前タヌキって言われない?」

「私的にはキツネの方が好きなんですけどねえ。だってほら、柴犬に近いフォルムで可愛いじゃないですか。時々雪に突き刺さってるし」

「いやいや、なんかタヌキよりキツネの方がイジワルそうなイメージあるんだけど、それでいいんか?」


 というかこの世界柴犬いるんだ、と心の中で突っ込むミノルである。


――俺だったら、もうさっきみたいな突進はしないんだよな。……一回目は様子見って目的があったし、二回目は罠として俺の行動を誘導して魔法で撃つ狙いがあった。三回目やるとしたらもう確実に罠だ。……もう一度罠を仕掛けるとしたら、どんな罠になる?


 というか、とミノルは一度考えをリセットさせる。


――それよりも……もっとシンプルに考えるべきか。向こうが考える、一番勝率の高い方法ってなんだろな?俺らがされたら一番嫌なこと。それを向こうが考えるとしたら……。


 ちらり、と静を見る。

 さっきのドリブルとシュート。ものすごく下手というわけではなかったが、しっかり練習したことはないのかだいぶおぼつかないものだった。真正面から静が泰輔とサッカーでぶつかったら、ほぼほぼ勝ち目はないと思ってもいいだろう。ひょっとしたら、魔法のダメージがなければ静では駆を抜くこともできなかったかもしれない。

 もちろん、泰輔の性格上、ミノルと真正面からぶつかっても本気でやれば勝てると思っている可能性もある。それならそれで、静に魔法で駆の足止めだけしてもらって、完全にミノルと一対一をやるのがベターな選択か。さっきの、ミノルを囮にした戦法は、不意打ちだったから成功したようなもの。恐らく、二度目は通用しない。


――いくつかパターンを考えろ。でもって、その中で一番こっちがやられたら嫌だと思うのは……。


 静と泰輔で一対一の状況を作られること。

 もしくは、静と泰輔&駆の一対二の状況に持ち込まれること。

 あるいは、自分達二人とも行動不能にされるなんてこともあるだろうか。

 どのような展開になれば、そうなる可能性が生まれるか――。


「……静」


 考えた末、一つの結論を出す。


「俺、魔法についてはゲームの知識しかないんだけどさ。……こういうかんじの魔法ってあったりする?あと、反動でどれくらいフリーズしそう?」




 ***




 これ以上点をやったらこちらの負け。

 相変わらずミノルと静は、こそこそと作戦会議を続けている。小細工が好きな連中だ。まあ、弱い人間はそれしかないのだろうが。

 泰輔は考える。自分達が勝てる、最も確率の高い方法はなんであるのかを。できれば、自分の圧倒的実力で屈服させて終わりたいところではあったが。


「ご、五條さん」


 そろー、と近づいてくる駆。


「お尋ねしたいんですけど」

「なんだ?」

「……五條さんは、この勝負に勝ったら、あの二人を奴隷にするんですよね?それって、あの二人にその……えっちなことやったりとか、そういうかんじです?」


 なんで今そんな質問をするのか。泰輔は呆れて「はあ?」と声を上げてしまう。


「レイプが一番人間の心を折るんだぜ?ヤった方が屈辱的だろ。それに、少なくとも一倉ミノルの方はヤらないと継承できねえだろうが」

「それは、つまり……暴力ってだけですよね。恋愛感情とかは」

「あるわけねえっつの。俺様は女にしか興味ねえよ」


 今は作戦会議の方が大事だというのに、時々こいつはわけのわからない質問をする。確かに、仲間の中では特に付き合いが長い方ではあるが。


「そ、そうですよね、うん。……そうでしたよね」


 何故だか駆はしょんぼりした声を出す。まるで、叱られた子犬か何かのようだ。


「ったく。今それ話す時じゃねえだろ。しっかりしろよ。……それよりも、作戦決めたから聞け。いろいろ思ったが、ここはやっぱり……あいつらが一番されたら嫌だろうなっつーことをするわ」


 こちらが点を取られたので、ボールはこちらのものから始まる。つまり、あちらは泰輔たちからボールを奪わなければシュートチャンスがないわけだ。

 ならば、ブロックできないようにしてやればいい。そして、魔法の腕はともかく静のサッカーの実力は素人に毛は生えたレベル。ミノルを封じてしまえば、できることはいくらも残らない。


「駆、キックオフ直後に魔法ぶっぱなせ。お前、なんだかんだで雷魔法が一番得意だったよな。……今度は中級でいい、やれ。狙いは一倉の方だ」

「え、ええ!?」


 駆が目を真ん丸にする。


「魔法耐性がない人間に中級魔法ぶっぱなしたら怪我させませんか!?下手したら死ぬかもしれませんよ!?」


 まあ、その突っ込みは尤もだ。泰輔は声を上げて笑う。


「アホ。先代魔王がそんな中級魔法レベルで死ぬかよ。それに、それで死ぬレベルの魔王の力なら、この世界に必要ねえ。そんな魔王なんざ継承する価値もねえ。違うか?」

「そ、それはそうかもですけど、五條さん……」

「中級撃てばお前も暫く動けなくなるだろうが、問題ねえ。フリーズした泰輔をタックルで吹っ飛ばしちまえば、あとは静が魔法を撃つ暇もなく俺がゴールへ突進すりゃいい。それでシュートだ」


 なんなら、中級魔法を浴びたミノルは暫く痺れが消えないかもしれない。このゲーム中、動きが鈍れば万々歳だ。三点目を取るのも簡単になることだろう。


「迷うな。お前だって……継承者にならないまでも、魔王の力のおこぼれは欲しいはずだ。お前の家も貧乏なんだよな?俺様が魔王になったら助けてやる。それを信じてるから、俺様についてきてんだろうがよ?」

「……は、はい」


 駆も、腹をくくったようだ。こくん、と頷いた。


「や、やります。やらせてください」

「おう」


 向こうの作戦会議も終わったようで、配置につくのが見えた。さあ、さくっと地獄を見せてやろうではないか。

 自分をナメたことを絶望の淵で公開させてやるのだ。


「行くぜ、クソガキどもがああああ!」


 駆が、ボールを泰輔の方に蹴った。まだミノルがこちらに走ってくるよりも前。距離を詰められる前に、終わらせてしまえばいい。


「駆ぅ!」

「は、はい!ら……〝Lightning〟!」


 さっきより大きな雷が光った。さっきのThunderとはタイミングも違うし、何より完全に不意打ちだったはず。大きいな光がミノルの上から、叩きつけるように打ち下ろされる。これは、回避不可能であるはずだ。


「陛下っ!」


 静が焦ったような声を上げる。案の定、反動もあって駆は体を硬直させていた。さすがに十数秒以上は動けないだろう。ならば、今のうちのボールを――。


「遅ぇ!」

「なっ」


 次の瞬間、泰輔の足元からボールが消えた。ミノルがカットしたのだと気づいたのは、彼が左脇へ抜けて行くのを見てからである。


「な、何故だ……」


 彼が来ている異世界の学生服には、染み一つない。完全に無傷だ。


「な、何であれを受けて、何のダメージもねえんだ!?」


 慌てて追いかける。まだ、距離は離されていない。ボールを奪い返せばカウンターのチャンスもある。

 しかし、泰輔の動揺は濃いものだった。魔力ゼロの男が、何故雷属性の中級魔法を受けて無傷なのか。


「そりゃあんた、対策打ってたからに決まってるだろ」


 ミノルは走りながらあっさりと言ってのけたのだった。


「防御魔法を……キックオフ前にかけておくのがダメ、なんてルールないもんな?」


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