今のやり取りでだいぶ把握できた。
駆は完全に『サッカー要員』ではなく『魔法要員』として呼ばれてきた、ということを。
「駆はサッカーは素人。でも、魔法が得意だから呼ばれた……って認識であってるか?」
ミノルの言葉に、静は「そうでしょうね」と頷いた。
「加えて、私の知識で言わせていただくのであれば。優れているのは〝速射性〟だと思います」
「速射性?」
「ピストルで撃ち合い勝負をする漫画とかで見たことありません?拳銃は、抜いて、標準を合わせて、そして撃つという工程を踏みます。速射性が高い人間はその一連の動作が速い。狙いをつける行為をコンマ数秒でできるとか、引き金を引くのにどれくらい躊躇わないか、とか。もちろん拳銃自体の重さもあるので、腕力も影響してくるでしょうが」
なんとなく想像ができた。
つまり、あの駆という少年は、狙いをつけて、ミノルに向かって魔法を放つのがとことん速い、ということなのだろう。
「Thunderは初級魔法ですので、元々魔力を練り上げてから撃ち放つまでが速い魔法ではあるんですが。……彼はそれを踏まえても、かなり素早く撃てている、という印象ですね」
しかも、と静は続ける。
「貴方がボールを奪うために五條泰輔に集中し、一瞬彼を視界の外に外したそのタイミングをピンポイントに狙っています。でもって、すぐ傍にいた五條が巻き込まれていない。コントロール力もかなり高いと見ていいでしょう」
「やっぱりか。……で、それを防ぐにはどうすればいいと思う?」
「撃たれた魔法を避けるか、防御するか、撃たせないか……といったところですね」
「そうか」
ふむ、とミノルは少しばかり考える。自分は魔法の種類もわからないし、当然魔法もまだ自分では一切使えない。なんせ教科書さえもらっていない状況なのだから。
でも、さっきの魔法がどういうものだったのかは理解できたつもりだ。恐らく、雷は上から降ってきた。狙った標的の頭上から降らせるタイプであり、雷の弾とかをこっちに撃ち込んできたわけではない。
否、それはできなかった、とみるべきか。
――俺のゲーム系の知識で想像するなら……火の玉を飛ばす魔法とか、氷の矢を撃つ魔法とかも多分あるよな。でもって……少なくとも風で標的を吹っ飛ばす魔法がある、のは静が泰輔にやったから見ている。
確かそう、ウィンド、とかなんとか言っていた。あれは下級の風魔法ということなのだろう。
あの時の様子を思い浮かべると、吹き飛んでいたのは確かに泰輔一人で、他の人間に被害は出ていなかった。ただし。
――周囲の机とか椅子も、ちょっと吹っ飛んでいたよな。てことは、それなりに攻撃範囲が広そうだ。
なら風魔法も撃てないのではなかろうか。
死なばもろとも、で泰輔ごとミノルも吹っ飛ばすなら話は別だが、舎弟である彼がそれをやるのは少々勇気がいるだろう。泰輔がそういう指示をするタイプとも考えにくい。
ならば、同じ作戦を使ってくる限りは、雷魔法だけが飛んでくる可能性が高いと思って良さそうか。
――来るとわかれば、回避する方法や防ぐ方法がないわけじゃない。ただ……。
「質問なんだけど、静」
これは一つ、気になったことだ。
「五條ってやつは、魔法は極端に苦手、なのか?ヤンキーだし」
「いえ、そういうわけではないかと」
「なら、本来はドリブルしながら、自分で俺に魔法ぶつけて吹っ飛ばせばよかったんじゃねえの?それをしなかった理由は何だと思う?あいつが、サッカーの技術だけで俺に勝つことを望んでるなら、魔法の支援自体をやらせないよな?」
「……鋭い質問です」
静はどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「実は、魔法を発動した直後に素早く動くのは難しいんです。拳銃で言うところの、反動が出るようなものでしょうか」
「なるほど?俺に魔法を撃ってぶっ飛ばしたら、自分もすぐに動けなくなって、ドリブルが止まっちまうのか」
「優秀な魔導士であればあるほど、その時間は加速度的に短くなりますけどね。五條泰輔の魔法成績はかなり平凡なものですから、撃ってすぐドリブルやブロックをするのは極めて難しいでしょう」
「なるほど。……やっぱりそうか」
自分の記憶を思い返してみる。
『オラア!今度はこっちの点んんんんん!!』
あの時ミノルは体は痺れていたが、頭や視界はすぐに回復していた。だから、防御を捨てて泰輔と駆の様子を見ていたのだ。
泰輔がシュートを決めた時、駆の位置はどうだったか?確かに、魔法を撃ったポジションからほとんど動いていなかったのではないか?
とすれば。
「静、もう一個質問な」
泰輔たちが痺れを切らす前に、作戦を決めてしまわなければ。ミノルはちらりと彼らを見て言う。
「お前、ドリブルとかパスとかシュートとかどれくらいできる?あと……」
自分の記憶が正しければ、もう一つわかったことがある。
泰輔を風魔法で吹き飛ばした時、静はわりとすぐ動いていた。――魔法のスキルで言うならば静と駆では勝負にもならない、ということだろう。
ならばそれを、利用しない手はない。
***
――あいつ、結構面倒くせえかもしれねえな。
泰輔はミノルの方を見て舌打ちをした。
――こっちが点を取り返したのはいいが……雷魔法で撃たれたら初級だろうがそれなりに痛ぇし、多少なりにびびりもするはずだ。それなのに、痺れながらも俺と駆の動きを冷静に見てやがった。
魔法の知識はないだろうから、そこまで危惧することもないのかもしれない。ただ、もしある程度特性を掴んできたとしたら厄介なことになる。
やはり、なるべく早く点を取って終わらせてしまった方がいいだろう。
「駆」
ちょいちょい、と泰輔は駆を呼び寄せて言う。
「何かしでかしてくるかもしれねえ。……俺と泰輔が一対一になったら、また奴が俺を抜く瞬間に魔法で動きを止めろ」
「またThunderでいいんですよね?」
「ああ。動きはこちらで誘導する」
普通にサッカーだけの勝負をしても勝てる自信はある。が、ここは安全策を取った方がいいだろう。せっかく、こちらには魔法の知識という名の明白なアドバンテージがあるのだから。
無論、魔法の成績で学年トップである静が何か入れ知恵をしてくるかもしれないし魔法で援護してくる可能性は充分に考えられる。ただ、静は変なところで真面目で堅物、飛躍した発想ができないタイプだ。サッカーを逸脱するような魔法や、こちらを大きく怪我させかねない魔法は使いたがらないことだろう。いくら審判がいないとはいえ、魔法で相手を傷つけるとなればそれはサッカーの範疇でなくなる。恐らくサッカーで歴戦の猛者であろうミノルのプライドを傷つける結果にもなりかねないはずだ。
――陛下、なんて呼んでるくらいだしな。あいつを立てて動くのは間違いない。つか、多分あいつも……一倉ミノルの力を見極めてるっぽいかんじだしな。
なんならもう一点まではくれてやっても問題ない。
いずれにせよ、自分が冷静に戦えば――サッカーで誰かに負けるなんてことはありえないのだから。
「行くぜ!」
再びキックオフ。
静がミノルにボールを蹴り、そしてドリブルしてきた。そのままサイドから抜くのかと思いきや、なんと彼もまっすぐ泰輔に向かって突進してくるではないか。
「馬鹿が!パワー勝負で勝てると思ってんのか、オイ!?」
「くっ」
実のところ、泰輔はドリブルよりブロックの方が得意だった。何故ならボールの保持を考えず、ただひたすら奪取のために〝相手が嫌がること〟をすればいいだけなのだから。
壁のように立ち塞がり、相手の進路を塞ぐ。向こうがターンしてくれば先回りをし、隙あらば足元のボールを奪おうと足を突き出す。ミノルはその都度ボールを引き寄せて回避してくるが、泰輔の壁を突破することができずその場で二の足を踏むことになる。
攻防は十数秒続いた。向こうも動けないし、こちらのボールを奪えない、という状況。
――ふん、思ったよりもやるな。……でもその程度のフェイントじゃあ釣られないぜ。
ならば、またわざと隙を作って魔法で動きを封じてやるまで。泰輔は再び右肩からタックルに行った。
「くらえ!」
「おっとお!乱暴じゃねえの五條!!」
思った通り、向こうは泰輔の激突を避けてするりと右にかわしにかかる。さっきと同じパターンに入ったことに、気づいていないのだろうか。
「駆!」
「はい!……〝Thunder〟!」
再び轟く稲妻。ミノルの頭上から、金色の光が打ち下ろされた。
「ぎゃあああああっ!」
ミノルが悲鳴を上げ、蹲る。怪我はしていないだろうが、今度も暫く痺れているはず。この隙にボールを奪えば――。
「なに!?」
ところが。転がったミノルの傍にボールがない。さっきまで確かにドリブルしていたはずだというのに。
「ま、まさか!?」
ぎょっとして振り返れば、静が拙いながらもドリブルをしてゴールに攻め上がっているところだった。その時、悠々と駆の傍をすり抜けていく。
やられた、と気づいた。
駆は魔法を撃った直後、反動ですぐには動けない。ドリブルしてくる静が近づいてきても一切ブロックにはいけない。完全にそこを突かれた形だった。
「はあああ!」
静が右足を振りぬき、シュートを決めた。泰輔やミノルのそれと比べれば明らかに頼りないシュート。しかし駆は動けず、泰輔も反応が遅れた状態。止められるはずもない。
ボールはあっけなく、ネットに突き刺さることになる。
「て、てめえ……!」
泰輔は忌々しい気持ちで、ミノルを睨みつけた。
「やりやがったな。……まさか、自分を囮にしてわざと魔法を撃たせにいく作戦とは」
てっきり駆を魔法で撃って止めるか、あるいは泰輔自身に魔法を撃って止めにかかるかのどちらかをすると思っていたのである。静ならば、悔しいが駆より繊細なコントロールが可能なのだから。
しかし、まさかわざと撃たせて――しかもその直前に静にこっそりパスを出して攻め上がらせるとは。魔法が撃たれるタイミングを完全に見極め、しかもわざと喰らう覚悟ができていなければできない芸当だ。
「魔法撃ったら、しばらく動けなくなるんだろ。……棒立ちのアイツなら、静だって簡単に抜ける」
これで勝負は、向こうの一点リードとなってしまった。ミノルはややふらつきながらも立ち上がり、はっきりと宣言してきた。
「さあ、こっちの王手だぜ。どうする、五條!」