「とりあえず、こちらが先取しましたね」
静が駆け寄ってくる。ああ、と頷くミノル。
返事をしながらも、ミノルが見ていたのは泰輔と駆の姿だった。インターバルのタイミングでも、相手から集中を切らすべきではない。経験から、ミノルはそれを知っていた。
思わぬところに、相手を攻略するヒントがあることもあるのだから、と。
「とりあえず、分かったことを共有してもいいか、静」
「なんでしょう?」
「一つ。……あの五條泰輔ってやつ、真正面からの力技が好きだけど反面……馬鹿じゃねえ」
泰輔は、キックオフからいきなりミノルの方へ正面突破を仕掛けてきた。それは己の体格とパワーなら、ミノル相手に力業での突破も可能だと思っていたからこそ。実際、単純なパワー勝負体格勝負になったらミノルでは手も足も出なかっただろう。
そうならなかったのは、彼に最低限真っ当なサッカーをする気があったから、だと考えられる。
ドリブルしながらミノルを殴りつけてくるような真似はしなかった。ただラフプレイになるかならないかの範囲でタックルを決めて吹っ飛ばして来ようとしたわけだ。それでもイケると思ったのもあるし、最初に力の差を見せつけて相手を屈服させ、流れを引き寄せるのが有効だと知っていたからだろう。
その選択は、けして間違いではない。
相手がミノルであり、それなりの期間本気でサッカーをやっていた人間だから通用しなかっただけで。
「同時に、初手は俺がどれくらいサッカーできるか、確かめる目的もあったんだろうさ。今の突進からボールを奪うくらいのことはできるか、奪った後で参道駆を抜き去ることができるかどうか。でもって……泰輔が追い付くまでにシュートできるかどうか。あと、静にボールを回すかどうかも確認したんだろうさ」
「まずは試されていた、と。そう思うのは?」
「あいつはさっさとゲーム終わらせて俺を奴隷にしたいはずなのに、三点先取ルールにしただろ。それは、初手のチャレンジで失敗しても、巻き返せる保険を入れたってことだと思うぜ。……意外と慎重なタイプなのかもな」
頭に血が上りやすいタイプではあるだろうが、ある程度冷静に自分を見つめることもできると見た。
同時に。
「二つ。サッカー……というより、ボディバランスがいい。俺にボールを奪われて転ばされても、すぐ立ち上がって追いかけてきた。俺からは死角になっていてよく見えなかったけど、反応の速さからしてちゃんと受け身取ったってことなんだろうな」
体格だけではない、スピードもある。もう少しゴールが遠いコートだったら、追いつかれていたかもしれない。
また、ドリブルも早かったし、力強かった。やや荒っぽいが、きちんと練習を重ねてきた者であるのは間違いない。
「三つ。あの舎弟っぽいやつ……参道駆な。あいつはサッカー素人っていうか、運動神経自体が良くない。普通に考えれば、完全に数合わせでしかないし、五條の足引っ張ってるだけだろ」
「まあ、そうですね。彼は体育の成績も、そんなに良い方じゃありません」
「にも関わらずアイツを連れてきて、しかも2対2のサッカー勝負にしたんだ。そこには必ず理由がある」
偶然自分達と遭遇しただけならまだしも、彼はわざわざ駆を引きつれて自分から現れた。充分な準備をしてきたはず。あの駆を選んだのに意味がないわけではない。一対一でミノルと戦うより、駆を含めて2対2にしたかった。静をぶちのめす目的もあったのだろうが、恐らくそれだけではない。
「……静、さっき、普通のサッカーとは思わない方がいい、みたいなこと言ってたよな」
恐らく、ポイントはそこにある。
「マジカルサッカーだっけ。どういうルールかもうちょい詳しく教えてくれねえかな。あと……参道駆の方、魔法の成績はどんくらいなわけ?」
***
「あばばばばば、五條さん、どうしましょ……!?」
あわわわわ、と駆が露骨に慌てた声を出す。うっとおしいな、と泰輔は彼のこめかみをぐりぐりと両拳で抉った。
「あ・わ・て・て・ん・じゃ・ね・え!まだ一点取られただけだろうが!つか、最初はあいつの力を試すつっただろうがよ!何のために三点先取にしたと思ってんだ!?」
「いだだ、あだだだだだ!ごごごご、ごめんなしゃい、ご、五條ひゃんっ!!」
「そのために、テメエに『何もすんな』って指示出したんだろうが、忘れてんじゃねえ、タコ!」
「うぐぐっ」
わざとゲームを長引かせようと考え、三点先取にしたのには泰輔としても理由があった。
というのも、自分は現時点で一倉ミノルという少年についてあまりにも知らないのである。魔王の転生者、先代魔王としての記憶は封印されている――今の段階で知っているのはそれだけだ。彼が異世界でどのように生きていたのか、どんな性格なのか、どんな特技があるのか。現時点で、自分は何一つわかってはいないのである。
本来ならば、もう数日待ってから勝負を挑んだ方が無難であっただろう。
そうしなかったのは焦りがあったからだ。――既に、あの千堂静はそれなりに信頼を得ている様子。一倉ミノルもさっさと元の世界に帰りたいのだろうし、このままいくとあっさり静が指名されて終わる気しかしない、と。
冗談ではなかった。
男を抱かなければいけないというのはキモいが、それ以上に自分が継承者に選ばれないのが大問題だ。ましてや、あの大嫌いな千堂静に負けるというのがムカついてたまらない。そんなことだけは絶対に許されない。ならば他の生徒がまだ様子見しているうちに、勝負を仕掛けるしかないと判断したのだ。
――そして、ゲームの中である程度……あいつの能力を見極めるしかねえ。
サッカーは身体能力もさることながら、頭脳のスポーツだと泰輔は考えている。お互いの駆け引きもあって勝負が決まるのだ、と。特に昨今流行しているマジカルサッカーは、お互い手数が多い分根気強い駆け引きが求められるとされているのだ。
どうせ、ミノルの記憶が戻らない限りすぐに継承はできない。ならばある程度長期間、ミノルを奴隷にすることも前提として動かなければならない。そしてどうせ奴隷にするならば、あいつが持っている能力を生かして役立ててやった方が賢明というものだ。
ゆえに、自分が絶対に勝てる自負のあるサッカーで、三点先取ルールにしたのだが。
「なるほど、サッカー部キャプテンやってたってわけか。……ルール聞いても落ち着いてるから、まあ経験者だろうなとは思ったが」
ちらり、とミノルと静が話しているのを見ながら言う泰輔。お互い離れているので、互いの相談内容はほとんど聞こえていないはずである。
「とっさに俺様の死角からボールを奪うとか、反射神経もそうだが思考の瞬発力が相当なもんだ。でもって、体格はねえが脚力はそれなりだな。不意打ちとはいえ俺様が転ばされるとは」
「う、うう、そんな……そんな相手に、ボク勝てるんですかね」
「馬鹿野郎が。お前が勝つ必要なんかねえだろうが。なんのために俺様がお前を選んで連れてきたのか忘れたのか?」
不良仲間や舎弟は他にもいる。にも拘らず、もやしっ子でサッカー素人の駆を連れてきたのは当然理由があるのだ。
「あいつからは魔力の気配を感じねえ。あいつがいた世界には、魔法なんかなかったってことなんだろ」
ならばやるべきことは決まっている。にやり、と笑う泰輔。
「俺様を抜き去る時、お前の援護射撃を気にする気配もなかった。マジカルサッカー自体が、あいつの世界にはねえってこった。なら……奇襲は簡単だ」
「ということは」
「お前の出番ってことだよ、駆」
つん、と手下の額をつついて言う泰輔。
「こっちが点を入れられたから、今度はこっちのボールだ。……さっきと同じパターンで行くぞ」
***
何か仕掛けてくるな、とミノルは感じていた。明らかに、泰輔と駆の空気が変わったからだ。
――静から、マジカルサッカーについて聞いた。でもって……普通にサッカーの個人技勝負したら、決着に時間がかかりそうだってのも学んだよな?
なら、次はどういう手で来るか。ミノルは身構えつつ、頭をフル回転させる。
――最悪二点までは取られてもいい。……闇雲に攻撃するより、相手の手を見極める方が先決だ。この勝負は絶対負けられないんだから……!
「それっ!」
再び中央からの再開。駆が泰輔に向けてボールを蹴った。そして。
「おらああああ!もういっちょ、決めてやるぜえええぇぇぇー!」
「何!?」
普通、さっきと同じパターンでは攻めてこないだろうと思っていた。ミノルとの1対1を避けて左右にドリブルで抜けるか、もしくは駆にパスをして抜くかのどちらかを選ぶ可能性が高いと。無論、リフティングやターンを使って抜く可能性もゼロじゃない。だが。
――またタックルだと……?
さっきと同じように、右肩をいからせてタックルしてくる、なんて。これではもう一度、右サイドの死角から抜いてくれと言わんばかりではないか。
確実に何かある。だが。
――こいつ相手に、多分……静じゃボールは奪えない!俺が奪うしかない!
「はあっ!」
罠とわかっていても、仕掛けに乗ってみることを決めた。ミノルは再び彼の右手側に回ると、右足を振りぬいて奪取にかかる。
足の甲に感じるボールの感触。小さく上がる悲鳴。再びバランスを崩す泰輔。さっきと同じように成功するかと思われた、その時。
「陛下!」
静の声が飛んだ。はっとしてミノルは、駆の方を見た。さっきより、駆がいる位置が近い。しかも、両手を不自然に上げている。そして。
「〝Thunder〟!」
彼がスペルを唱えると同時に、目の前が真っ白になり――全身に衝撃が走った。
「ぎゃっ!?」
まるで雷に打たれたよう。否――これは本当に感電させられたのか。全身から力が抜け、思わず膝をつく。
ころころと転がっていくボール。それを、さっきより綺麗に受け身を取ったであろう泰輔が悠々と拾っていくのが見えた。
「し、静……!」
「くっ!」
静がすぐに泰輔を止めに走るも、泰輔も今度は冷静だ。
「ばーか!」
くるり、とターンをして、あっさりと静を抜き去っていく。うまい、と思わず感嘆してしまう。静の反応は早かった。彼がものすごく下手だったとか、そんなことはない。ただ単純に、泰輔の動きが良かったのだ。
「オラア!今度はこっちの点んんん!!」
丸太のように太い右足が振りぬかれる。ボールは勢いよく、こちらのゴールに突き刺さってしまった。
これで勝負は1対1。完全に降りだしに戻った。
なるほど、とミノルはまだ痺れの残る足を踏ん張って呻く。
「魔法での援護射撃か。……そのために、あいつを連れてきたわけだな」
向こうのカードは、だいぶ読めてきた。
あとはこちらの手札を、どう切っていくかである。