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<13・そして、キックオフ>

 当たり前だが。

 サッカーは本来、十一人でなければできない。フットサルでさえ基本は5対5であったはず。お互い二人しかいない状況で、一体どんな風に行うつもりなのか。


「二人ずつしかいねえからな。単純なルールで行かせて貰うわ」


 やがて四人はフットサルコートへ辿り着いた。ミノルは知らなかったが、どうやらこの学校にはフットサル部もあったということらしい。

 泰輔はにやにやしながら、ミノルと静に告げる。


「お互い2対2。フットサルじゃなくてサッカーだから、フットサルの制約はねえ。オフサイドなし。キーパーなし。先に三点先取した方が勝ちってことでどうだ?」

「……なるほど、分かりやすいっちゃわかりやすいな」


 これはもう、勝負を避けられる気配ではない。諦めて受け入れるしかないだろう。


「で。お前が勝ったら俺を絶対服従ってことでいいのかよ」

「お前だけじゃねえ。そこのムカつく千堂静も、俺様の奴隷になってもらうぜ」


 くい、と顎で静を指す泰輔。


「前々からてめえにはムカついてたからな。散々ボロ雑巾になるくらい虐めてから捨ててやるよ。楽しみだろ?」

「悪趣味だって言われません?アナタ」

「お前ほどじゃねえよ、バーカ」

「そんなクチ聞いていられるのも今のうちだからな!お前らは絶対、五條さんに勝てないんだからな、ばーかばーか!」


 後ろで駆がやいのやいのと野次を飛ばしてくる。小学生かよオマエ、とミノルは呆れる他ない。


「勿論、私達が勝ったらこちらも条件を課していいのですよね?」


 静は静かに、それでもどこか怒りを含んだ声で言った。


「お二人とも、今後二度と陛下にちょっかいかけないでください。いいですね?」

「おうおうおう、余裕だねえ。ま、お前らが勝てたらそれでいいよ」


 完全に泰輔は、自分達が勝つと疑っていないようだ。二人の後ろにある、やや小さめのゴールが見えた。


――確か、フットサルコートだとフィールドだけじゃなくて、ゴールの方も大きさの違いがあるんだったよな。えっと、どうだっけか。


 以前興味を持って調べたデータを思い出す。

 確かサッカーコートのサイズは『縦110m×横64m』であり、フットサルコートのサイズは『縦40m×横20m』程度しかなかったはずだ。サッカーの九分の一程度の広さである。

 またゴールのサイズはサッカーの場合は『高さ2.44m×幅7.32m』であるのに対して、フットサルの場合は『高さ2m×幅3m』だったと記憶している。――横幅の狭さに目がいきがちだが、実際はゴールの高さも少し低めになっている、というわけだ。

 もちろんこれはサッカーという名前になっているので、フットサルのルール自体を気にする必要はない。が、この狭さと人数に関しては、しっかり頭に入れて作戦を決めるべきであるはずだ。


「……静」


 つい、とミノルは静をこちらに呼び寄せる。


「あいつ、すっげえ自信満々だけど、やっぱサッカー経験者ってのは間違いないんだよな?中学までやってたって言ってたけど、実力はどの程度なんだよ?」

「私も、そのへんに関してはあまり詳しくはありません。本人いわく、中学時代は全国まで行ったとのことですが」

「まあ、最強最強言うなら、それくらいはあると思っておいた方が良さそうだな。……あっちは?」


 あっち、というのは駆のことである。いかにも泰輔の舎弟、と言わんばかりの男。

 このゲームをやるにあたりわざわざ泰輔が連れてきたのだから、彼もズブの素人ではない、とは思うのだが。


「そっちは完全に未知数です。そもそも、帰宅部だから運動部にも入ってないですしね、彼」


 ただ、と静が眉を寄せる。


「この勝負、単なるサッカー勝負だとは思わない方がいいかと」

「どういうことだ?」

「魔族のみでの大会なんですが……マジカルサッカー、というのがあるんです。魔法を駆使したサッカーでして、つまりは試合中にある程度魔法で相手を攻撃することが許されてるんです。ある程度、ですけど。……同じことを彼らがしてくる可能性はあります」


 しかも、と彼は続ける。


「審判がいないんです、この試合。……どういうことか、わかりますよね」


 なるほど、とミノルは呻いた。

 当たり前だが、サッカーにおいて敵チームの選手に攻撃的なタックルをしかけたり、やりすぎたスライディングをしたり、ボールを持っていない人間を過剰に抑え込んだりするとファウルなどのペナルティを取られることになる。場合によっては、イエローカードやレッドカードで退場もあり得るだろう。

 しかしそれは、審判がいて、試合を止めることが前提。

 裏を返せば――三点先に入れさえすれば、反則もし放題ということではなかろうか。果たして、それでサッカーになるのか。


「これは私の見立てですが。彼はサッカーでの勝負にこだわっていますし、ハンドなどのサッカーを逸脱するような反則はしてこない、とは思います。というか、さすがにそれはルールで弾かれる可能性があります。魔女の夜会サバトにサッカーであることを宣言していますからね」

「でも、魔法は飛んでくるかもしれない、と」

「はい。……そういう理由で、あの参道駆を連れてきた可能性もあります。注意してください。あと」

「あと?」

「……私はあまりスタミナに自信がありません、申し訳ない」

「……OK、わかった」


 まあ、確かにクラスメートが、静は体育以外の成績はいいみたいなことを言っていた気がする。実際華奢な体格だし、そっちは苦手でもおかしくないだろう。

 とにかく、まずは相手の力量を見極めることが重要。ミノルはじっと相手を睨み据える。


――時間制限はない。そして、三点取られない限り負けはない。最初の一点は取られることも覚悟で……まずは攻撃してみるか。


「相談は終わったか?」


 笑いを含んだ声で泰輔が言う。


「さっさとおっぱじめようぜ。早いところ、お前らが屈服してズタボロになるところを見たいんだからよお、俺様は」

「はいはい。……キックオフは?」

「こいつで決める」


 泰輔は言いながら、ポケットからコインを取り出した。五百円玉くらいのサイズの、金色の硬貨だ。表には、見たこともない星の模様が描かれている。やはりこの世界のお金は、ミノルが生きる令和日本とは違うということなのだろう。


「そらよっ」


 ぱしっ!と親指で器用にコインを弾く泰輔。キラキラと紫色の光を浴びてくるくる回るコイン。それを、泰輔が自らの左手の甲に落とし、右手で隠した。


「数字が書いてある方が表、星マークがある方が裏だ。どっちだ?」

「んじゃ、表」


 どうせ二分の一の確率だ。悩んでも仕方ない、とさっくり答えるミノル。できれば先にボールが欲しいが。


「……ざーんねん」


 ぱっと右手を持ち上げる男。彼の左手の甲に乗ったコインは、星マークを上に向けていた。


「裏。……俺様たちの先攻だぜえ?」




 ***




 このミニサッカーは、プレイヤーが二人しかいない特殊ルールだ。

 当然配置は前衛一人、後衛一人。もしくは横に二人並べる形になるだろう。

 静はあまり体力がない、と言っていた。なら彼にはひとまず後衛を任せることにする。なるべく自分がボールを保持して、静を動かせないようにするのがベストだ。


――見せてみろよ、お前の実力。


 すう、と息を吸い込み、身を屈めて構える。

 もう、誰かとサッカーをする機会などないかもしれないと思っていた。大学に入ればサッカー部は確かにあるが、高校までほど本気で打ちこんでいる連中に出会えるかはわからない。そもそも、自分の学力で望んだ大学に行けるかも怪しい。

 何より、果たして本当に自分は大学に入ってからもサッカーをするべきなのか。いい加減、違う道を探すべきではないのか。そう悩んで、悩んで、結局サッカーへの未練を断ち切れないままここに来た自分。

 これはきっと、自分自身への試練でもある。己が進むべき道が何なのか見極めろ、と誰かが自分にそう告げているのではないかと思うのだ。


――負けてたまるか。もう二度と……後悔なんか、したくない!


「そりゃっ!」


 駆が、泰輔に向かってボールを蹴った。案の定、そのまま泰輔が馬鹿正直に突っ込んでくる。


「ブチ負かしてやらあ!」


 なるほど、とミノルはその動きだけで理解した。この泰輔、ただ勝利するだけでは飽き足らないというわけらしい。二人しかいないのだから左右に大きくスペースは空いている。にも拘らず、真っすぐミノルのところに突っ込んできた。それは紛れもない、自らが圧倒的強者だという自信の表れ。

 同時に、初手で優位に立ちたい、ミノルの心を折ってゲームを楽に進めたいというのが見えている。ならば。


――折ってやるよ、その鼻っぱしら!


 体格では泰輔の方が圧倒的有利。案の定向こうは右肩をイカらせてタックルで吹っ飛ばしてくる気満々だ。審判がいないからこそ、強引なプレイも容赦なくできるということだろう。

 だが、その余裕が命取りとなる。

 ミノルは男が突っ込んでくる直前に体制を低くすると。そのまま彼から見て右へと抜けた。


「何!?」


 右肩を突き出していた手前、右サイドに大きな死角ができる。身をかわしながら、ミノルは思い切り右足を振りぬいた。足の甲に触れるボールの感触。派手に足をひっかけられ、同時に前傾姿勢を取っていたことが災いして前の目にめりに転倒する泰輔。


「ごごごご、五條さん!?てめえ!!」


 慌てたように叫ぶ駆。そのまま自身もミノルを止めようと突っ込んでくる。しかし。


――やっぱりな!お前、サッカーは素人だろ!


 素人が馬鹿正直に突っ込んでくるのを止めるなんぞ、けして難しいことではない。ミノルが左にフェイントを入れると、あっさり駆はそれにつられた。そのままなんなく右に抜けていく。

 あとはもう、ゴールまで自分を阻むものは何もない。


「悪いな、こっちが……先取点だ!」


 そのまま、右足に力をこめた。鋭いシュートが、ゴールのど真ん中に突き刺さる。


「う、嘘だあ……」


 駆の呆然としたような呟きが聞こえる。ミノルはへたり込んでいる駆と、歯ぎしりをしている泰輔を振り返って告げたのだった。


「一応言っておくと、俺も経験者なんだわ。一応元の世界では、サッカー部のキャプテンやってました。どうぞ、ヨロシク」


 まずは一点。

 さて、このままうまく流れを掴めるといいのだが。


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