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<11・部活動パラダイス>

 魔王学園アルカディアには、様々な部活動があるようだった。

 よくあるバスケ部や野球部、吹奏楽部や美術部といったものに加えて、一体何をするのかさっぱりわからない謎部活動もあるらしい。

 パンフレットを見て、思わずミノルは突っ込みを入れていた。


「……この『佐伯松治さえきまつはる氏を観察する会』って、ナニ?」

「一年三組担任の佐伯先生のことですね。可愛らしいおっちゃん先生なんですが、妙に生徒に人気があるんです。彼が担当する授業はよくコント講座に変わると大変評判です」

「それ真っ当な授業になってんの!?……じゃあこっちの、『さつまいもの可能性を追求しまくる会』は?」

「文字通りです。いかにさつまいもが素晴らしい食品であるのかを追求し、研究し、世界に広めようと考えている同好会ですね。なお、最終目標はさつまいもを使って世界征服をすることだそうです。あの部室に近づくと常に焼き芋の良い匂いがしますよ。たまに大学芋やモンブランの時もありますが」

「世界征服ってナニ!?……あと『女装を極める部』とか『究極魔法を開発する部』とか……あのちょっとまって?『生徒会長・千堂静をストーキングする部』とか普通にあるんですけど……?」

「なんでこれ申請通ってんでしょうね。遺憾の意」

「遺憾の意で済ますなオイ!……『魔王陛下のケツをくんかくんかする部』ってこれ、俺が転移してくる前から普通にあるのが怖すぎるんだけど逃げてもいいか?」

「大丈夫です。陛下に力づく不埒な輩は、私は全てみじん切りにして魚の餌にしてトウキョウ湾に沈めて差し上げますから」

「気持ちはうれしいけどみじん切りはやめて!?」

「炭火焼きのがいいですか?」

「そういう問題じゃなあああい!!」


 おかしい。部活動のパンフレットを見ただけで、無限に話が広がるのが怖すぎる。そして、この学校がいかに自由すぎる校風なのかもわかろうというものだ。

 寮を出て、敷地をてくてくと歩いていく。スーパーやコンビニも併設されている、というのは本当らしい。暫く歩くと、コンビニらしきものを発見することとなった。ナインマート、という見たことのない水色の看板が掲げられている。セブンでもイレブンでもないんだ、と思うが――この世界は昭和から分岐した世界観なのだし、自分が知っているコンビニの名前が残っていなくてもなんらおかしなことではないだろう。


「コンビニに行きたかったらここです。ナインマート、この国で一番大手のコンビニチェーンですね」


 ほら、と静は看板を指さす。9、の形をしたオタマジャクシのようなキャラクターが描かれている。どうやらマスコットらしい。大きな上目遣いでこちらを見上げている。ちょっと可愛い。


「このマークが目印です。結構可愛いでしょう?ゆるキャラグランプリにも出たことあるんですよ」

「あ、この世界、ゆるキャラグランプリがあるのね……」

「最近はこういう可愛いキャラクターが減ってきて、ゲテモノグランプリになりつつあるのが残念なんですよね。去年の優勝キャラクター見ます?なかなかにスッゴイですよ」

「そ、それは見たいような見たくないような……」


 その時、ピー!と笛を吹く音がどこからともなく聞こえてきた。グラウンドの方からだ。


「陸上部か?」


 そちらをちらりと見るミノル。やっぱり、部活動は気になるというものだ。もちろん、コンビニの中を見たい気持ちもあるが――こういう店は、一度見始めると長々と入り浸ってしまう気がしてならない。


「コンビニも気になるし、スーパーとかもあるんだっけ?そっちも気になるけどまずは部活動、かな」

「部活動に所属することもできますよ。ただし、大会に出場するとなった時は、大会が終わるまで元の世界に帰るのを控えてほしい……と言われるでしょうけどね。突然メンバーが抜けるのは部活動としても困りますし」

「ま、そりゃそうだよな。……見学してもいいか?特に運動部」

「そういえば、サッカー部に入っていたんですっけ、陛下は」


 一体どこまで自分のことを調べているのだろう。静の言葉に、ミノルは肩をすくめた。


「そうそう。……サッカー部のキャプテンやってた。全国も狙えるチームだったのにさ、今年は俺の采配ミスで……あいつらを、関東大会にも行かせてやることができなかったんだよな」


 なるべく重くならないように、笑って話そうとしたつもりだった。それでも、笑顔が引きつってしまったかもしれないなと感じる。

 想像以上にトラウマになっているようだった。謙介にも、あまりに気にしすぎないようにと言われたし――他の者達にもしょっちゅう、お前のせいではないと言われていたというのに。

 やっぱり、少しでもサッカーに触れると思い出してしまう。

 自分がもっとうまくできたら、もっと頑張れたら、みんなの夢を守れたのではないか。

 涙を流すにしても、笑顔で泣いて負われる試合ができたのではないか、と。


「……うん、サッカー部は、いいや」


 サッカー部に入ったらきっと自分は、もっともっとサッカーがしたくなってしまうだろう。この世界はまだ五月だし、夏の大会があるなら出場することもできるはず。そうなれば自分は、元の世界に帰ることもそっちのけでサッカーに打ちこんでしまいそうだ。

 それは、元の世界の現実から逃げているのと同じであるような気がして――この世界の者達を身代わりにしているような気がして、なんだかとてももやもやする。

 なら、サッカー部には近づかないのが吉だろう。


「サッカー部の様子見たら、やりたくなりそうだし」

「やってもいいとは思いますけど」

「まあ、うん、そうなんだけどさ。なんか……元の世界で叶えられなかった夢をこの世界で叶える、のもなんかあいつらに申し訳ない気がして」


 これはただのエゴだ。

 よくラノベなんかでは「異世界に行ったら、前の世界の未練を解消して頑張る」とか「世界では今までと違って本気出してみる」とかそういうのも見かけるけれど。自分は絶対に無理だろうな、なんてことを思っていたのである。

 だって、自分にとっての現実はどう転んでもただ一つなのだ。

 異世界転移した以上、ミノルもアルカディアの面々を蔑ろにするつもりはない。でもそれはそれとして、やっぱり自分が生きている世界はただ一つであるわけで――その世界を忘れるとか、この世界を前の世界の代わりにするなんてことはしたくないのだ。それは、どちらの世界の人々にも失礼なことではなかろうか。

 無論そう思うのも、自分がちょっと考えすぎる性格だから、というだけなのかもしれないけれど。


「……陛下は真面目ですよね」


 静は苦笑いして言った。


「まあ、どんな理由であれ……サッカー部の面々も、それ以外の面々も、陛下が入部してくださったら喜ぶとは思うんですけどね。……他の部活もありますし、見学してみます?」

「おう、そうだな。……じゃあ、陸上部から見てみるか」

「了解です」


 彼は、必要以上につっこんでくることもなければ、説得もしてこなかった。ミノルとしては、それが非常にありがたかったのだった。




 ***




「す」


 陸上部キャプテン、三年生の那由多映なゆたえいは――ストップウォッチを見て目を見開いた。


「す、す、すごいじゃないのよ、魔王陛下ったら!は?え、うそ、どういうこと?50メートル走、5秒85とか……めっちゃくちゃ速いじゃないのよ!!」

「ど、どうも……」


 ちなみにこの映という人物、立派な男である。ただしウェーブした長いピンク髪とピンク目、キラキラした美貌のせいで、ぱっと見は女性にしか見えない。喋り方もなんだか女性っぽくはある。本当にこの学校はいろいろな人物がいる、ということらしい。髪型なんかの規則も一切ないようだ。


「私のベストタイムが5秒9ピッタなのよ。まさか、負けるなんて思ってもみなかったわ……」


 にやり、と彼女――否、彼は笑って言う。


「ミノルくん、だったわよね?ね、ね、陸上部に入る気ない?あなたが入ってくれたら、全国制覇だって夢じゃないと思うわ。何かスポーツでもやってたの?」

「ま、まあ。一応サッカーを……」

「それは納得。サッカーも足の速さとか、体力が大事な競技だものね。スタミナの方はどうなの?自信ある?」

「まあ、一応。ずっと走り回ってなきゃいけなかったし」

「素敵!ますます欲しくなったわ!!」


 目をキラキラ輝かせながらこちらににじり寄ってくる映。これは厄介な人に捕まったかもしれない、とややドン引きするミノル。ちょっと面白そうだな、と思って誘われるがまま50メートル走のタイム計測をやっただけなのだが。


「サッカー部にやるのはもったいないわね」


 がし!とミノルの手を握る映。


「陸上、やりましょう。ええそうしましょう、それがいいわ、絶対そうするべきだわ!なんならその勢いで私を継承者に選んでくれてもいいのよ?」

「流れるようにそっちの勧誘も来るんだなオイ!」

「そりゃもちろん!魔王学園アルカディアの三年生には全員その資格があるんですもの!」


 そういえば、継承者として資格を持っているのは三年生だけ、と聴いている。一年二年は、まだ魔法やらなんやらの勉強が足りていないからとか、そもそも高二以下にセックスを推奨するのはちょっと、だとか様々な理由があるらしい。


――くっそ……顔面がキラキラすぎるせいで、不快感がないのが逆につらい!


 やっぱり、この人も継承者は狙ってるんだよな――なんて思っていると。


「はい、そこまで!」


 ずずずず!と間に入ってきた人物が一人。静である。ちょっと怖い顔をして、映を睨みつけている。


「映さん、そういうのは良くないです。陛下は今日はまだ部活動見学しているだけ!継承者に関することを決める予定はないそうですからね。そもそも、急にこの世界に呼ばれてお疲れなんですよ?無理やり勧誘なんて、モラルがなっていません!」

「あら、静ちゃん。うんうん、正論ね、わかってるわよ。私も無理強いなんてするつもりないわ」


 頷きながら告げる映。静の圧力にちっとも負けていない。


「でもちょっと誘うだけでもダメなんて、敏感すぎるんじゃなくって?あら、ひょっとして私の方が魅力的だから嫉妬してるのかしら?」

「は?誰がですか?」

「あらやだ、お耳が急に悪くなっちゃったの?そんなところもかーわーいーい!」

「生憎私は、誰かさんみたいに自意識過剰ではありませんのでね……」


――コワイコワイコワイコワイコワイ!!!


 二人とも絶世の美貌を誇るだけあって、笑顔で睨み合っている構図があまりにも恐ろしすぎる。


――俺、逃げていいっすか?いいよね?許されるよね!?


 傍で一人、ミノルは震えあがっていたのだった。


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